日本語 | English | 简体中文 | 繁體中文

第6回《後編》:奥琵琶湖から世界へ!七本鎗の新たな挑戦

2018.02.28
中村扁額図1

 北大路魯山人(当時 福田大観)が篆刻をした、本物の扁額が今も店の看板になっている。

琶湖の湖北にいくのなら、ぜひ訪れてみたい日本酒の蔵元があった。長浜市木之本町の、冨田酒造である。かの銘酒、七本鎗の蔵元といえば、ご存知の方も多いだろう。創業は、天文3年(1534年)というから、480年はさかのぼる。現在は、15代目に当たる冨田泰伸さんが、采配を振るっている。その蔵元は、JR北陸本線の木之本駅から、徒歩で風情ある坂を登った、旧北国街道沿いの歴史的な街並みの中にある。このあたりは、かつては参勤交代も含め、宿場町として栄華を誇った歴史的な街でもあった。冨田酒造の建造物群もまた、江戸期に建てられた施設をそのまま使っていて、三重の瓦屋根や煉瓦の煙突などが、往時の風格を今に伝える。

外観中村氏七本鎗
江戸期に作られた冨田酒造の建物郡は、そのほとんどが今でも現役で使われている。由緒ある旧北国街道の街並みの景観にも溶け込んでいる。

 さて、私を含め私のまわりには、七本鎗のコアなファンは多い。面白いのは、そのファンたちは2つのグループに分かれていることだ。一つは美食家、いわゆるガストロノミーの人たちで、もう一つは剣道家たちである。ともに、そのボティのしっかりした味わいが好まれていると思うが、美食家たちが好む理由は、米の旨味のしっかりした中にキリッとした酸味があるからだろう。青山のレストラン「NARISAWA」でも扱っているが、この酒にはワインに負けない食中酒としての魅力があるのだ。そして、私の知人の剣道家たちが好む理由は、飲み飽きない、文字どおり切れ味がいい酒であることと、その名前の由来もあるだろう。七本鎗という銘は、戦国時代の「賤ケ岳の戦い」で活躍した7人の武将、いわゆる「賤ヶ岳の七本槍」にちなんでいる。剣に関わる人にとって縁起のいい名前なのである。ちなみに、本来の七本槍の「やり」は木偏の「槍」の字であるが、酒の銘柄には金偏の「鎗」を使う。これは、蔵元の玄関内にかかる扁額の字が由来になっているそうだ。この扁額は、大正初期に長浜を訪れた北大路魯山人(当時 福田大観)が篆刻をしたもので、冨田酒造の12代目当主の冨田八郎忠明氏と交流があったことで寄贈されたという。ラベルの文字の一部には、今でもこの書体が用いられている。この扁額は、今でもオリジナルを掲げているので、蔵元を訪れた際は、じっくり鑑賞することをおすすめしておこう。

中村氏日本酒瓶
七本鎗のバリエーションは15種類ほど。ワインのように、仕込んだ年(ヴィンテージ) を明記したボトルもリリースされている。

 回は、共通の知人を介して紹介された15代目当主、冨田泰伸さんに蔵元をご案内してもらうことになった。泰伸さんは、蔵に入る前は、欧米を巡ってワインや蒸留酒の勉強をしていた経歴の持ち主である。広い視野や人脈を背景に、他の蔵元とは少し違った、独自の日本酒のあり方を目指している。泰伸さんによると、七本鎗の生産量は、1000石ほどだという。1石は18ℓなので一升瓶換算で年間10万本くらいだろうか。これは日本酒の蔵元としては決して大きくない。しかしそれは、“果敢な挑戦をすること”の機動力であり、ある種の宿命だと泰伸さんは考えているようだ。

中村氏と冨田氏
こちらの醸造施設は、2015年に増築された。滋賀県内の材料をメインに使っている。すばらしい空間だ。

 伸さんの言葉によると、七本鎗の味わいの特徴は「米味のあるボディ感」なのだという。一般的に、日本酒の原料となる酒米は、精米すればするほど、綺麗な味わいになる。スイカやメロンに象徴されるような、いわゆるフルーティな吟醸香の風味は、昨今のトレンドでもあるのだが、七本鎗は、あえて精米をあまりしない酒米を使った酒作りを目指している。「せっかく丹精込めて作ってもらった酒米ですから、削りすぎずに米の旨味をたっぷり出したいのです」と泰伸さんはいう。例えば最近リリースした精米80%の低精白純米酒は、手応えのある味わいと共に、酸味のエッジも立った穀物感のしっかりした味わいに仕上がっている。

中村氏日本酒かぐ
七本鎗の風味の特徴は、米の本来のしっかりした旨味と、それとコントラストをなすキリッと際立った酸味。キレがよく余韻が長い。そのままでよし、食事に合わせてもよし。飲み飽きない味わいだ。

「削らないということは、酒米の味わいがダイレクトに反映する」と泰伸さんは続ける。そして2001年より、地元の篤農家(とくのうか)と酒米の契約栽培を始めた。地元の米と水を使うことで、本当の意味のオール滋賀県の“地酒”を目指しているという。2010年には、「お米の家倉」の5代目の家倉敬和さんと、完全無農薬の酒米に挑戦を始めた。不思議なことに、完全無農薬の酒米は、ワインのように、テロワールやその年の出来映えが、日本酒のキャラクターに、より反映するのだという。

 2005年くらいから、海外でも売られるようになった。現在、輸出量は生産の10%くらいまで伸びてきた。「滋賀、湖北の国酒の味わいを、日本のみならず海外の人たちにも伝えたい」それは、日本の文化や風土の魅力を伝えることに通じると、泰伸さんは強く信じている。七本鎗のほんとうの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

 

《前編はコチラから》

 

<プロフィール>

中村 孝則(なかむら たかのり)

コラムニスト。1964年神奈川県葉山町生まれ。ファッションからカルチャー、旅やホテル、ガストロノミーからワイン&シガーまで、ラグジュアリー・ライフをテーマに、執筆活動を行っている。また最近は、テレビ番組の企画や出演、トークイベントや講演活動も積極的に展開している。現在、「世界ベストレストラン50」日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。

文・中村 孝則
写真・野口 伽那子