ハタノが施工を手掛けた京都小慢の店内。和紙から注ぐ光が美しい。 Phography by Junichi Usui

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小慢(シャオマン)新たなる茶藝の世界

2019.10.3

2. 黒谷和紙漉き師・ハタノワタルがつくり出す、和紙のチカラ

ハタノが施工を手掛けた京都小慢の店内。和紙から注ぐ光が美しい。 Phography by Junichi Usui

和紙漉き師のハタノワタルは、現在40代。800年の歴史を持ち、最も丈夫で美しいといわれる黒谷和紙のマルチアーティストとして注目されている。和紙の秘境と言われる黒谷和紙漉き師の若手であるハタノは、自ら材料となる楮(こうぞ)を育て、和紙を漉き、それらにオイル加工などを施して、箱や名刺入れなどの実用品へ加工。また内装や施工までも手掛け、京都小慢でも見られるような室内装飾へも活用するなど、和紙を使った新たな表現に挑戦している。ハタノの作品は日本だけに留まらず、世界でも評価されている。ハタノが和紙作家となったきっかけ、和紙への思いや和紙の魅力を綴る。

 

文・ハタノワタル

海に夕日が沈んでいく。
それを見ているだけで何もしなくてもいい時間が過ぎる。
何もしていないのに、豊かな時間。
日々変わる太陽の色
日々変わる雲の形
日々変わる風の匂い
空気の質

 

高校生の頃、夕日を見に自宅近くの海岸に自転車でよく行っていた。17歳の僕にとっては、人生の決断を迫られている気持ちがあり、自分の中で何をしたいのか模索していた。でも、この毎日変わらなく波が打ち寄せる海岸に、自分の気持ちがどんどん近寄っていくことに気がついた。ある日、いつものように海岸でぼんやり夕焼けを楽しんでいると、お父さんと小さな女の子が、ちょっと近くに座った。小さな娘さんがお父さんに「きれいだね」と言い、お父さんが娘さんに「うん、そうだね」と言った。そのまま何も語らないまま時間だけが過ぎていった。夕日をじっと見ている親子はとても美しかったし、優しかった。その時は本当にオレンジ色の空で、オレンジ色は心の中までもあたたかく染めていった。色が染み込む感覚。人が染み出す感覚。

ハタノワタルが内装を手がけた「会員制餃子冫(にすい)」の店内。壁には手漉きで作られた和紙を、手で約6000枚に割いて、それを貼り重ねていった。 ハタノワタルが内装を手がけた「会員制餃子冫(にすい)」の店内。壁には手漉きで作られた和紙を、手で約6000枚に割いて、それを貼り重ねていった。

ハタノワタルが内装を手がけた大阪の「会員制餃子冫(にすい)」の店内。壁には手漉きで作られた和紙を、手で約6000枚に割いて、それを貼り重ねていった。 Photography by Junichi Usui


変わらない美しいものを表現していこうと決めた。
美術大学に進学をするため、東京に行った。東京では、モノの多さに圧倒されたが、満たされない自分がいた。その満たされない気持ちがなんなのかわからなかったけど、サブカルチャーに共鳴し、ザラザラとしたノイズが心地よく感じた。ノイズに埋もれていると、その中に美しい瞬間があり、そこに安堵を求めた。安堵を求めるためにノイズの中に身を置こうとしたのだけど、その意味の無い加減がいろんな文化を生んでいるのかなと感じて、何か違うんじゃないかなと思う自分がいた。

 

それで、山登りをはじめた。バイクも買って、ツーリングに出かけた。全国色々旅をしたけど、いろんな所に人の暮らしがあることに驚いた。どんな山の中にも小さな海沿いの平地にも暮らしがあった。おそらく、ずっとここで暮らしていたのかと思うと、この先もこの人たちはここで生きていく知恵を持っているということが羨ましく感じた。持続可能とはなんだろう?そんなことを探りたいと思うようになってきた。

昭和38年に広島県尾道市・千光寺山の中腹に先進的な山の手のアパートメントとして誕生した「新道アパート」が、 「LOG (ログ)– Lantern Onom ichi Garden- 」として生まれ変わった。その施工を手掛けたのがハタノだった。宿泊施設、カフェとして、またギャラリーやショップなどが備わっている。 昭和38年に広島県尾道市・千光寺山の中腹に先進的な山の手のアパートメントとして誕生した「新道アパート」が、 「LOG (ログ)– Lantern Onom ichi Garden- 」として生まれ変わった。その施工を手掛けたのがハタノだった。宿泊施設、カフェとして、またギャラリーやショップなどが備わっている。

昭和38年に広島県尾道市・千光寺山の中腹に先進的な山の手のアパートメントとして誕生した「新道アパート」が、 「LOG (ログ)– Lantern Onom ichi Garden- 」として生まれ変わった。施工を手掛けたのはハタノワタル。宿泊施設、カフェ、またギャラリーやショップなどが備わっている。

私は今、黒谷和紙という800年続く和紙の産地の職人として紙漉きをする傍ら、学生の頃から続けている表現活動、和紙を使った空間づくりをしています。今の時代になるまで、多くのものが生まれ無くなってきた中で、日本にずっとあり続けてきた手漉き和紙の世界を体感したいと思ったのがきっかけです。韓国旅行に行った時、色んな場所で手漉きの韓紙を使っているのを見て、すごく美しいと思ったし、自国の文化を大切に、しかもリアルに使われているのを見て、日本で徐々に無くなりつつある和紙のことをもっと知りたいと思ったのも、紙漉き職人に向かわせた理由です。当初、少しの間だけ紙漉きをしようと思っていましたが、気がつけば23年の時が経っていました。


ハタノの京都綾部市の自宅ギャラリーの様子。 ハタノの京都綾部市の自宅ギャラリーの様子。

ハタノの京都綾部市の自宅ギャラリーの様子。

和紙はその昔、傘や提灯に使われるなど水に対しても丈夫です。様々な絵画の支持体や漆の下地に使われるなど、素材としても安心で使いやすい素材です。そして何より、光を含む柔らかな素材として人々はその魅力の虜になってきました。日本の家の開口部には障子や襖など和紙が使われ、屏風や壁画など空間に使われる和紙のバリエーションは多くあります。そしてその素材である和紙は身の回りにある木の皮から作られるのです。人は何からどのようにして作られるということを理解すると、その素材の使い方を理解し、扱い方もわかると思います。和紙は和紙なりの付き合い方があると思うし、そんなことも含めて伝えていくことは、他の素材に対しても同じような感覚が生まれると思います。土は土のように、木は木のように、お米はお米のように……。

 

和紙を含むその背景も含めて、きちんと伝えていくことが、自分にとっての表現と思っています。京都小慢では、和紙をふんだんに使った空間を友達の設計士や左官職人と作りました。そこで飲むお茶と和紙や左官などの自然素材。体感していただきたいと思います。

 

→次回は河合和美(陶芸家)です。
(敬称略)

ハタノワタル ハタノワタル

Profile

ハタノワタル Wataru Hatano
和紙漉き師
1971年 淡路島生まれ。多摩美術大学絵画科油画専攻を卒業。800年の伝統を持つ黒谷和紙の素朴な力強さに魅せられ、京都・綾部市を拠点に活動する。2000年に黒谷和紙漉き師として独立。10年間職人として紙漉きに専念。和紙を用いた作品を数多く制作し、全国各地で展覧会などを開催。また展覧会に留まらず「襖」「内装」「デザイン」といった表現活動も行っている。国内外で個展、グループ展などを多数開催している。
http://www.hatanowataru.org/

Text by Wataru Hatano

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