陸前高田市のブランド米『たかたのゆめ』:「お米が主役」vol.18 柏木智帆

2016.03.01

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農地の復旧とともに陸前高田市で広がった新品種

岩手県遠野市出身の関さんは、中学・高校時代を陸前高田市の隣の大船渡市で過ごしました。震災後、大船渡市の被害状況にも心を痛めましたが、市街地が丸ごと津波にのまれてしまった陸前高田市のあまりにも凄惨な状況に言葉を失いました

「想像を絶する光景を見て、この街のために何かできないか、特に危機に瀕していた農業の復興のために何かできないかと思ったのです」

平地が少なく小規模農家が多い陸前高田市では、以前から農家の高齢化が課題となっていました。そこに追い打ちをかけたのが、あの震災でした。市内の6割の用水路が地震によって崩れ、田んぼには津波で異物や塩が入り、さらに農機具が流されてしまうといった状況に、「当時は市全体の農業をやめようという声もありました」と関さん。それでも、なんとか将来につなげるかたちで農業を復興させたいと願い、関さんはJT(日本たばこ産業株式会社)に勤める友人の上岡修さんに相談したのです。

JTはすでにアグリ事業から撤退していましたが、さまざまな農産物の新品種などを保存していました。そこで出会ったのが、「いわた13号」という品種のお米。「いわた3号」と「ひとめぼれ」を掛け合わせた新品種で、寒冷地や病気に強いうえに倒れにくい特徴を持っていました。

「10数年もかけて品種改良してきたにもかかわらず、事業撤退によって日の目を見ないままになっていた“悲劇のお米”。東北の気候風土に合いそうな特徴を持つこの品種に光を当てて、陸前高田市の農業復興を目指そうと思ったのです」

震災から8ヶ月後の2011年11月。関さんはJTに対し陸前高田市の地域ブランド米として活用するために、「いわた13号」の権利譲渡を依頼しました。

その後、承認されJTの植物イノベーションセンターの温室田んぼで田植えを行い、翌年5月に春の稲刈りをするという荒技で種籾の量を増やして、その年の田植えに間に合わせました。

JTに残されていた種籾はフィルムケースたった3個分ギリギリの量でした。

種籾の準備はできましたが、生産を協力していただける農家の方を探すのが想像以上に大変でした。市内の農家を回りましたが、「おいしいのかわからない」「ちゃんと収穫できるのかわからない」「誰に買ってもらえるのかわからない」と心配して誰もつくろうとはしてくれません。

そんな中、たった1人だけ手を挙げてくれた農家がいました。それが金野千尋さん。「たかたのゆめの恩人」(関さん)です。

栽培指導はJTが引き受け、初年は2.5キロの種籾をまき、1,300キロのお米を収穫。試食した市の関係者たちからは「おいしい」と好評でした。

それから、JTが陸前高田市に寄贈してくれた「いわた13号」を地域限定のお米として本格的に育てていくことになったのです。

「ロゴマークのデザインについては「東の食の会」、PRについては「Yahoo!」、販売については「伊藤忠商事」に、強力な協力者になっていただいています」。

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