会社設立のきっかけは、2011年3月の東日本大震災と福島第一原発事故だった。この事態に大きな衝撃を受けた30代の仲間3人が震災の3カ月後、太陽光、風力、水力、バイオマスなど自然エネルギーに特化した電力会社「自然電力」を創業した。それから約10年。アーティストのオラファー・エリアソンなど時代の先端をいく人々や組織ともパートナーを組むなど独自の取り組みを続けながら、国内でも急成長を続けるエネルギー企業となった。自然の力と歩む、未来志向のエネルギーとは。
談:磯野 謙
震災後、創業者3⼈の志のみを掲げ、150万円で会社を設⽴しました。当初は仕事がなく時間だけはあったので、3 ⼈で再⽣可能エネルギー先進国のドイツへ視察に行きました。この時、後に国際ジョイントベンチャーを設⽴するjuwi(ユーイ)と出合いました。juwiは欧州最⼤級の再⽣可能エネルギー企業ですが、私たちの志に共感してくれ、当時まったく無名だった「⾃然電⼒」と対等な⽴場で合弁会社の設⽴が実現。このジョイントベンチャーのおかげで、私たちも世界トップクラスのEPC(設備・調達・建設)技術を身につけることができました。
これまでの道のりで特に重要だと感じるのは、創業の翌年に実現した熊本県合志(こうし)市での初のメガソーラー発電所の完成、juwiとのジョイントベンチャー設立、最近では長野県の小布施町との電力を地産地消する地域電力会社を設立した取り組みです。とりわけjuwiとの出合いは⼤きな出来事でした。
2020年5月に完工した「北九州響灘風力発電所・太陽光発電所」(福岡県)
熊本県には、自然電力グループが手掛けた多くの太陽光発電所がある。
⾃然電⼒の創⽴時に掲げた「原発1基分の自然エネルギーを作る」という⽬標は、設立7年後の18年に達成しました。(*開発・建設中も含む)それでも、⾃然エネルギーを利⽤している⼈が身近にどれほどいるでしょうか。⽇本では17%ほどにすぎません。今の時点で「エネルギーから世界を変える」という目標は道半ばで、社会の多くの課題を解決できているとは思いません。太陽光のみならず、風力・小水力・バイオマス発電なども加え、電源を多様化させながら、自社供給分の割合を増やすことに努めています。
小布施町での事業はこうした一例で、⼩⽔⼒発電所を起点に、新たな地域⽂化を興し、⼈が集まるためのインフラをつくっています。小布施では道路のあり⽅を含め、町のインフラ全体をアップデートし、新たな町つくりを進めようとしています。この地域は⺟の実家にも近く、僕のルーツでもあり、その地で事業ができ町づくりに参加できているのは嬉しいことです。
2018年に完成した長野県の小布施町での小水力発電所。
⻑野県で⽣まれ、⽶国ロサンゼルスで育ちました。生まれたのは⼩布施町の隣の⾼⼭村という⼭に囲まれた温泉の湧き出る村で、「⽇本で最も美しい村」のひとつです。ロサンゼルスにいた時も⾃然に囲まれて育ちました。部屋の窓からの景⾊は、見渡す限り海。冬にはクジラの移動も⾒られ、⼤⾃然の息吹を間近で感じました。こうした環境が、青い地球の未来を思う原風景となっていると感じます。
子供の頃に最も影響を受けたのは祖⽗です。⻑野県のオリオン機械(1946年創業の産業機械の大手)という会社の創業者で、今でいうところの社会起業家でもありました。およそ80 年前から被差別部落問題に取り組み、雇⽤を通じて課題の解決にも尽くしました。僕⾃⾝、アメリカにいるときに⼈種差別を受けたこともあり、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」という真に平等で差別のない社会にしたいと⼼の底から思いました。
10代の頃、家族とともにカリフォルニアにて。
影響を受けたもう一人は、いとこです。プロスノーボーダーとして活躍する彼にくっついて、いつもスノーボードの練習をしていました。プロとして⽣きること、その道に命を懸けること。そうした生き方を彼から学びました。
他には、遠縁でもある渋沢栄⼀の「論語と算盤」でしょうか。経営者としての⾃⾝をあえて語れば、⽬の前のお⾦や収益に頓着せず、未来に対して⼼底コミットする――。こうした経営者は案外珍しいのかもしれません。
佐賀県唐津市の海。風況がよくサーフィンに向く波が立つ。自然電力として初めて風力発電所を完工した地域でもある。
震災後の創業時、「⾃分の命を何に使うか」を考えました。今も⾃分⾃⾝の根本にはこの想いがあります。この春のコロナ危機をきっかけに、今、世界は⼤きく変わろうとしています。2011 年の創業時に向き合っていたものより、もっと⼤きなものに取り組まなければいけないと感じています。エネルギーだけにとどまらず、⼈類が対面している問題に向き合い、課題解決をしなければいけないと切実に思います。
今は地球上の多くの⼈が、グローバル化や中央集権型の社会システムがリスクの⾼いものだと感じ始めています。コロナウイルスは貧富に関わらず、あらゆる⼈類に危機をもたらします。分断の起き始めている社会で、新たなシステムをつくる必要があります。それは⾃律分散協調の社会インフラで、私たちは「ミニマムグリッド」と呼んでいます。自然エネルギーから電気をつくる小さな拠点を増やすことで、環境負荷を少なくし、災害にも柔軟に対処できる社会づくりにつながっていく、という考えです。
創業者・代表取締役の3名:左から長谷川雅也、磯野謙、川戸健司。
僕はずっとエネルギーを通じて環境問題と向き合ってきました。一方、知人を通して知り合ったTWGGY. の松浦美穂さんは、「美」と「地球環境」が繋がっている⼈。「美しくなる」という個⼈にとっての関⼼事項が、環境問題という⼈類共通の事象への関⼼と繋がっている。そのことに衝撃を受け、驚き、嬉しく思いました。
この春の自粛期間、リモートでの仕事がない時間は、誰もいない⽬の前の海で⿂を獲り、畑で農作業をしながら「⽣きること」に真剣に向き合っています。これまでは、⽣きがいを⾒つける時代でしたが、これからは「⽣きること」そのものに向き合っていく時代になると感じています。
Profile
磯野 謙 Ken Isono
自然電力 代表取締役
1981年長野県生まれ。米国ロサンゼルスで育つ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。米国コロンビア大学院と英国ロンドン・ビジネススクールでMBA取得。株式会社リクルートから風力発電事業会社に転職し、全国の風力発電所の開発・建設・メンテナンス事業に従事。2011年6月、東日本大震災を機に同僚だった川戸健司、長谷川雅也両氏と自然電力株式会社を設立。スタッフからは「徹底的にフラットでフランク。パッション持ってビジョンを語る経営者。⼤局観と使命感があり、天命を全うしている経営者」と評される。
Photography by ©️ Shizen Energy Group
Text by Misuzu Yamagishi
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