宇和島城の天守 :「美しき城」 vol.13 萩原さちこ

2016.04.25

太平の世につくられたピースフルな天守

宇和島城の天守は、全国に12棟だけ現存する天守のうちのひとつです。最大の魅力は、なんといっても戦闘力のなさ。12天守のなかでも、もっともおだやかな表情をしているといえます。

宇和島城は1596年(慶長元)に藤堂高虎により築かれましたが、現存する天守が建造されたのは、それから70年後の1666年(寛文6)です。世は、4代将軍・徳川家綱の統治下。戦乱の世は終わり、泰平の世へと移り変わっていますから、宇和島城の天守は戦いをまったく想定していません。

ほかの天守との大きな違いは、弓矢や鉄砲を放つ“狭間”という小窓が壁面にひとつもないこと。戦うことを前提につくられていない証です。よく見ると、床面を張り出たせて石垣をよじ登ってくる敵を頭上から攻撃する“石落とし”もありません。姫路城天守や彦根城天守、松本城天守などの千鳥破風(三角形の窓)は、内部を“破風の間”という攻撃用の空間にしてありますが、宇和島城天守にはそれもなく、千鳥破風はあくまで外観を美しくみせるためのデザインです。

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