典型的な日本らしさというトラップから逃れ、引き算を重ねた先に見えたもの、それが研ぎ澄まされたデザインへと昇華し、「VISION‐COUPE」に結晶した。典型的な日本らしさというトラップから逃れ、引き算を重ねた先に見えたもの、それが研ぎ澄まされたデザインへと昇華し、「VISION‐COUPE」に結晶した。

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MAZDA~デザインで世界を変える(後編)

2019.11.8

日本らしさを深化させる力。MAZDAのものづくりに見る「日本の美意識」

典型的な日本らしさというトラップから逃れ、引き算を重ねた先に見えたもの、それが研ぎ澄まされたデザインへと昇華し、「VISION‐COUPE」に結晶した。

ニュージェネレーションへと
進化を続ける「魂動」
日本らしさの真実を求めて

「東京モーターショー2019」でマツダの新たなチャレンジが姿を現した。マツダ初の量産電気自動車「MX-30」である。2030年時点で生産するすべての車種に電動化技術「e-SKYACTIV」を搭載すると明言したマツダにとって、それは新たな時代を予感させる一台だと言える。そんな東京モーターショーを待つまでもなく、2019年、「MAZDA 3」を皮切りにマツダのカーラインナップは第7世代と呼ばれる新たなジェネレーションに突入している。同時にマツダのデザインコンセプト「魂動 KODO:SOUL of MOTION」も2周目に足を踏み入れたが、この次世代の魂動デザインには日本の美意識が大きく影響しているという。どうしてマツダは日本をテーマにしたのか? そしてマツダが見出した日本の美のDNAとは何なのか? 再び魂動デザインの創始者である前田育男に聞く。

 

魂動デザインというフィロソフィの下、世界中で数々の賞に輝いたマツダデザインだが、世界で高い評価を得たことが次なる進化のトリガーを引いたという。「海外のジャーナリストやデザイナーと話をする中で、おのおののブランドは、その国を代表していることに気付かされたんです。たとえばドイツ車には、バウハウスを起源とした確固たるモダンデザインの様式が存在しますし、ボルボというブランドは、スカンジナビアンデザインを掲げている。翻って日本デザインというものを考えると、昨今は混沌としすぎていて何も見えてこない。そう思ったとき『誰かが日本デザインの様式を形にしなければならないのなら、マツダがそれをやってみよう!』という気持ちが湧いたのです」。

前田が向き合ったのは、日本人が培ってきた美意識の正体であった。龍安寺の石庭に見出したのは「余白」の美。引くことで生まれた枯山水の余白の奥に無限に広がる自然や、目に見えない「心で味わう美」であったことに気づく。日経デザイン/廣川淳哉著『MAZDA DESIGN  DESIGN BRANDING BUSINESS』日経BP社刊より。 前田が向き合ったのは、日本人が培ってきた美意識の正体であった。龍安寺の石庭に見出したのは「余白」の美。引くことで生まれた枯山水の余白の奥に無限に広がる自然や、目に見えない「心で味わう美」であったことに気づく。日経デザイン/廣川淳哉著『MAZDA DESIGN  DESIGN BRANDING BUSINESS』日経BP社刊より。

前田が向き合ったのは、日本人が培ってきた美意識の正体であった。龍安寺の石庭に見出したのは「余白」の美。引くことで生まれた枯山水の余白の奥に無限に広がる自然や、目に見えない「心で味わう美」であったことに気づく。日経デザイン/廣川淳哉著『MAZDA DESIGN  DESIGN BRANDING BUSINESS』日経BP社刊より。

日本の自動車メーカーとして日本らしいデザインを身にまとう――そうした“日本化”を進めるため、前田がドアを叩いたのが伝統工芸の世界だった。200年以上にわたり無形文化財・鎚起銅器(一枚の銅板を金づちで打ち起こして作った銅器)を作り続ける「玉川堂(ぎょくせんどう)」、高盛絵と呼ばれる技法を170年以上守ってきた漆芸家「七代 金城一国斎(きんじょういっこくさい)」らとコラボレーションを行い、再び思索を深めていった。

 

「日本らしさを追求するといっても、私たちがやりたいのは竹や障子を使うといった表面的なものではありません。日本の美意識の源流を掘り出し、それを車のデザインに結び付けること。そうした中で辿り着いた答えが“研ぎ澄ます”という行為でした。余計なものを極限まで削ぎ落とした緊張感。現状に満足せず、ひたすらものづくりを続けた先に現れる精密さ、優美さ。シンプルでありながら奥行きがある、美――そもそも“研ぎ澄ます”という言葉自体、英語には存在しませんからね」

前田が日本らしさの最適解を求めてコラボレーションした「玉川堂」の鎚起銅器のワインクーラー「魂銅器」(写真左)、「七代 金城一国斎」が制作した卵殻彫漆箱「白糸」。Photography by ©MAZDA 前田が日本らしさの最適解を求めてコラボレーションした「玉川堂」の鎚起銅器のワインクーラー「魂銅器」(写真左)、「七代 金城一国斎」が制作した卵殻彫漆箱「白糸」。Photography by ©MAZDA

前田が日本らしさの最適解を求めてコラボレーションした「玉川堂」の鎚起銅器のワインクーラー「魂銅器」(写真左)、「七代 金城一国斎」が制作した卵殻彫漆箱「白糸」。Photography by © MAZDA


感動を呼び起こす者が
アーティストだと宣言
才能を花開かせるトリガーとなる

生粋の職人たちとの交流の中で前田が気付かされたことが、もうひとつあった。マツダのクレイモデラーが持つ高い技能だ。マツダは伝統的に優秀なクレイモデラーを数多く抱えてきた。立体を把握する能力に優れ、ときにデザイナーをしのぐほどの創造性を発揮する。しかし職人肌の彼らが会社組織で評価されることは稀であり、その多くは長い期間、才能をくすぶらせていた。

 

前田はそれを解き放った。人事制度にメスを入れ、優れたモデラーたちに「匠モデラー」という幹部社員クラスの肩書を与えた。そして彼らに発破をかけた。「ここにいる全員がアーティストなんだ。誰が作ってもいい。何を作ってもいい。ただ、見る者を感動させるものを作ってくれ」。

 

前田が行ったのは「マツダのものづくりは芸術活動である」というイニシエーションだった。CAR AS ART。車づくりをビジネスライクな“商品開発”から、志と情熱に満ちた“作品制作”へと質的転換させていく。解き放たれた職人技は持てるポテンシャルを遺憾なく発揮し、さらにそうした空気は工場の生産現場にも飛び火した。どうしたらこの微妙なカーブを量産車でも再現できるのか……それぞれの部署で“美”をカタチにするため、誰もがARTに向き合いはじめた。

 

「今のモデラーのスキルはこれまでのモデラーより数段上だと思います。それは目標が上がったから。同時に生産を司るエンジニアもアーティストであり、一緒にものづくりを行う仲間だと考えています。美しいものを作りたいという想いは全員同じで、それはチームの総合力によってでしか成し遂げられませんから」。

手とクレイの間に流れる微細な感覚とのせめぎ合いの中、モデラーによって形に命が宿っていく。Photography by ©MAZDA 手とクレイの間に流れる微細な感覚とのせめぎ合いの中、モデラーによって形に命が宿っていく。Photography by ©MAZDA

手とクレイの間に流れる微細な感覚とのせめぎ合いの中、モデラーによって形に命が宿っていく。Photography by © MAZDA


イメージを飛び越えて
デザインの進化は深化へ
さらなるステージへと昇るために

日本化を標榜した次世代の魂動デザインは、2017年秋に発表されたビジョンモデル「VISION COUPE」に結実した。わかりやすい意匠を廃し、なめらかなフォルムとそこに映り込む光のリフレクションのみで質感を表現。その凛としたエレガンスは、魂動デザインがさらなる進化の過程にいることを雄弁に物語っていた。

なめらかな起伏の変化が美しさと躍動感を感じさせる「VISION COUPE」。Photography by ©MAZDA なめらかな起伏の変化が美しさと躍動感を感じさせる「VISION COUPE」。Photography by ©MAZDA

なめらかな起伏の変化が美しさと躍動感を感じさせる「VISION COUPE」。Photography by © MAZDA

前田が手掛けたのは車のデザインに留まらない。「VISION COUPE」と同時期に取り組んだのがオリジナルフォントの開発である。文字という小宇宙にいかにマツダらしさを封じ込め、日本の様式美を表現できるか。海外のデザイナーも含め10人以上のメンバーが集まり、フォントを作るためだけに山梨で4日間の合宿が行われた。「文字に求めたのは、マツダが目指すエレガントでありたいという方向性です。そこに日本らしい繊細さを加えつつ、車を作るメーカーとしての安定感や力強さもほしい。さらに人の手で書いたあたたかみや若干の動きも……」。そしてそこから1年以上の歳月を費やし完成したのが現在公式な場面では必ず使用されている「マツダ・タイプ」だ。「精緻で“凛”とした表情と、若干動きがある“艶”っぽい要素の2つが共存した、われわれの車づくりに非常に近い文字ができました」と前田は自信をのぞかせる。

マツダが独自に開発したオリジナルフォント「マツダ・タイプ」。安定感を出すため、文字の上部を縮めて下部を膨らませるなど細かい調整がなされている。文字ひとつにも魂動デザインの美意識が貫かれる。Photography by ©MAZDA マツダが独自に開発したオリジナルフォント「マツダ・タイプ」。安定感を出すため、文字の上部を縮めて下部を膨らませるなど細かい調整がなされている。文字ひとつにも魂動デザインの美意識が貫かれる。Photography by ©MAZDA

マツダが独自に開発したオリジナルフォント「マツダ・タイプ」。安定感を出すため、文字の上部を縮めて下部を膨らませるなど細かい調整がなされている。文字ひとつにも魂動デザインの美意識が貫かれる。Photography by © MAZDA

最近では「東京モーターショー2019」で初公開された「MX-30」も大きな注目を集めることになった。マツダ初の量産電気自動車(EV)であるとともに、魂動デザインとしても既存のイメージに揺さぶりをかけるフレッシュな提案を行ったからだ。「 「MX-30」はこれまでのメッセージとは毛色が違う作品。魂動デザインに関しては「VISION COUPE」のように深掘りを進めていく一方、これまでとまったく異なることをやっていかないと成長がないと思ったんです。できた流れを一度壊して、新しいものを発見して本流に戻す。「MX-30」は『深化するため、あえて拡げる』という過程にある一台だと思ってもらえるといいかもしれません」

マツダ初の量産電気自動車(EV)である「MX-30」。プレーンなルックスのようでいて、魂動デザインの完成度と美しさは外さない。自然素材であるコルクをトレイ部やドアハンドルの一部に使用。自然体であることを享受したい、時代の空気も吸収したマツダの新しい顔。Photography by ©MAZDA マツダ初の量産電気自動車(EV)である「MX-30」。プレーンなルックスのようでいて、魂動デザインの完成度と美しさは外さない。自然素材であるコルクをトレイ部やドアハンドルの一部に使用。自然体であることを享受したい、時代の空気も吸収したマツダの新しい顔。Photography by ©MAZDA

マツダ初の量産電気自動車(EV)である「MX-30」。プレーンなルックスのようでいて、魂動デザインの完成度と美しさは外さない。自然素材であるコルクをトレイ部やドアハンドルの一部に使用。自然体であることを享受したい、時代の空気も吸収したマツダの新しい顔。Photography by © MAZDA


感動させるほど
研ぎ澄まされた
日本美をまとった車をデザインする

レースを愛する前田は、まるでライバル車との駆け引きを愉しむように魂動デザインをハンドリングしていく。最後にどうして自動車メーカーであるマツダがここまで“美”にこだわるのか、その理由について尋ねてみた。「ひとつ言えるのは『美しさには絶対値が存在する』ということです。完成度であり精度。デザインには好き嫌いしかないと言う人もいますが、私はまずは絶対値があり、そのハードルの先に初めて好みが出てくると考えています。マツダが美しさを追求するのは、つまりその絶対値を追求するということ。絶対値を超えた作品には、有無を言わせず人を感動させる力があると思いますから」

2020年、創立100周年を迎えるマツダ。「100年をひとつのメルクマールだと考えています。次の100年に向けて提案できることはなにか。デザインで応えていきたい」。休日にはレースに参加することも多い前田。オンもオフも、車の魅力を追い続ける。 2020年、創立100周年を迎えるマツダ。「100年をひとつのメルクマールだと考えています。次の100年に向けて提案できることはなにか。デザインで応えていきたい」。休日にはレースに参加することも多い前田。オンもオフも、車の魅力を追い続ける。

2020年、創立100周年を迎えるマツダ。「100年をひとつのメルクマールだと考えています。次の100年に向けて提案できることはなにか。デザインで応えていきたい」。休日にはレースに参加することも多い前田。オンもオフも、車の魅力を追い続ける。

現在マツダの企業メッセージとして「美しく走る。」というコピーが流されている。それに対し前田は「われわれ作り手に対する戒めみたいなものです」と笑う。美しさ=絶対値。遥かな高みに向け研鑽を続けるマツダデザインは、そのストイックなたたずまい自体、研ぎ澄まされた日本の美を体現しているようである。

前田育男 Ikuo Maeda
マツダ株式会社 常務執行役員 デザイン ブランドスタイル担当
1982年 東洋工業(現マツダ)入社。チーフデザイナーとしてロータリーエンジン搭載の「RX‐8」や、ワールド・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した3代目「デミオ」を手がける。2009年 デザイン本部長就任。マツダブランドの全体を貫くデザインコンセプト「魂動」を立ち上げ、 多くのデザインアワードを受賞。2016年 常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当。趣味はモータースポーツで、国際C級ライセンスを保有。著書に「デザインが日本を変える ~日本人の美意識を取り戻す~」(光文社新書)がある。

Photography by Kiyoshi Obara(amanaphotography)
Text by Koji Shimizu
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