「花は盛りに、月は隅なきをのみ見るものかは」胸に響く、『徒然草』の一節
春のはじめ、雪が解けて雨へと変わり、土を潤します。穏やかな陽気が続くと、野山では植物が次々と芽吹き、花を咲かせていきます。梢は梅や桜の白や淡い紅色に、原っぱは水仙をはじめたんぽぽや菜の花の黄色にきらめき、枯野を背景にその景色が目に飛び込んできます。やわらかな風に乗って甘い草花の香りが漂い、百千鳥のさえずりが響き、うっとりするこの季節を、冬の間どれほどに待ちこがれていたことか。


朝日が昇るころの野山は土の香りが立ち上り、生きものが目覚める空気に包まれている。そして、天気が穏やかになると色んな表情の水仙の花が目を楽しませてくれる。
地震や豪雨のあと、生活再建の課題に険しい顔つきだった地域のお父さんやお母さん達の表情もすこしゆるみ、生命の息吹に満ちた景色を分かち合う日々です。兼好さんが「花は盛りに、月は隅なきをのみ見るものかは…」と、徒然草の一節に綴ったように自然のどのような表情であっても、そこには情趣があるものです。例年とはまた異なる受けとめかたで、この季(とき)を味わう余白が人々の心のなかにすこしずつ生まれてきているようにも感じられます。


くるくるとしたこごみの若芽を湯がいて、春の息吹を味わう。


独活(うど)の和えもの。その香りに土のなかから芽吹いたばかりの生命力を感じる。
春の風にさそわれて
海は明るい青色で、穏やかな波が打ち寄せています。海岸線を見渡すと、ひと冬を越してまた景色が変わったようです。隆起によって広がった砂浜の一部には水が溜まって新たな生態系が育まれ、冬の波によって陸地に打ち上げられた漂流物が山積しています。冬の荒波は、旬の幸だけでなく、様々なものをもたらすようです。
黒島では地震の前から海の景観を守ろうと、住民や日本全国から集まったボランティアの方々が協力し合い海辺の清掃活動が続けられていて、地震後には昨秋に再開されました。春の彼岸の2日間に渡り、近隣の深見地区と合わせて2拠点で開かれた海辺の清掃イベントには、石川県内だけでなく関東や関西からも多くの方々が参加していました。


空や海の色が明るくなり、浜辺の景色は春めいていくものの、冬の荒波により、様々な漂流物も打ち上げられる。
清掃活動では、海辺の一帯に散乱している漁業用の道具やプラスチックのゴミを拾い集め、フレコンバックに入れていきます。半分くらい砂に埋まっている大きなゴミを数人がかりで発掘し運び出したり、異国の文字のラベルの製品や中身の入ったままの容器をおそるおそる処理したりする場面も。そして、昨秋の豪雨で川の上流から流れ着いた大量の倒木を重機で搔き集める作業も並行して行われました。老若男女が砂まみれになりながら集めてもまだ大量に残っていて、キリのない作業です。


清掃活動では参加した方々が自然と助け合い、すぐにフレコンバックが満タンに!
門前町に輝く復興応援隊
今回のイベントを企画・運営したのは、門前町を拠点にボランティア活動を続ける復興応援隊。2024年の能登半島地震のあとから夏まで活動していた黒島復興応援隊の継続団体として新たに結成されるとともに門前町全域に活動の場を広げ、社会福祉協議会や様々なボランティア団体や個人と連携し、地域に根差しながら精力的に活動されています。


床上浸水した深見地区集会所での清掃活動。防護服を着た復興応援隊のメンバーが床下に潜り消毒を行う。
代表の山本さんは住まいのある岐阜から能登半島へ熱心に通われています。メンバーとして、黒島で生まれ育った住民の松元さんたち、長野から荒川さん、東京から黒澤さんが集まり、県内外からも若い方々を受け入れています。
復興応援隊のメンバーにはそれぞれ得意分野があり、強い結束力のもとにその才能を活かし作業に取り組む姿は、絶妙なコンビネーション。過去にも東日本大震災、熊本地震や豪雨災害など日本中を走り回って被災地支援を続けてきた山本さんは、復興応援隊の活動を「やりたいことをやるんじゃなくて、地元の住人さん達とともに復興を目指していくスタイル」と語ります。今回の地震も、発生直後からの輸送支援を皮切りに復旧復興の作業に携わり、地域の現状を自分達の目で見て、住民の声を聞き、リアルタイムでどこで何が求められているかを考えながら活動に取り組んできたそうです。
復興応援隊のSNSはこちらです。
ありがとう!から生まれる復興のエネルギー
活動の内容は体力や技術のいる現場主義の仕事を軸に、地震で倒壊した建造物の瓦礫の片付けやブルーシート掛け。被災した家からの家具の運び出し。大雪のあとには除雪。そして、崩落した墓石50基ほどを元に直す作業をこなしてきました。炊き出しに加え、学生ボランティアのサポート活動も続けています。昨秋の豪雨で大きな被害のあった深見地区では、床上浸水した建造物から床下の泥出しをして、掃除や消毒などを重点的に取り組みました。
深見地区は豪雨のとき集落の中心を流れる川が氾濫し、土砂崩れで道が寸断され、一時は孤立状態に。このとき住民の多くは、「もうここに住めない」と地区内での暮らしを一旦あきらめたそうです。そのような状況下で住民が再びここで暮らせるようにとの思いを込めて、復興応援隊は住宅や集会所の清掃を地道にこつこつと続けてきました。


DIYの得意な復興応援隊のメンバーは、車一杯に自前の道具を積んで能登へ。様々な課題に工夫をこらし真心をこめ向き合っている。
ボランティアに携わる皆さんの顔は、達成感に満ちて輝いているようです。地区のお父さんが復興応援隊をはじめ深見地区で支援してくださる方々の姿を見て「ボランティアさんは希望の光。皆さんがここに来てくださるおかげで、ここにまた帰ってこようと元気をもらっている。」とつぶやいていた笑顔が忘れられません。ボランティア活動の交流を通して、双方の気持ちが相まって、能登半島の各地にはすこしずつ活気が生まれつつあります。
薫風に吹かれ、次のステップへ
輪島市では、地震により被災した建造物について、公費解体の申請受付が5月30日で締め切られます。能登半島の復旧復興に向けては多くの人手が必要な状況で、まだまだ先の長い道のり。地震のときのまま時間が止まったような場所、長期避難や集団移転を余儀なくされている地域もあり、住民は今後の不安や迷いを拭い去ることはできません。しかし、各地域で伴走支援や新しいまちづくりに向けた動きも見られ、ボランティア活動のニーズも変化しつつあるようです。


深見の海辺には、ボランティアの方々が思いを綴った石がさりげなく並べられていた。


能登半島は清々しい新緑の空気に満たされ、草木の命が躍動する季節へ。


photography by Kuninobu Akutsu
秋山祐貴子 Yukiko Akiyama
神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。
関連リンク
『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…
輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。
Premium Japan Members へのご招待
最新情報をニュースレターでお知らせするほか、エクスクルーシブなイベントのご案内や、特別なプレゼント企画も予定しています。
Lounge
Premium Salon
輪島便り~星空を見上げながら~ …
Premium Salon