このコロナ禍で不急不要の自粛を課せられた時、「田舎暮らしをしたい」と願った人はいなかっただろうか。――「まほろば自然農園」の代表宮下洋子は、今、コロナと共に、新しい時代の扉が押し開かれたような気がすると語る。5年前、30年間育ててきた自然食の店「まほろば」の一線を離れ、住み慣れた札幌を後に、夫、宮下周平とともに余市郡仁木町(にきちょう)の畑に越して来た。北海道の南西部、積丹半島の付け根に位置する自然豊かな農村地帯だ。広大な畑では年間100種類ほどの野菜を無農薬で栽培。そこでは安心安全というだけでなく、どんな困難も乗り越えられる抵抗力をつけ、健やかな心身を育むための生命力のある農作物が育っている。
談 宮下洋子
好評と信頼をいただき、東京のTWIGGY.のカフェを含め、全国で50軒ほどの飲食店に農産物やオリジナル食品を卸しています。元々は、生産と流通と消費が可能な限り狭い範囲で完結できるよう、札幌市内に総合自然食品店「まほろば」を構え、生鮮食品重視、地域密着型の店づくりを心掛けてきました。店内にはカフェがあり、パン、惣菜、無添加ソフトクリームの製造販売、魚介類のコーナーも併設しています。
お客様は、安全安心はもちろん、健康、アンチエイジング、予防医学の観点、環境問題への関心から、子育て世代の方々など老若男女幅広く、創業時から2世代、3世代にわたって来て下さる方もいらっしゃいます。最近は若い方が増えています。全国からの発送依頼も多く、他にはない独自の商品があり、野菜のみならず魚や肉、一般食品、雑貨など生活必需品が1か所で揃い、値段も手頃で美味しい、と評判をいただいています。
1983年に創業した札幌市西区にある店舗。アイテム数 は3000 品目を超え、自然食品に限らず、健康と安全に配慮した生活スタイルの確立に必要な品揃えがほぼ完備している。独自に開発した浄活水機エリクサー、サプリ、化粧品、調味料などオリジナル商品も並ぶ。
私たちの農園で作る野菜、また店で扱う商品のすべては、「生命力」がキーワードでありポリシーです。まほろばの捉える「生命力」とは、環境適応能力、免疫力、新陳代謝能力、発芽能力、命がサスティナブルであること。たとえば、有精卵と無精卵は栄養分析では同じです。しかし、有精卵は温めると孵化しますが、無精卵は孵化しません。また、種なしぶどうは子孫を継続できません。そうしたものは扱わないし、作らないという方針です。
「まほろば農業」の特徴は、少量多品目(約100種類)であること。厳選した肥料や堆肥を使い、無農薬・無化学肥料で「雑種強勢の原理」を応用し、適度に交配。固定種にしないで自家採種をし、病気や害虫に強い作物にする。露地野菜を主体にし(約95%で実現)、強い日差しや風雨、乾燥、害虫など、ありのままの自然の過酷な環境下で育て、生命力の強い作物にする――。こうしたことを実践しています。
左:まほろばの創業者でもある夫、宮下周平とともに「0-1テスト」で肥料設計。右:露地栽培で越冬して芽吹いた小松菜の菜花。
農作物は、土壌診断、種や土地の選定、作物別の肥料の種類やバランス等、すべて独自に考案した「0-1テスト」(筋力テスト)により過不足の無いように設計されています。そのためサクランボや苺、りんごなども完全無農薬で美味しく生産でき、今年はさらに桃、ぶどう、プラム、プルーン、ブルーベリーなども増やしました。
将来的には穀物栽培や家畜なども飼い、より総合的な地域の自給を実現し、社是である老子の「小国寡民」(しょうこくかみん)思想の深化を目指しています。これは、組織は小さいほど、少ないほど、人生は平和で幸福になる、という老子の哲学です。一人ひとりが自立し、田舎で暮らして繋がり合う。一極集中の都会生活から郡郷に分散して、日本中の田舎文化に花を咲かせよう、という夢を開きたいのです。
農園を作るために2016年に取得した余市郡仁木町の畑に建っていた木造の倉庫。約80年の風雪に耐えてきた味わいのある建物で、取り壊さずに使用している。
農園では、援農ボランティアも募っています。参加下さるのは店のお客様や取引先の方々で、近隣のみならず東京など本州から駆けつける方々もいます。実際の現場で畑仕事を体験し、土と生きることで健康になって欲しいという願いを援農に込めています。コミュニケーションの時間を設けることでお互いの理解も深まります。援農は、体の心地よさに加え、精神を清浄する高揚感が堪(たま)らないらしいのです。一様に、「楽しかった」「癒された」といって下さり、心から嬉しく思います。
仁木町は小樽から南西に25km、札幌から西に58kmの地にあり、高速道路も繋がった。果樹栽培やワイナリーが多く、有機農業も盛んなのどかな農村地帯だ。
この春からのコロナ危機、こうした非常時には人間は、食べることに行きつきます。食に関わる仕事をし、人の役に立てるのはありがたいことです。まほろば自然農園は、日本の、さらには世界の生命線と位置付けてきたことは間違いではない、という思いを深くしています。
わたしたちは、地域的な自給自足の農業生活を理想としています。お金がなければ生きていかれない資本主義経済の中で、そのループに組み込まれない為に、一定単位の地域の中で、できるだけ需要と供給のバランスの取れる実体経済が完結できればいいと考えています。
そのためには、家族単位で一軒一軒が経済的に自立し、それぞれの個性と能力に応じて、自然にできあがる役割分担の中で地域社会が形成され、みんなが繋がる全体観がいいですね。それは今の日本の資本主義社会の中でも、ゆっくり無理なく広げてゆかれる構造改革ではないかと思います。
左:「まほろば」とは、美しい自然に恵まれたすばらしい地を表す古語で、「中心」というべき意味もある。懐かしい心の故郷、我が家、地域を表し、さらに国を基から作り直すことを目指して付けられた名前だ。
右:まほろばのベストセラー商品「へうげ(ひょうげ)味噌」。通常の4倍の麹(6種類の米麹・麦麹の独自のミックス)、無農薬・無化学肥料の18種類の豆、24種の塩、伏流水をエリクサー浄水器に通した水を用い、非加熱で仕込んでいる。甘みが強くしっかり豆の味がする、と評判だ。
現在、平均年齢75歳という後期高齢者3人で、4町歩(4ha/甲子園球場のグラウンドほどの広さ)の畑を切り盛りしています。この老人力でさえ開拓はできます。しかし農業は新規就農者には規制が厳しく、初期投資にお金もかかり、若者が就農するにはハードルが高い。たとえ就農できたとしても定着率は1割といいます。わたしたちは、前途洋々たる若者が、田舎で新しい世界を切り拓き、生活が成り立つための典型(モデル)と土台作りを今、行っています。
今日まで、さまざまなオリジナル商品の数々を手掛け、食のこだわりも半端ではありませんでした。やがて自分たちの手で作らねば納得できないと、農業生活に行き着きました。食物もさることながら、その生活(ライフスタイル)の日々こそ愛おしく、最も大切だと感じています。
裸足で畑仕事をするアーシング(earthing/裸足や素肌で大地とつながること)。そこでは何かが違って見えてくる。それは、人生そのものかもしれない。自分の夢かもしれない。土には、そんな本来の自分を取り戻させる神秘と賦活力があります。「土に帰る」帰農こそ、コロナが問いかけた答えではないでしょうか。
(敬称略)
Profile
宮下洋子 Hiroko Miyashita
株式会社まほろば自然農園 代表
株式会社まほろば 顧問
1945年、岡山県倉敷市出身。16 歳よりマクロビオティックの創始者櫻沢如一氏に師事し、森下敬一氏の自然医学を信奉。その後、独自にインテグレート・マクロビオティック主宰。夫である宮下周平と共に、独自の筋力検査法0-1(ゼロワン)テストを用いた商品選定と開発を軸として、1983年北海道札幌市に自然食の店 (株)まほろばを創業。91年よりまほろば直営自然農園の開拓を始め、07 年に農業生産法人(株) まほろば自然農園を設立。現在は余市郡仁木町で「0-1 テスト農法」による生命力の高い野菜作りに取り組む。毎月ウェブサイトで『まほろば自然農園だより』を執筆。
Text by Misuzu Yamagishi
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