日本人が昔も今も愛し続ける洋菓子、バウムクーヘン。カール・ユーハイムが日本へ渡り、伝えたこのお菓子を守り育て広めてきたのがユーハイムだ。今回は、創始者であるカール・ユーハイム氏の味を100年以上に渡り引き継ぎながら、バウムクーヘンをはじめとしたドイツ菓子を製造販売する「ユーハイム」の代表取締役社長・河本英雄氏に話を聞いた。
自然に逆らわない、100年変わらないレシピ
そのルーツはドイツの菓子職人、カール・ユーハイム氏が1909年に青島でたずさわった菓子店から始まる。第一次世界大戦時に捕虜として日本に移った彼は、戦後神戸に菓子店をオープン。彼の死後は残された職人たちが「ユーハイム商店」を設立し、現在の「ユーハイム」となった今もその味を継承している。
ユーハイムと聞いて、誰しもが思い浮かぶのはやはりバウムクーヘンだろう。カール・ユーハイム氏が1919年に広島物産陳列館(現在の原爆ドーム)で開催された展覧会で披露したのが、日本で初めてのバウムクーヘンだ。


定番のホールタイプのバウムクーヘン。
「砂糖、小麦粉、卵、バターというシンプルな材料を使い、一層一層丁寧に焼いていくバウムクーヘンは、焼きの技術が食感を作るので、焼き方によって見た目だけではなく味も変わります。だから職人の技術イコール味そのものなんです。ドイツでは菓子手工業連盟の紋章もバウムクーヘンですし、お菓子のマイスターになるための最終試験もバウムクーヘンを焼くテスト。それだけ職人の技術の象徴のようなお菓子なんです。100年経った今もバウムクーヘンの基本のレシピは変えていません」


有名アーティストもお気に入りと公言している、人気のフロッケンザーネトルテ。
その他にも“お茶菓子”という意味の名のクッキー「テーゲベック」、シュー生地と生クリームを重ねたケーキ「フロッケンザーネトルテ」などさまざまなお菓子があるが、ユーハイムがお菓子作りをする上で最も大切にしていること、それが製造工程で食品添加物を一切使わない“純正自然”という考え方だ。
「もともとドイツにはバウムクーヘンに食品添加物を使ってはいけないというルールがあるんです。「自然に逆らわない」というドイツ菓子の考え方を基にお菓子を作り続けています」


入社後、工場でも勤務も経験。「ベテランの職人に指導してもらい、バウムクーヘンも焼けるようになりました」
すべての商品で食品添加物を使わないとはなかなかいかず、一時はその言葉を大々的にアピールすることはしなくなったという。だが2015年に社長に就任し、最初に手掛けるべきと思ったのがこの“純正自然”の徹底だったそうだ。それは食の安全とともに、職人の技術の向上と継承こそが会社の大きな命題だと考えたからだ。
「添加物を入れれば、安定した品質で生産ができるので、技術的には楽になります。でも、品質が一定になるということは、それ以上美味しくすることも難しくなるし、職人の技術を伸ばすこともできない。僕らの目標は品質を一定化することでなく、味を美味しくし続けるということ。生産ライン上の『品質を磨く』のではなく、僕らは『味を磨き込む』ことが重要だと考えています。例えば小麦粉もどんどん粒子が細かくなるように、時代で材料も変化していく中、レシピは変わらないが美味しくなり続けなければいけないというのがユーハイムの命題。ただ単純に食品添加物を抜くだけでは、生産性も味も落ちてしまいますが、菓子を更に美味しくするために必要なのが職人の技術なんです」
生産上の利点よりも、お客様へ安心かつ最高の味を提供する、それこそがあるべき姿であり、それを実現するのが職人の力だということだ。試行錯誤を重ね、2020年3月には「純正自然宣言」を改めて宣言。その活動はこれからもすべての菓子に継続していく。


ユーハイム神戸一号店での集合写真。左端にユーハイム氏が収まっている。1923年当時の店内の様子がよくわかる1枚。
それだけ職人の力を信じるユーハイムだが、実は菓子職人は製菓学校卒業を条件にしておらず、なおかつここ数十年中途採用をせず、すべて年に1度の新卒採用した人材を社内で育てているそうだ。
「現在いる職人の大部分は製菓学校を出ていません。だから社内での人材教育を大事にしています。もし採用の基準を一言で言うとしたら、とにかく『いい人間かどうか』ということ。かつてカール・ユーハイムは『いい世の中を作るためには、いい人間をいい職人に育てられればよい』と言っていたそうです。自分の利益ではなく、人のために美味しいものを造る、そういう気持ちが大事だということだと理解しています」
お菓子の喜びの原点がAIオーブンの開発に
また純正自然活動と並行して力を入れているのが、フードテックだ。職人による焼き具合を画像センサーで解析し、AIに機械学習させデータ化することで無人で職人と同等レベルのバウムクーヘンを焼き上げることができるAIオーブン「THEO(テオ)」を自社開発。現在全国で40台が存在している。
実はTHEOのアイデアのもとは、河本氏がビジネスリサーチで行った南アフリカのスラムに遡る。そこで知ったのは、貧困の中でも子どもの誕生日にはお菓子が購入されていることだった。
彼らに美味しいお菓子を食べてもらいたい。とはいえ、お菓子を持っていくだけではその場限りの支援であり、なおかつこちらの自己満足になる可能性は大きいだろう。それよりも、彼らが自助努力で対価を得られるビジネスを作るべきなのではと考えたのが、THEOの原点である持ち運べるバウムクーヘンの機械というアイデアだったのだ。


バウムクーヘン専用AIオーブン「THEO」。
当初は現地とインターネットでつなぎ指導する予定だったが、バウムクーヘンはタイミングを2~3秒逃すと焦げてしまうため、回線の遅滞が致命的に。挫折しかけた中、技術を教え込んでいくAIの技術がブレイクスルーとなった。
さらにこれまでも生産量が増加した時などはレシピを変えるのではなく、レシピにあわせた新たな機械を作っていたように、味の追求のために機械を独自に開発してきた経験も、THEOの実現に役立った。
「量産のために機械を導入したのが50年以上前。バウムクーヘンの大量生産用機械はドイツにもあるんですが、それを使うにはレシピを若干変更しなくてはいけない。さらに乳化剤などの添加物を使わない分、工程には繊細な調整も必要です。ならばそれにあわせて作るべきだと、機械から作ったんです」
菓子工場でありながら機械工も常駐し、現在も生産機械の多くは自ら製作・改良を続けている。


開発当初は河本氏とベテランの職人、そして機械工の3人が、工場のすみでひっそりとスタートしたプロジェクトだった、と笑う。
その後2020年に完成した「THEO」は発表後さまざまな所から問い合わせが。
「完成したものの、当初社内では使い道に苦慮していたんです。職人にとっては必要ない機械ですからね(笑)ところが、経営再建中の和菓子屋さんや規格外の卵の処分に困っていた鶏卵農家さんなどから使いたいとの要望がきたんです。必要とされるところがあり、さらに経営再建や人手不足、食材廃棄の問題の解決の一助にもなっている。私たちも気づかなかった思いがけない道が開けました」
アフリカへの設置はまだこれからだが、「誰かのために」という思いが奇しくも別の形で叶った形となった。
伝統の味を超えた美味しさを未来に追求
業界全体を巻き込むさまざまな施策も行っている。8年前からは北海道から沖縄まで約220のバウムクーヘンブランドが参加する「バウムクーヘン博覧会®」を全国で開催。バウムクーヘンだけでお客様が集まってくださるのか、周囲も不安に思うことがあったかもしれないと河本氏は振り返る。しかし、ふたを開けてみれば毎回大盛況。今や人気の食イベントになった。
2019年はユーハイム氏が中国・青島で菓子店に携わってから100年を迎え、2022年はユーハイム氏が日本に永住をすることを決心し、自身の初めてのお店を横浜にオープンしてから100年経つ。そして2023年は関東大震災のため神戸へと店を移してから100年。ユーハイム氏が日本に洋菓子の、そしてバウムクーヘンの味を伝えて、もう次の100年が始まっている。
2023年8月14日には職人の系譜の中で磨き込まれてきた「純正素材を使った自然な味わいのお菓子」を「無添菓(むてんか)」と名づけ、「無添菓宣言│/0」を宣言した。「/0(スラッシュゼロ)」とは、食品表示の「原材料名」の欄に「/」以下が存在しないことで、製造工程で食品添加物を使用していない証だ。
「この先の100年生き残るための条件は一つだけ。職人の系譜を閉ざさずに、お菓子を美味しくし続けること。創業の味をただそのまま守るのではなく、カール・ユーハイムが作ったバウムクーヘンより、今のバウムクーヘンが一番おいしくなくてはいけない。今日より明日、そして100年後はさらに美味しくなっている。それがユーハイムがこの味と職人の技術とを継承していく条件だと思っています」
職人の技術を信じ時代を柔軟にとらえながら、美味しさの基準を常に超えていく。創業以来真摯に味を磨き続けるユーハイムのこれからの100年は、さらなる美味しさの進化になるはずだ。


島村がユーハイムの店舗を訪ね、河本社長に商品の説明を受ける。やっぱりすぐ手が伸びるのはバウムクーヘン。
河本英雄 Hideo Kawamoto
1969年兵庫県神戸市出身。明治大学商学部卒業。慶應義塾大学大学院修了。1999年ユーハイム入社。パリ研修を経て帰国後に企画室長。中央工場、営業部長を経て関西支社長。その後、海外事業統括、営業本部長、代表取締役専務を経て、2015年に代表取締役社長に就任。
島村美緒 Mio Shimamura
Premium Japan代表・発行人。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。
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