黒島の夏。 朽ち果て腐敗していくもの、勢いよく生い茂るもの。
長い歳月をかけて築かれてきた建造物が大きな揺れで倒壊したあと、さらに激しい雨風で崩れ、住人のいなくなった民家は雨漏りが激しく、段々と朽ち果て腐敗していく。このような野放しの町並みに寂しさやもの悲しさを覚えます。同時に、対処できない無力感、自然の懐へ還っていく循環の定め、そして時には美しさすら感じています。
天災を目の前にすると、人間は一変した世界観や状況にあらがえず、その時々の流れに身をまかせて暮らさざるをえない存在。便利になりすぎた現代社会に生きる脆さを痛感します。このような人間社会の弱みにはお構いなしに、季節は移ろい、草木が勢いよく生い茂っては枯れていき、野生の動物や虫が活発に動き回る姿を日々眺めています。
当たり前だと思いこんでいたあらゆる物事や価値観が刻々と変化していくかたわらで、生命が再生し躍動する姿を見つけます。その度に、変わることのない自然の大きな力のなかで、ただ今このときを、ヒトの体に宿ったひとつの命として生かされていることに気づきます。
ある真夜中、静まりかえった町なかに、どすーんという音が響いた。翌朝あたりを見回すと、ご近所の土蔵が崩れていて驚く。
家主がいなくなった民家。人手が少なく工事の順番もなかなか回ってこないので、応急修理もなかなか進まない状況が続いている。
白百合が咲くと旧盆、そして黒島天領祭
この季節になると、黒島町のいたるところで白い百合の花が咲きはじめます。すると程なく、旧盆と黒島天領祭の時期を迎えます。
お盆前、ご近所のお母さんからお赤飯をいただきました。小豆と金時豆が入ってすこし塩味のきいたおこわ。このあたりでは、仏壇や神棚にお供えして、ご先祖さまや氏神さまをお迎えするしきたりがあるそうです。
地震から8カ月が経とうとしているなかで、住民や帰省された方々をはじめボランティアが多数集まり、お盆最終日の16日には天領祭の曳山(山車)巡行イベントの準備が行われ、17日と18日には曳山が町を練り歩きました。若宮八幡神社のお神輿が修復中のため例年通りとはいきませんが、お祭りを大切に思う方々の熱意にお天気も後押しして、このハレの日を迎えることができたのです!
清楚な佇まいでありながら、凛々しい鉄砲百合。石垣や道端の隙間、荒れ地など厳しい環境でも花を咲かせる。
ご近所のお母さんがお裾分けしてくださったおこわ。代々伝わるやさしい味つけ。
曳山で活気づく町。でも、道端にはまだ瓦礫が。
17日のお昼ころ、町の中心部には地元の男衆が集まっていました。「パナマ帽」という白っぽい帽子をかぶり、首には若波模様のお揃いの手拭い。「だこ」と呼ばれる紺地に絣模様の能登上布であつらえられた法被をまとい、黒足袋に草履を突っかけた身なりで、扇子をあおいでいる姿。この天領祭の正装から、黒島町に脈々と受け継がれているお祭りの奥ゆかしさを感じます。そして、人々の輪のなかには、歴史のワンシーンをモチーフにした人形や城などのつくりもの、重厚感のある垂れ幕で飾り付けられた北町と南町の曳山二基がそびえ立っていました。
時を同じくして町の小高い丘の上にある神社の境内では、神主さんが祝詞を上げ一対の榊を奉納していました。その榊をふもとへ運び巡行の無事を祈願したあと、それぞれの曳山に結びつけ、いざ出発!多くの観衆が見守るなか天領太鼓や横笛の音色が響き渡り、先導役の猿面や獅子舞も登場して、その場の熱気が高まっていきます。
曳山は木を刳ってつくられた車輪が4個ついていて、車体の前部の綱や後部の舵棒を人力で引っ張ったり押したりすることで、狭い道を進んでいきます。道中では、曳山が近隣の屋根に衝突しそうになったり、電線に絡まったりと、ひやひやする場面も。すると、町のお父さん達が「海ひとーつ(海のある西側へ一歩寄せて)」、「山ふたーつ(山のある東側へ二歩寄せて)」などと、経験と勘を頼りに掛け声を上げて、曳山の進行の指揮をとります。
曳山の一行が町の端っこに辿り着くと、今度はUターン。車輪に木の棒をかませたり、舵棒を力尽くで動かして、曳山を半回転させます。色んな人々の力や思いが一体となったこの光景は、見どころのひとつ。活気づく姿が撤去されていない瓦礫がまだ残る惨憺たる町並みを背景に、より一層きらきらとして目に映ります。
お祭りの調度品の数々に、江戸時代に徳川幕府の天領だった黒島の由緒を感じる。
昔ながらの町並みが残る一角。地震後に「危険」の赤い紙が貼られたままの建造物も手つかずのままだ。
曳山を半回転させる場面。皆が汗だくになりながら、やっとの思いで方向転換させる。
お祭りにみる今昔の感。古き良き時代に思いを馳せて
海上の安全や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る天領祭。例年は曳山が通る沿道の家々の軒先に家紋の入った幕が飾られ、家ごとに故事をテーマにした屏風や調度品がしつらえられます。今回は地震からの復興を願って曳山巡行イベントとして行われ、地元の方々からお祭りにまつわる様々なエピソードを伺いました。
昔は、巡行に「奴振り(やっこふり)」という子供行列があり、賑やな景色が広がっていたこと。「呼ばれ」という会食の席が各家庭で設けられ、団欒を楽しんだこと。そして、暗くなると玄関に提灯が灯され、若波模様の浴衣に身を包んだ老若男女が浜辺や広場に集まり、「やっちょい」という愛称の八千代栄節(やちよさかえぶし)などの民謡を口ずさみ、夜遅くまで踊り明かしたのだそう。
皆さんが語る言葉の節々からは、郷土愛がにじみ出てきて、じわじわと伝わってきます。「世代を越えて、町の人々のなかに息づいている音楽や踊りがあり、大切にしている風景や時間が共有されているなんて!」と、新鮮な驚きとともに感動しています。ハレの日のおめかしや家族との思い出のワンシーンが色鮮やかによみがえり、古きよき時代に思いを馳せています。
その一方で、ひと昔前まで曳山は男性が担い、女性が曳山に触れることすら厭われたそう。ジェンダーの壁がこの地に厚く残っていることを感じつつも、巡行の後半にはおっかなびっくり曳山の引綱を手にとりました。
お祭りは生命への感謝、天地をお祝いするこころの表現。縁起を紐解くと、精神哲学や天文科学に通じます。黒島町ではお祭りが昔は生活の中心にあったそうですが、古い慣習や格式ばった神事にとらわれすぎず、今の時代に合ったかたちで、今後も継承されてほしいと願うばかりです。
17日の晩に灯された提灯。黒島の文化を繋げていきたい思いが、ぎゅっと詰まっていて感慨深い。
夏の終わりに
旧盆が過ぎても、焼けつくような暑さや日照りが続きます。日中は扇風機をまわしても熱風で、黒い屋根瓦の上に刻んだ食材を入れた鍋を置いておいたら、夕ごはんの支度ができるのではないかと、気が遠のいて想像するほど。
強い日差しを受けて、海は青く輝き、山々の緑はゆるやかに色あせ、田んぼは金色に染まっていきます。そして、すこしずつ日暮れの時間も早まります。日が傾くと、地上の熱をさらっていくように、どこからか風が吹いて夕涼み。草むらから響いて重なり合う虫の声に耳をすませ、夏の名残りと秋の走りに感じ入ります。
例年であれば、地物市にサザエやアワビといった海産物をはじめ山盛りの夏野菜が並び、地元で栽培されている桃やパッションフルーツの美味しいころ。海と山に囲まれたこの町を歩きながら、一期一会の気持ちで「なんて不便で豊かな暮らし」と、こころのなかで呟いています。
この地域で収穫される小振りの桃。果肉は赤みがかっていて、李のように甘酸っぱい。
この時期に稲が実り、無事に収穫できるようにとの祈りが、お祭りに込められているように思う。
夕焼けが広がるころには涼しい風が吹く。海岸の景色は変わってしまったけれど、夕焼けの美しさは変わらない。
photography by Kuninobu Akutsu
秋山祐貴子 Yukiko Akiyama
神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。
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『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…
輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。
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