【東京 虎ノ門】と村:「食の王道」vol.35 広川道助

2016.07.14

一瞬の「旬」を切り取って料理に仕立てる
虎ノ門「と村」主人の日本料理

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虎ノ門の割烹「と村」には、まだ赤坂みすじ通りに店があった頃から通っていました。カウンター8席と座敷のみの小さな店でしたが、当時から大将、戸村仁男さんの腕の冴え具合は評判でした。

夏ならすっぽんの茶碗蒸しといった軽い一品のあとに、アワビの酒蒸しや車海老の油通し、たこの桜煮など盛りだくさんの八寸がどんと出ます。

酒をゆるりと楽しみながらやっつけていると、裏で下ごしらえしていたハモやウナギ、鮎など旬の食材が、その季節の一番うまい料理方法で出されるのです。

「料理は素材が8割、腕は2割に過ぎません」というのが彼の口癖でしたが、いい素材を腕前でねじ伏せたダイナミックな料理だったと記憶しています。

ところが十年近く前に虎の門に移って、彼の料理はガラリと変わりました。

一番の違いは、豪華な食材をひとつに盛り合せ、眼福と口福が一緒に味わえた八寸がなくなったことです。

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驚きはなくなりましたが、そのかわりに一皿ごとの料理をしみじみと味わうことが出来ます。そして旬の一品にたどり着いた時、戸村さんの意図するところが少しだけわかったような気がしました。

たとえていえば、かつては身体を慣らしたあとに、いきなり千五百メートル競走をさせられたような料理でしたが、今度は徐々に高度訓練をし、気づいた時にはとてつもなく高みに達した料理を食べている、という塩梅なのです。

この店の料理を平凡だという人、もしくは高級食材を並べただけの店だという人もいますが、それは少しずつ高度に順応していることすら気付かせない戸村さんの腕前に踊らされているだけなのではないかと思ってしまいます。

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その代わり、旬の皿の食後感は強烈です。たとえば一キロ近いマダカアワビの芯だけを切り取って塩だけで食べさせたり、専用釜まで作った松葉蟹を現地から取り寄せた茹で汁で茹で上げたり、白神山地赤石川で自ら釣り上げた幻の「金鮎」を唐揚げになるぎりぎりまで焼き上げたり、茹でただけの東京湾の赤座海老もいい——見た目はただの食材ですが、それは料理となるまでの工程を出来るだけ秘しておきたい、戸村さんの料理人としての矜持でしょう。

旬を堪能したら、最後は半田そうめんかじゃこ飯かの選択。芳醇なもののあとは、素朴なもので終わらせるという戸村さんの主張が心に染み入ります。

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