磐城壽 純米吟醸:「気になる日本酒」 vol.08 あおい有紀

2015.11.28

 


震災を乗り越え地域に受け継がれる、海の男の祝い酒

福島県浪江町で180年続いた「磐城壽(いわきことぶき)」を醸す、鈴木酒造店。海岸から20mの場所にあった酒蔵は、2011年3月11日、東日本大震災で発生した大津波にすべてがのみこまれ、さらに福島原発から直線距離で7kmの場所にあり、一時警戒区域内となり容易に立ち入ることもできませんでした。

鈴木大介専務(42)は、故郷も生活も失い、当時酒造りを続けることを諦めかけたこともありました。しかしそんなとき、研究用のためにと工業試験所に送っていた、鈴木酒造店の蔵付き山廃酵母がそこに保管されていたことが判明。“浪江町の蔵の息吹を伝えてくれるこの酵母さえあれば、また自分たちの酒を造ることができる!”と一念発起。多くの仲間たちからの応援もあり、鈴木酒造店は再建へと動き出します。「真の祝い酒」「歓び分かち合いの酒」として命名された「磐城壽」。縁起を重んじる地元漁師の方々にも長年愛され続けたこの祝い酒を、どうしても絶やすことはできませんでした。

2011年、春から夏にかけ南会津にある国権酒造の蔵を借りて酒造りを再開。その年の10月には、山形県長井市にあった東洋酒造の蔵をそのまま受け継ぎ、「磐城壽」、そして東洋酒造の銘柄「一生幸福」、この2銘柄を軸に、新たな地での再スタートとなりました。

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最高の水と米を追求し、山形県長井市で再スタート

70km四方の朝日連峰を源流とした最上川。山の雪解け水が豊富にあり、長井市の水田地帯を流れ、蔵の湧き水に辿り着いた軟水は、磐城壽と一生幸福の仕込み水として使われています。日本酒の研究者も太鼓判を押すほどの水質の良さもあり、鈴木専務はこの地への移住を決意。蔵の周囲では、山形県の酒造好適米、「出羽燦々」や「出羽の里」を栽培する田んぼが広がっており、加えて出羽の里の種田があるなど、高品質の米栽培の環境も整っています。そんな好条件の地で鈴木酒造店は、浪江町から避難してきた当時200名ほどの人達(現在は30名ほどとなりましたが)、そして長井市民の皆さんと、飯米でありながら酒造特性の高い「さわのはな」を栽培して日本酒を造っています。

また、同じ山形県置賜地区にある若手5蔵元で「おきたま五蔵会」を結成(長沼合名会社、鈴木酒造店、加茂川酒造、若乃井酒造、中沖酒造店)。置賜地区での日本酒市場が衰退するなか、地酒の魅力を伝えるため、今期は5蔵それぞれで、同じ農家が生産した長井産の出羽の里を使用することに。さらに同じ精米歩合、酵母、麹菌、仕込み開始日、搾り日を合わせた日本酒、5本セットで「伍連者(ゴレンジャ)」としての販売も企画中とのこと。合わせて山形で伝統野菜を作る生産者とも連携し、地域イベントなどで積極的に山形の魅力をPR。「本来観光資源に恵まれたこの地を再び元気に、そして意識の高い街づくりのお手伝いしたい」と、蔵は地域に貢献しています。再建を受け入れてくれた感謝の気持ち、そして次世代への繋がりを想い、鈴木専務は地元の方との交流を通じて長井の地に溶け込んできました。

一方で浪江町の復興を願い、いつかまた浪江町での日本酒造りも再開したい思いも持ち続けていらっしゃいます。昨年から実験的に、自治体とともに浪江町で米を栽培し、その米で日本酒を醸造。米は一等米でしたが、土は入れ替えをしているので学校の校庭のような土壌になってしまい、品質があまり良くないとのこと。まだ研究段階で市販はされていませんが、今期から造りを始める米焼酎の搾りかすを肥料に使うなどして、土作りから一歩ずつ、再生の道を歩もうとしています。

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福島県産の酒造好適米 夢の香を使った磐城壽 純米吟醸

「磐城壽」は、福島市産をメインに山形県長井産の米も使い、6ヶ月以上冷蔵熟成させますが、「一生幸福」は、大吟醸以外は長井産の米を使用し、熟成せずに出荷するのが特徴。現在の酒造りにおいて、福島と山形の原料米を中心にほぼ半々の量を使用していますが、福島では、契約農家が栽培する山田錦、五百万石、夢の香を使用。特に夢の香は福島県の酒造好適米で、震災前から使用していた馴染みある品種のひとつです。

福島市の松川地区で栽培された夢の香を使った磐城壽 純米吟醸は、桃や洋梨のような香りが穏やかに広がり、柔らかな口当たりでふんわりと旨味が膨らむ、優しい味わい。「長井の湧き水の、輪郭のある綺麗で透明感あるテイストを表現できれば」とのことで、まさに鈴木専務にとってふたつの故郷となる、福島と山形の大地が育んだ一本。じっくり味わいながら、時の経過に思いを巡らせたいものです。この秋収穫された福島の酒造好適米は、すべて特等米。今期の仕込みもまた楽しみでなりません。

現在は夏以外の三季醸造ですが、震災前と同じ500石まで醸造できるまでに。将来的に年間通して造る四季醸造を目指して体制を整える一方、浪江町でも平成29年の帰町宣言以降、無理のない範囲で酒造りを再興できればと、準備を進めています。2蔵体制での造りが近い将来実現すれば、福島の方々にもまた希望を与えることでしょう。山形の地に拠点を移して4年、ご家族も生活に慣れ、小学生の息子さんは山形弁を話すように。「息子もあと15年もすれば酒造りに関わるようになるでしょうし、世代交代も意識しながら、山形と福島で今自分ができることをやっていきたい」鈴木専務は、ふたつの故郷への思いを馳せ、静かな口調で、しっかりと将来へのビジョンを語ってくれました。

 

取材・文/あおい有紀

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 あおい有紀

フリーアナウンサー・和酒コーディネーター

テレビ、ラジオなど各媒体で活躍する一方、日本の食や和酒の魅力発信を積極的に行い、大切さ、楽しみ方を伝えている。フィールドワークを信条とし、全国の酒蔵に200回以上足を運ぶ。酒蔵ツアーや日本文化×日本酒のコラボイベント、様々な国籍の料理×日本酒のマリアージュイベントなどの企画・主催をはじめ、各地での講演、セミナー講師多数。ル・コルドン・ブルー日本酒講師。観光庁「平成25年度 官民協働した魅力ある観光地の再建・強化事業」にて、目利き役。女性向け日本酒本「日本酒日和」(舵社)監修。日本酒造青年協議会「酒サムライ」叙任。 

【資格】きき酒師、焼酎きき酒師、WSET(International Higher Certificate in Wines and Spirits)、一級フードアナリスト、日本箸教育講師など

 

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