英虞湾に浮かぶ賢島に2016年、各国の首脳が集まり、サミットが開催された。会合の合い間に出された食事、特に伊勢海老のクリームスープは称賛の的だったと聞く。その舞台、志摩観光ホテルで2014年から総料理長を務めるのが樋口宏江シェフだ。コックコートで現れたその人は、ホテルのダイニングで働く60人を取りまとめる長の威厳を備えながらも、笑みがこぼれると穏やかで温かかった。
フランス料理人を目指して、大阪の調理学校に学んだ後、1991年に志摩観光ホテルに入社。料理人になりたての頃は自分の店を持つのが目標だったというが、先々代の総料理長、高橋忠之シェフ、先代の宮崎英男シェフのもと、海と山の恵みと向き合いながら、気がつけば20年が過ぎていた。「ホテルには部署の垣根を超え、お客様に喜んでいただけることを一緒に創り上げていく楽しさがあります。お金をいただいて、『ありがとう』と言っていただける。幸せな仕事です」。
「ホテルはお客様に非日常を味わっていただく場ですから、伊勢海老や鮑、松阪牛を使った料理は当ホテルのスペシャリテとして作りつづけていきますが、私自身は地元の人たちが何気なく口にしている美味しい食材、イワシやサザエ、あおさをなども使いたいと思うようになりました」。
地元の生産者を訪ねるのは樋口シェフの楽しみでもある。「『普通のことをやっているだけだよ』と謙遜される方が多いのですが、どの食材もクオリティが高いのです。そうした素晴らしい食材が三重でつくられていることを多くの人に伝えたいし、仕事の対価に見合う価値ある料理にするのは私の役割だと思っています」。
賢島まで行かなければ食べられなかった樋口シェフの料理と三重県の海、山の幸が、この4月から4ヶ月限定で「長谷川栄雅 六本木」で提供されることになった。兵庫県姫路市にあるヤヱガキ酒造の同直営店では、日本のトップシェフによるアテとともに、最高級日本酒ブランド「長谷川栄雅」5種類の飲み比べができる「日本酒体験」を行っているのだ。


日本酒体験が行われる畳敷きの部屋。やわらかな光が差すすりガラスの前には、季節の花が活けられる。この日の花は樋口シェフをイメージし、薄紅色のどうだん。


「ガスエビのカクテル」は、とろけるように甘い海老に花穂じそがアクセント。華やかでありながらスッキリとした「栄雅 純米大吟醸」と組み合わせて。樋口シェフのイメージに合わせ、酒器もやわらかく、ぬくもりのあるものが選ばれた。


低温で12時間調理した「愛農ポークの低温調理」は上品な脂の甘みが、ふくよかさのある「栄雅 特別純米」とみごとにマリアージュ。


「真珠貝柱の柑橘風味」。伊勢志摩エリアだけで消費されている真珠貝の貝柱の柔らかな弾力のある食感に、柑橘類の酸味と甘みがほどよくマッチ。賢島の春を想起させるやさしい味わい。
フランス料理と日本酒のマリアージュを考えるのは難しかったのでは、と樋口シェフに聞いてみた。「三重県には地のお酒もありますから、2016年のG7サミットのときには、利き酒師の資格を持つソムリエが日本酒も加えたペアリングリストを考えました。長谷川栄雅さんからお話をいただいたときもソムリエと相談してメニューを決めました。実際、地元特産の魚介や海藻は実はワインより日本酒と合わせやすいのです。料理に合わせてお酒を選ぶのではなく、お酒に合わせて料理を考えるという体験はとても新鮮でした」。


「長谷川栄雅」の5種類の酒。 左から「栄雅 純米大吟醸」「栄雅 特別純米」「長谷川 純米大吟醸 三割五分」「長谷川 純米大吟醸 五割」「長谷川 特別純米」


ゲストひとりひとりに用意されるお膳には、樋口宏江シェフ考案の5つのアテを盛りつけた皿と、長谷川栄雅が選りすぐった作家ものの酒器が並べられる。
選ばれたのはもちろん三重県産の食材だ。鮮度が命で流通しにくい尾鷲のガスエビ、伊賀の農業高校で大事に育てられた豚肉、真珠を採ったあとに残るあこや貝の貝柱、黒潮に乗って三重県にやってきた白身魚、志摩名産のあおさ。これらが、同じ米を原料にしながらも旨み、甘み、酸味の個性が異なる長谷川栄雅の日本酒に合わせられる。
地産地消という考え方は樋口シェフと志摩観光ホテルが標ぼうする伊勢志摩ガストロノミーと、長谷川栄雅の共通点。漁師や杜氏に思いを馳せながら、アテと日本酒が響き合う極上の時間を過ごしてみてほしい。


フランス料理とは別の視点で 樋口シェフが長谷川栄雅の酒との相性を考えながら、三重県の食材を‟素“に近い調理法で作り上げたアテが食べられるのはこの機会だけ。
◆長谷川栄雅 六本木「日本酒体験」(要予約)
東京都港区六本木7-6-20 1階
料金:5,500円(税込)(1名)※1組4名まで。予約は公式サイトから。
◆志摩観光ホテル
三重県志摩市阿児町神明731
Photography by Kelly Liu (amana)
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