西表島、夢幻紀行。たった一夜だけジャングルを彩る、幻のサガリバナ

2017.05.14

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沖縄の花といえば、赤や黄色、目もくらむようなショッキングピンクなど原色鮮やかなハイビスカスやブーゲンビリアを思い浮かべる人が多いと思うのですが、夏を告げる花として島人によく知られるのがサガリバナ。

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東南アジアから南太平洋の諸島に分布する常緑樹で、枝から垂れ下がるようにボール状をしたうすいピンク色の儚げな花を咲かせる木です。大きいものでは高さ15mほどにもなり、主にマングローブの水辺や河口付近に分布します。

夜、暗くなってから花が開き、翌朝、太陽が昇るころにはポトンと花ごと落ちてしまういわゆる“一夜花”。夜間に独特の甘い芳香を放ちながら咲くのが特徴で、日本では沖縄や奄美諸島で見ることができますが、河口などの湿地帯を好むという性質から、群生で見ることができる場所はごく限られているとも言えるでしょう。

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そんなサガリバナの群生が美しい場所といえば、西表島。島の90%以上を亜熱帯の原生林がおおうこの島では、ジャングルの川沿いにたくさんのサガリバナの木々が群生し、夜の森を彩るのです。もちろん、灯りも道もないジャングルで夜間に咲く花を見るのは簡単なことではなく、気軽に楽しめる夜桜見物とはわけが違います。真っ暗な中マングローブの川をカヤックで渡り、森の奥にたどり着いた者だけが目にすることができる、幻を思わせる花というわけです。

明け方のジャングルクルーズ体験、サガリバナツアー

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西表島では、毎年6月末に梅雨が明けると7月の始めころにかけてサガリバナの開花が始まります。そして、満開を迎えたサガリバナが夜明けとともに花を落とし、マングローブの川をうすピンク色の花々で埋め尽くすのが、この島のもっとも風光明媚な夏の風物詩。

儚くも美しいサガリバナの花を死ぬまでに見たい花にあげる旅人も少なくなく、毎年サガリバナの開花が始まるとサガリバナを見に行くツアーが人気を呼んでいます。

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サガリバナを見に行くためにはまだ真っ暗なうちに河口付近を出発しカヤックで川の奥を目指します。時は、夜と夜明けのはざま。マングローグ林を抜け、鬱蒼と木々がおいしげる川岸をぼんやりとしたシルエットで見やりながら、どんどんジャングルの奥へとカヤックで進んでいくのは不思議な体験です。

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川の蛇行に沿ってオールを漕いでいくと、やがてどこからか甘い芳香が漂っていることに気づきます。姿は見えなくても、その匂い立つような香りは近くに花をつけたサガリバナの木があることを知らせます。匂いに誘われるようゆっくりとカヤックを進め、耳を澄ませてみれば、ポツン、ポツンと静かに水面を叩く音が聞こえてきます。

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最初は時折だったその音が、次第に間隔をせばめて川面を叩きはじめるころ、旅人はようやくそれが花を落としたサガリバナが川面にぶつかる音だと気づくのです。

原色の世界を取り戻すにはまだほんのしばらくの猶予がある昨日と今日と明日とのはざまのようなこの時間帯、枝からポトリと咲き落ちたサガリバナは降り積もるように川面を埋め尽くし、潮の満ち引きによって動く川の水の流れに乗って、ゆっくりと水面をたゆたうのです。

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その光景はさながらジャングルの中に突如ひらけた桃源郷。明け方の川一面に浮かんだ花々がふわふわと水に漂いながら流れていく様子はなんとも幻想的で、夢うつつの世界に迷いこんでしまったことを知ります。

しかしながら、ジャングルの奥に隠されていた夢幻の世界への扉が開くのはほんの一瞬だけ。水面を流れるサガリバナを追いかけているうちに、森は少しずつ色彩を取り戻し、気がつけばさっきまでデュオトーンの世界に閉じ込められていたジャングルの山の向こうにも青空が見え始めます。一秒ごと原色の世界を取り戻しいくたび、サガリバナは静かにその生命を閉じ、やがて島は何ごともなかったよう新たな一日をスタートさせるのです。

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サガリバナクルーズを終え、サガリバナの花園を後にするときは、すでに真夏の朝の日差しがまぶしく水面を照らし、いつの間にか夢うつつの世界から現実の世界へと戻ってきたことに気づくのです。

サガリバナ自体は夏の間じゅう花を咲かせる木ですが、台風の通り道である西表島では台風がやってくるとサガリバナの蕾もすべて散ってしまいます。また、マングローブの川に浮かぶサガリバナが最も美しいのは大潮を中心とした数日間ということもあり、明け方のジャングルの川を流れるあの桃源郷のように美しいサガリバナの光景に出会えるのは、一年のうちでもごくわずか。梅雨が明けてサガリバナの開花がはじまり、じゅうぶんに花を咲かせるようになったときの大潮を中心とした1週間くらいと言われています。

西表島では、今年もそんな幻の花サガリバナの季節はもうすぐそこです。

取材・文・写真/小林 繭