小田原城と北条氏:「美しき城」 vol.21 萩原さちこ

2016.06.20

rd850_-odawara-1

新幹線からものぞめる、小田原のシンボル

新幹線の車窓からも見える、小田原城の真っ白な天守。連日多くの観光客が訪れる、関東を代表する城のひとつです。小田原城といえば、北条氏(後北条氏・小田原北条氏)の城として知られます。しかし、現在の小田原城は北条氏滅亡後につくられたもので、北条時代には天守も石垣もありませんでした。

1590年(天正18)に豊臣秀吉によって北条氏が滅亡すると、小田原を含む関東は徳川家康の領地となりました。家康は江戸を本拠としたため、小田原城は家臣に与えられます。もともと北条氏が本拠地としていた重要な地ですから、徳川家に近しい人材が登用され、ふさわしい城へと改造されていきました。

大改修されて現在の姿になったのは、1632年(寛永9)のことです。ところが1703年(元禄16)の元禄地震で、天守をはじめ建造物はほぼ倒壊・焼失し、石垣や土塁も崩落。天守は1706年(宝永3)に修復されたものの、明治に入ると解体され、天守台や本丸などの石垣も1923(大正12)の関東大震災で崩落してしまいました。現在の天守は、宝永3年の再建時に作成された図面や模型を参考に、1960年(昭和35)に復元されたものです。

次ページ《戦国時代と江戸時代、2つの城が共存