グリーンハウス 代表取締役社長 田沼千秋グリーンハウス 代表取締役社長 田沼千秋

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日本のエグゼクティブ・インタビュー

2023.10.16

原点はいつも「お客様の喜びのために」グリーンハウス 代表取締役社長 田沼千秋









オフィスや病院でのフードサービスやレストラン、さらにはホテルを経営するなど、食をベースとしたさまざまなサービスを手掛ける「グリーンハウス」。日本のホスピタリティ産業で躍動する「グリーンハウス」の原点から、これからのビジョンについて、代表取締役社長・田沼千秋氏に話を聞いた。





学生たちの身体と心を支える食堂がその原点

 

グリーンハウスの前身は、田沼社長の父・田沼文蔵氏が慶應義塾大学予科の学生寮の寮監となったことに遡る。戦時中、輸送部隊の中隊長だった文蔵氏はインドシナ戦線で若い部下の半数を亡くしてしまう。部下を守りきれなかった悔しさや無念もあり、早稲田大学を卒業後、恩師の紹介で学生の世話をしてほしいと依頼された時、未来ある若者たちの生活を支える仕事ならと快諾。大学内で始めた学生食堂がその始まりとなった。

 

「戦後間もない食糧難の時代、農家の農作業を手伝って食料を確保したり、神奈川県知事に支援を直談判するなど、学生の毎日の食事のために奔走したそうです」

 

時にはお金がない苦学生には何も言わずに食事を出すこともあり、彼らを支えてきたそうだ。





 慶應義塾大学日吉キャンパスにあった学生食堂「グリーンハウス」。  慶應義塾大学日吉キャンパスにあった学生食堂「グリーンハウス」。

慶應義塾大学日吉キャンパスにあった学生食堂「グリーンハウス」。





学生食堂が軌道に乗り法人化した後も、会社を大きくすることに関心がある人ではありませんでした。利益を追うのではなく、学生に喜んでもらいたいという純粋な気持ちだったのだと思います」

 

ちなみにグリーンハウスという社名も、採用されたら1年分の食事券を進呈するという条件で学生から募ったもの。まさに学生食堂という場での食を通じた人との繋がりが、グリーンハウスの礎となった。

 

見返りなど求めない文蔵氏だったが、その思いは後に大きな結果をもたらすことになる。1960年に新たに社員食堂など企業向けのフードサービス事業を始めた時には、卒業後社会で活躍していた当時の学生たちが、自社の食堂を任せるならグリーンハウスにと進出を後押ししてくれるものも多く、学校給食や社員食堂、高齢者施設など現在のグリーンハウスの根幹をなす事業拡大の大きな支えになったという。





証券会社を2年経験した後、家業であるグリーンハウスに入社。 証券会社を2年経験した後、家業であるグリーンハウスに入社。

証券会社を2年経験した後、家業であるグリーンハウスに入社。






その後とんかつ専門店「新宿さぼてん」をはじめとした自社レストランもオープン。そんな飲食業界で活躍する父のもと、大学卒業後は証券会社で働いていた田沼氏だが、文蔵氏から聞いた話がこの業界に入るきっかけに。

 

「父からは戦争の話のほかに、銀行の貸付に苦労している話をよく聞いていました。当時は外食産業という名もなく、飲食業は銀行からの評価がとても低かったんです。どんなに良い事業計画を立てても、なかなか資金を貸してもらえない。業界の価値自体をまだまだ認めてもらえない状態だったんです。非常に悔しかったですね。それならばいつか絶対に、銀行の方から借りて欲しいと頭を下げに来るぐらいの会社になろうと、心から思いました」








新たなアイデアでフードサービスの未来を拓く

 

1978年にグリーンハウスに入社後、社内のホスピタリティに対する見識と意識の向上のために、現役の経営幹部総勢10名とともに、サウスシアトルコミュニティカレッジのフードサイエンス学科で40日間研修。さらに自身はホテル・レストラン分野での教育機関として世界でもトップクラスのコーネル大学大学院に留学し、世界でも最先端の外食・ホテル経営学を学んだ。

 

「でも今の自分があるのは、何もないところから今につながる事業を作り上げた父の仕事があってこそ。私は父の徳によって助けられてきたと思っています」

 

そう語る田沼氏だが、1980年に本格的に家業へ参加してからは、新規事業を数々立ち上げ、事業を拡大。1993年の社長就任以降、グリーンハウスの新時代を築いたのは、紛れもなく田沼氏のあふれるアイデアと推進力によるものだ。

 

例えば、お持ち帰り用のデリのオープンによって、今で言う中食市場へいち早く参入。さらに中国料理「謝朋殿」やスペイン料理「SPANISH DINING Rico」などさまざまなレストランブランドを立ち上げ、それまではBtoBが中心だった売り上げを現在はBtoC4割にまで引き上げた。

 

海外市場においても、レストランのオープンのほか、近年は社員食堂や病院などのコントラクトフードサービス企業のM&Aによって、アジアを中心に事業を拡大。現在は世界13都市に200店舗以上を展開している。





自社レストランとして、1966年第1号店をオープンしたとんかつ店「さぼてん」 自社レストランとして、1966年第1号店をオープンしたとんかつ店「さぼてん」

自社レストランとして、1966年第1号店をオープンしたとんかつ専門店「新宿さぼてん」。現在は国内外に498店舗を展開する。





また管理栄養士が2,000人も在籍するという他社にはないノウハウを生かし、ITで食生活の改善を目指すAI食事管理アプリ「あすけん」を自社で開発。食事を撮影すると画像解析によって栄養素やカロリーを分析し、AIの管理栄養士がアドバイスしてくれるこのアプリは国内だけでもユーザーは900万人以上が登録する日本トップクラスのヘルスケアアプリとなっている。







健康管理アプリ「あすけん」 イメージ 健康管理アプリ「あすけん」 イメージ

AI食事管理アプリ。写真を撮るだけで食生活を記録し、プロの管理栄養士のノウハウを活用したAIがアドバイスしてくれるので食生活の改善やダイエットに。






さらに2022年には「食と健康+食とホスピタリティ×新しいアイデア」というコンセプトのオープンイノベーション空間GreeneX Plus」を本社内に開設。最先端のデジタルソリューションを用い、外部のパートナー企業とともに新たなビジネスを創造する。

 

「ここは食と健康、そしてホスピタリティに対する研究所のような場所。食品メーカーにはよく研究所がありますが、ホスピタリティまで網羅する研究所というものはないんです。我々の力だけではなく国内外のさまざまな企業の先進技術とともに実証実験を行い、これまでにない新たなアイデアを生み出す場所にしていきたいと思っています」





GreeneX Plus GreeneX Plus

本社内にある「GreeneX Plus」。共創パートナーとともに最先端のテクノロジーで新たなサービスを創造する空間。





積年の夢を実現した、ホテルグランバッハ

 

そして今、力を入れているのが田沼社長自身の長年の夢でもあった「ホテル事業」だ。

 

もともと企業向け食堂から、社員寮や保養所など宿泊関連の運営も行っていたこともあり、2000年にホテル経営の専門会社を設立。以来20年以上に渡り、全国各地で15軒のホテルを運営している。

 

「世界最大のホテルチェーン、マリオット・インターナショナルも、実は最初は機内食や社員食堂から始まったんです。私がアメリカでホテル経営学を学んでいた時、ホテル経営は具体的なものはなく、あくまでも夢でしたが、それでもいつかはという思いがありました」

 

中でも自社ブランド「ホテルグランバッハ」は、「食と音楽を通して癒しと感動を提供する」をコンセプトにラグジュアリーな空間とウェルネスフード・コンシェルジュ(管理栄養士)とシェフが作り上げるウェルネスを意識した食事、そしてきめ細やかなもてなしを提供。その名の通り、館内にはバッハの音楽が流れ、時には著名な音楽家によるサロンコンサートも開かれる。

 

実は学生時代はクラシック鑑賞のサークルに参加。中でもバロック音楽を好み、なんと自宅にパイプオルガンを設置してしまうほどの音楽好きだという田沼氏。

 

「辛かった留学時代に自分が音楽に救われたように、音楽には人を癒す効果があると思います。ホテルグランバッハにあるのは、美しい景色を眺めていただける静謐な客室と身体にやさしい食事、そして心を満たす音楽です。心身ともに癒される滞在ができるホテルを目指しています」





たホテルグランバッハ東京銀座 たホテルグランバッハ東京銀座

2021年にオープンしたホテルグランバッハ東京銀座。その他、熱海・京都・仙台の全国4か所にある





あらゆる場面で誰もが喜ぶホスピタリティを

 

多忙な日々の中、今も次々と湧いてくるというアイデア。その源泉はどこにあるのだろうか。

 

「特に意識しているものではないのですが、大切なのは今起こっている現象をしっかり見ることぐらいでしょうか。すると、次はこういう方向に向かうべきではないかと、自然に方針を取ることができるんです。もしかしたらそれは僕が持っている唯一の能力かもしれません(笑)でもスタッフにとっては『社長がまた何か言っている』と大変でしょうね(笑)だから僕が思いついたことを、誰にでも理解できるように通訳してくれるまわりのスタッフに本当に助けられている。特に副社長という立場で長年サポートしてくれている妻は、まさに僕の一番の理解者だと感謝しています」





学生時代からクラシック音楽愛好家の田沼氏 学生時代からクラシック音楽愛好家の田沼氏

学生時代からクラシック音楽愛好家の田沼氏だが、パイプオルガンの演奏はなんと独学だそうだ。





日本のホスピタリティ産業を担う企業として、日本の美意識とは?と問えば、自身が感銘を受けたという歴史家・渡辺京二の著書『逝きし世の面影』を紹介してくれた。

 

「ここには明治維新の頃の外国人から見た日本人は『お互い信用しあって、のびのびと生きている』と書かれています。その姿に本来の日本人らしさや美意識を感じるんです。現代の強いものだけが生き残るべきという社会情勢や価値観の中では、そんな相手を思いやることが自然だったかつての日本の良さは失われてしまったように感じるかもしれません。でも僕はそれは『忘れた』のではなく『眠っている』だけだと思っています」

 

日本人が持つ真の美意識の存在を信じているからこそ、あらゆる場面でその繊細なホスピタリティを活かすことができるはず。その思いは、人が資産となるホスピタリティ産業において、大きな意味を持つに違いない。





父・文蔵氏が学生のために精一杯の食を提供したように、グリーンハウスの創業の原点は「お客様に喜んでいただくこと」。それは従業員が3万人を超えた今も変わることはない。

 

日々の工場や病院でもハレの日のレストランやホテルでも、そして手のひらの上のデジタルの世界でも、あらゆる場面においてそこにいる誰もが喜びを感じるホスピタリティを追求する。それがグリーンハウスの目指す未来なのだ。



代々木の杜を望むグリーンハウス本社にて、Premium Japan発行人・島村と。 代々木の杜を望むグリーンハウス本社にて、Premium Japan発行人・島村と。

代々木の杜を望むグリーンハウス本社にて、Premium Japan発行人・島村と。


田沼千秋 Chiaki Tanuma

1975年慶應義塾大学卒業、同年野村證券(株)入社、1980年米国コーネル大学大学院ホテル経営学科卒業。 グリーンハウス入社後、1993年グリーンハウス社長就任、現職。 2008年~2010年日本フードサービス協会会長、東京商工会議所 常議員、2011年からコーネル大学理事。2023年旭日中綬章を受章。

 

島村美緒  Mio Shimamura

Premium Japan代表・発行人兼編集長。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。

 


Text by Yukiko Ushimaru
Photography by Toshiyuki Furuya

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