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輪島便り~星空を見上げながら~ 文・写真 秋山祐貴子

2026.9.8

熊本地震、千葉豪雨、北陸各地の大雨……。度重なる自然災害に胸が痛みます~輪島便り 第19回~若き塗師・秋山祐貴子さんが綴る 輪島の現在(いま)

熊本地震、千葉豪雨、北陸各地の記録的大雨に寄せて



令和8(2026)年7月28日の熊本地震、8月13日の千葉豪雨により亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。熊本では危険な暑さのなか余震が続く不安を抱え、千葉や北陸各地では土砂崩れや浸水したあとの復旧作業に追われ、環境の変化に対応する毎日を過ごされていることと拝察いたします。身の安全を第一に命が守られていくことを願っております。

このような被災地のニュースを見るたび、能登半島のあの日の記憶がよみがえります。地面から突き上げるような激震や滝のような雨により一変した、それまでののどかな山海の風景や町並み、人々の暮らしやコミュニティ。凍てつく寒さのなか生死の瀬戸際に立った感覚。ライフラインが途絶え生き延びるのに精一杯だった環境。そして、真っ暗闇のなかで輝く星々を見上げたときに感じた希望、いのちが奮い立った瞬間を。

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令和6年能登半島地震の翌朝の黒島の海。目の前に海底が広がり、異世界に飛び込んだような、悪寒にも似たゾクゾクした感覚が思い出されます。



被災した漆器のレスキュー



災害の発生後しばらくすると罹災証明の調査や手続きが行われ、倒壊した瓦礫や汚損した家財の片付けとともに災害ゴミの収集、やがて被害の大きかった建造物の公費解体工事がはじまります。能登半島では地震や豪雨のあと、地域の歴史文化を物語るような家財が山積みになり、災害ゴミとして捨てられていました。住宅が倒壊した人々は、代々受け継いできた家財を移動し保管させる場所をすぐに確保できず、自分達が明日を生きていくために廃棄せざるを得ない状況に追い込まれていたのです。

この地震や豪雨は、輪島市内の多くの塗師屋や漆芸従事者にも甚大な被害をもたらしました。そして、被災した漆器の対応にまで手が行き届かない状況でした。

このような状況に危機感を感じ、漆器のレスキューを一早くはじめたのが安嶋是晴(やすじま ゆきはる)さんです。安嶋さんは富山大学で准教授として教鞭をとるかたわら、被災地支援のひとつとして2024年4月から大学生をはじめ日本全国からの有志の方々とともに「輪島漆器洗浄ボランティア」活動を続けています。


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救出した漆器を整理する安嶋さん。品目は多種多様に渡り、完成品だけでなく仕掛け品(製作途中の品)も含まれます。(写真はすべて令和8年3月から6月の活動の様子。以下同)



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水を張ったたらいのなかで三段階に分けて漆器をやさしく手洗いしたあと、布巾で清めます。


「輪島漆器洗浄ボランティア」活動



地震直後から安嶋さんは輪島に頻繁に通い、地域の方々の状況やニーズを把握し、情報発信だけでなく外部から被災地への支援や視察の対応など、現地住民の手が回らない様々な物事に率先して向き合い、能登半島の復旧・復興にご尽力されています。特に人手の足りない輪島の漆器産地に寄り添いながら、手厚い支援を行っています。

「輪島漆器洗浄ボランティア」活動では、被災した漆器を救出し当時使用されていなかった施設(輪島の旧キリコ会館や小中学校の校舎など)へ一時的に移動させ、土埃が付着したり風雨にさらされたりして汚損した漆器を丁寧に手洗いする作業を行うと同時に、漆器を写真撮影し、種類・数・サイズなどを記録することで、今後の活用に向けた整理作業も進めています。

当初2~3名からはじまったこの活動は徐々に人と人が繋がり、2024年度は41日間の活動でのべ594名、2025年度は21日間の活動でのべ369名が作業に参加しました。断水の続く状況だった輪島市内や富山大学のある高岡市内などを会場に2024年度だけで1万点以上の漆器を洗浄し、老舗の塗師屋のものをはじめ地域や神社仏閣に伝わる由緒あるものまで、膨大な量の漆器をレスキューしてきました。


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救出された漆器の数々。木地を活かした塗り、溜塗り、ぼかし塗り、 真塗りに蒔絵や沈金による加飾………。色や形も様々な茶托に、漆器産地が活気づいていた在りし日を感じます。



被災地では先が読めない難しさ、そのなかでも柔軟な対応を



地震の発生から2年8カ月。現地に寄り添いながらボランティア活動を続けてきて「被災地では先が読めず、突発的な出来事への柔軟な対応が求められる」と、安嶋さんはこれまでのあゆみを振り返られています。一例を挙げると、地震後に被害の大きかった輪島近隣では大量の救出漆器を保管できる場所がなく、これから公費解体工事が予定されている施設に一時的に移動させることになりました。いよいよその施設も解体の順番が回ってきて工事がはじまる直前に連絡が入り、急遽まだ猶予期間のある別の施設に再移動させなければならないこともありました。

このようなアクシデントに直面する度に思いを共有し、助け合う人々の輪が広がっています。さらにこの活動をきっかけにして、漆器だけでなく建築や祭りなど地域の伝統文化を大切に思う方々が繋がり、様々な取り組みを行っています。「輪島漆器洗浄ボランティア」の情報はLINEのオープンチャットで公開されていて、現在200名以上のメンバー登録があります。

LINEオープンチャット「輪島漆器洗浄ボランティア」


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輪島市内の重蔵神社境内の一角で、日本各地から駆けつけてくださったボランティアの方々とともに洗浄作業を行っています。作業中は漆器を洗いながら色んなおしゃべりが聞こえてきて、和気あいあいとした雰囲気です。



救出漆器の活用へ



今回きれいになった漆器を所有者のもとにお返しするだけでなく、その一部を活用する取り組みも実践されています。安嶋さんは大学で地域文化や伝統産業を研究テーマとしていることから「教育・啓発」を観点に、輪島の状況を伝え漆器に触れる機会をつくっています。例えば譲り受けた漆器を用いて、輪島市内の工房長屋で沈金の体験をするワークショップを行ったり、大学の漆芸の授業の教材として用いたりしています。また、富山市内のギャラリーや高岡地域地場産業センターで展示し輪島の文化を発信したり、海外で漆器製作体験をする機会に活かしたりするなど、各方面で漆文化の振興につとめられています。

さらに、今後の活用方法として能登半島をめぐるツアーで現地の方々との交流や伝統文化の体験をする機会を企画し、そのなかで漆器について「学ぶ、使う、楽しむ、伝えるなどの融合した形」を展開していけたらと、活用のアイディアをあたためています。


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沈金体験で模様を彫り終えた漆器を職人に託し、鈖入れ作業を行います。彫った溝に接着剤として漆を擦り込んだあと、金鈖を沈めます。



能登のそのさきを思い描いて



かつて輪島で暮らしていたことのある安嶋さん。市街地のまちづくりの仕事に専念されていた経緯もあります。様々な物事に献身的に向き合う姿勢からは、「社会貢献として数々の取り組みを行うことで地域へ還元していきたい」という真摯な思いが伝わってきます。

もう待ったなしの状況で高齢化と過疎化の進む能登半島。地域が直面する課題について、この風土で受け継がれてきた古い固定観念を外し別の視点からアプローチしていくこと、真髄はそのままに従来の価値を時代やニーズに合った前向きで持続可能なスタイルへと転換していくことが、これから求められていくように思います。

 

 



































































photography by Kuninobu Akutsu

秋山祐貴子 Yukiko Akiyama

 

神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。​現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。

 

 

 

関連リンク

 

秋山祐貴子ホームページ

『輪島讃歌』

 

『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…

 

輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。

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