「食の王道」vol.64
【東京 築地】山はら: グルメキュレーター 広川道助
小池知事のおかげで閉店を免れた
場内の隠れ家「山はら」のあんこう鍋
2016年の日本料理の一番大きな問題は、築地市場の豊洲移転でした。
私の親しい市場関係者や料理店は一年以上前から豊洲移転のための準備を始めており、前もって店を移転したり、豊洲へ駐車場を確保したりしていました。
そこに来て、あの騒ぎです。当初私は、1メートルも盛土したわけだし、感情論はともかく、冷静になれば1年遅れ程度で豊洲に行くだろうと思っていましたが、基準値79倍の有害物質が検出されてしまうと、どうなるかまったくわかりません。
当分、築地はそのまま営業されると決まって、真っ先に思い出したのが場内にある日本料理店「山はら」でした。築地の奥にある木造の日本家屋で、戦後すぐに開業し、すでに70年以上。夏は鯛の塩焼きや金目鯛の煮つけ、蟹などの魚料理を出しますが、冬は刺身とあんこう鍋一本。その量と味をこよなく愛する熱狂的なファンがいる店なのです。
残念ながら、築地市場がなくなるとともに歴史ある建物も取り壊しになり、息子さんがやっている近くのちゃんこ店に合流すると聞いていたのですが、電話をしたら「小池さんのおかげで当分、営業できることとなりました」という明るい声が返ってきたのです。
暗くなってからの築地を歩くことなどめったにないので、まずは店に辿りつくまでが一苦労です。
もともとは一階で寿司屋をやっていたようですが、いまは二階にある大小5つの個室だけ。ギシギシと音が鳴る階段を上がるとまさに昭和の世界が広がります。
山はらへ訪れるときの「約束」は、酒を持ち込むこと。ビールはありますが、持ち込み料金がないので、自分の好きなものを持ち込んだほうが楽しいし、常連は事前に宅急便で送り込んでいるようです。
畳敷きの古い部屋に座ると、付きだしのあと、ほどなくして大皿にいっぱいの刺身の盛り合わせが。鮪の赤身と中トロ、鯛、ホタテ、カンパチが極厚の大きさで登場です。どれも脂がのっていて、最初は「ひとり2枚だからね」といっていましたが、綿密に数えなくても、十分全員に行きわたる量です。