仙禽 ナチュール(酵母無添加きもと):「気になる日本酒」 vol.22 あおい有紀

2016.03.26

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「仙禽 ナチュール(酵母無添加きもと)」

今回ご紹介する日本酒は、「仙禽」。仙人に仕える禽(とり)、つまり鶴が由来となっています。江戸末期にあたる、1806年(文化3年)に創業。栃木県さくら市(旧氏家町)で、鬼怒川の伏流水(超軟水)を使い酒造りを営んできました。2003年に蔵を受け継いだのは、11代の長男、薄井一樹専務(35歳)です。

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その当時は5000石を造っていましたが、うち95%は大手の日本酒を製造し、桶売りという形で大手メーカーに納め、残り5%は地元向けの普通酒でした。経営状態は悪く巨額の負債を抱えていたことは、蔵を継いで初めて薄井専務の知るところとなり、絶望の縁からの大改革が、そこから始まりました。

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「普通酒蔵というレッテルをはがしたかった。とにかく人に振り向いてもらいたい一心で、いい酒を造って全国に打って出たいと思いました」

そのために薄井専務が目指した日本酒の味わいは、“甘酸っぱい酒”。今でこそ、日本酒でも酸度が重視されるようになりましたが、淡麗辛口が主流だった当時、シャープなリンゴ酸主体の酸度の高い日本酒はほとんどなく、酸度が高い=出来の悪い酒、というのが業界内で当たり前の認識のなか、あえてタブーに挑んだのです。

「今、日本では和食だけでなく洋食も家庭料理に溢れている。マヨネーズやソースの味覚に若い人達は慣れているので、洋食にも合う酸度の高い日本酒があってもいいと思ったんです。でも当時、酸味のある日本酒は業界内でなかなか評価されず、酒蔵が集まる品評会では、“お前の蔵の酸度計、壊れてるんじゃないの?”と言われたこともありました」

蔵を継ぐまではソムリエでもあった薄井専務ならではの発想ですが、時を経て、今では“酸の魔術師”との異名をとるまでに。この10年で、消費者が求める日本酒の味わいも大きく変化し、酸を意識する酒蔵が増えてきました。

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遡れば2007年、満を持して仙禽ブランドを立ち上げ、20石からのスタート。「日本酒は、機械工業品ではなく伝統工芸品である」をモットーに、機械作業だったものを手作業で、ハイテクからローテクに、そしてクラシカルな木桶仕込みを復活し、きもと系の酒母も使う。

生産量も少なく酒造好適米ではない亀の尾をあえて使用し、他蔵との差別化も図りました。試行錯誤を繰り返し、現在は仙禽の目指す味わいを造りやすい、山田錦、雄町、そして蔵を立て直す為に白羽の矢を立てた亀の尾の3品種を柱に、2014年より原料米を100%ドメーヌ化しています。

薄井専務が考えるドメーヌ化の条件とは、「栃木県さくら市に作付され、且つ蔵の立つ場所の地下水脈(仕込み水)と同じであること」。

地元の使われていない田んぼを農業生産法人として買取り、地元の優良な技術者とともに酒造好適米の生産を増やしていきながら、唯一無二の仙禽テロワールを表現しています。

今期は1500石となりますが、うち98%は特定名称酒で、普通酒は2%、仙禽はすべてアルコール度数15度台の原酒です。来期は100%特定名称酒になる予定で、蔵を継いだ当初から考えると設備投資も含め、血の入れ替えも随分と進みました。

造りのなかで一番力を入れているのは、洗米や蒸し米などの原料処理。

「麹や酒母造りも大変ですが、原料処理が100点であれば、酒母が120点になる可能性があります。もし原料処理に手を抜き、蒸し米が80点の出来だったとしたら、麹も酒母も80点を超えることはありません。原料処理までは、人の力が及ぶところなので、緻密に設計しイメージ通りにピタッと合わせる必要性があるんです。麹造り以降は、微生物が繰り広げる世界。人はあくまでサポート役です」と薄井専務。

原料処理で言うと、例えば米を洗う工程ひとつとっても、水温設定が大切。地下水は、その日の外気温によって毎日水温が変わるので、そのまま使うと吸水率が変わってしまいます。前日のうちに井戸水を汲み上げ2度に冷やしておき、当日、使う地下水とブレンドして、必ず6度にしてから米を洗い浸漬する、そうするとイメージ通りの米の状態で次の工程に進めるのです。

使う米の品種や精米歩合によっても給水時間は変わってきますが、水温を一定にすることは、思い通りの蒸し米に仕上げる必要不可欠な作業になってくるのだそう。他にもひとつひとつの作業に意味があり、いかに繊細で丁寧な作業が大切なのか。真剣な眼差しで黙々と作業を続ける彼らの姿勢を目の前にして、造り手としての誇りをも感じました。

 

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