山あり谷ありの日々
1月1日まで暮らしていた家の立ち合い調査を経て、5月中旬に「罹災(りさい)証明書」が手元に届きました。
これは、自然災害による住んでいる家の被害の程度を証明する公的書類。ちょうどこのタイミングで、ご近所さんの家に居候させていただくことになり、再び黒島町で暮らしはじめました。
6月3日の早朝に大きな余震が起こって半年前の記憶がよみがえり、ひやっとしました。
中旬には黒島公民館に置かれていた避難所が閉鎖され、その節目に「おつかれさま会」が開かれました。危険と隣り合わせの日々のなか季節のめぐりを感じながら今後のことを考えていく、そんな時間の流れのなかで時に涙ぐみつつも、幸せをかみしめています。
「おつかれさま会」で行われた催しもの。昨秋に開かれた「黒島アートプロジェクト」に出品されていた作家によるパフォーマンスのワンシーン。
変わっていく環境、新しい生きかた
地震の影響もあるのか、周辺の自然環境も変化しています。民家の近くには、これまで姿を見せなかった野生動物が行き来しているのを見かけます。
隆起した浜には、海底の景色が白く変化して広がり、今まで耳にしたことのなかった水鳥の声が響きます。近年の気候変動もふくめ、新しい生態系が育まれているようです!
私達人間にとっても同様。被災したという意識から、数多くの社会的な対応をしていく必要にせまられる一方で、生きものとして自分自身のなかでの葛藤や精神的な変革も起こります。
地球の動きが大きな揺れとして表出して、一瞬で今までの固定概念が崩壊し、その時のその状況を受け止めざるをえなくなります。そして、その現実を受け入れて今を許容することは、自分の内側からその固定概念を手放し、今までの在りかたを明け渡して、新たな方法や暮らしかたを開拓する絶好の機会にもなっているように思うのです。
もともと海底だった砂地はやわらかくて、足を取られる。そこには地上の植物が芽吹いたり、水たまりには生物がいたり。散策すると生態系の変化をまざまざと感じる。
露出した海底が赤紫色から白へと変化。海底に生えていた植物は繊細で美しい。しかし、チョークのように脆く、触ると粉々になってしまい儚かった。(2024年3月撮影)
地震が変更を余儀なくさせた、ゲストハウス開業の夢
黒島町にオープンした「ゲストハウス黒島」のオーナーの杉野智行さんも、地震によって大きく状況が揺れ動き、新たな生きかたを選んだおひとり。
杉野さんは石川県津幡町に生まれ、能登半島には小さな頃から週末になるとお父さんと釣りに通っていた思い出がたくさん詰まっているそう。懐かしい記憶を辿るように2021年に黒島町へ移住。大好きなサーフィンや山遊びができる環境で暮らすなか、自らの手で釣った魚を料理して自宅で友人と食事会をすることが楽しみとなり、だんだんとゲストハウスの構想を膨らませていきました。
その夢を実現すべく、若宮八幡神社と角海家の近くにある空き家を2023年から改修しはじめました。杉野さんいわく「黒島のスクランブル交差点」にあるこの家の前の持ち主は、お祭りの準備や練習に熱心だった方で地元の方々がよく集まる場所だったとか。
平日は石川県の公務員として勤めるかたわら、休みの日にはDIYで客室をしつらえたり土蔵にBARの空間をつくったりして、2024年6月の開業を目指して着々と準備を進めてきました。
ところが、元旦の大きな揺れにより、今まで改修してきた家は全壊という判定。安全を確保できる状態になく、この場所でゲストハウスをはじめることが難しくなりました。
夢をあきらめず、「ゲストハウス黒島」 開業。コンセプトは「海と山に生きる」
「ゲストハウス黒島」の玄関ホール。紅柄色の木地に拭き漆の塗装をした板張りの空間や土間は、この地域の建造物ならでは。
地震後の暮らしも仕事もままならない状況で、杉野さんは黒島復興応援隊として町の復旧復興に向けてボランティア活動を続けました。同じくボランティア活動に取り組む黒島支援隊の松澤さんのご実家が「黒島町ボランティア拠点」として整備され、両団体が連携する流れのなかで、協力体制が築かれていきました。
変わらず夢を持ち続けた杉野さんは、この春に14年間勤めた公務員を辞め、松澤邸を譲り受け、新たなこの場所でゲストハウスをはじめることになりました。
「海と山に生きる」をコンセプトに、能登らしい暮らしをしながら旅することができる場、そして地元の方々と旅人が交流する場ともなっている「ゲストハウス黒島」。
杉野さんは「自然と共生し、自分達の手で豊かな暮らしを創造していきたい」と、抱負を語ります。ここでは、黒島らしい文化を新たな視点でとらえていく取組みが動き出しています!
黒島らしい町並みの一角にある「ゲストハウス黒島」。昔ながらの木造建築で、正面玄関からは日本海を一望できる。夢がかなった杉野さんは、満面の笑顔。
氏神さまに思いを寄せて
例年のお祭りの日には、家々の軒先に幕が張られる。開放された間口からは、ハレの日の調度品やその室礼を垣間見ることができる。(2023年8月撮影)
黒島町では、毎年8月17日と18日に天領祭が行われます。例年であれば町中に天領太鼓の音色が鳴り響き、曳山(山車)やお神輿が通りを練り歩き、あたかも古きよき時代にタイムトリップしたかのような風景が広がります。
今年は若宮八幡神社やお神輿が壊れてしまったことから、神事を行うことができない状況ですが、曳山巡行イベントが開催されます。お祭りをこよなく愛する地元の方々と町の復旧復興に向けて思いを寄せてくださる皆様が力を合わせて、イベントの開催に向けての準備が進んでいます。この機会が、次世代のお祭りの担い手や継承の在りかたを考えていくタイミングになるかもしれません。
2023年の黒島天領祭。「パナマ帽」という白っぽい帽子に、「だこ」と呼ばれる能登上布の法被をまとった男性達が曳山とともに町を練り歩く。
輪島市内の各地域を歩いていると、地震によって多くの神社仏閣が倒壊している光景を目の当たりにします。この地の先人が精神の拠りどころとして守ってきた場所、風土に根づいた人々の暮らしのなかで受け継がれてきた慣習が、今まさに失われる瀬戸際にあります。
元旦の地震で大きな被害のあった門前町の総持寺祖院。17年前の地震のあとに修復工事をした矢先だったが、またもや倒壊した。
暑さのてっぺん
早朝に花開いた蓮の花。魅惑的な香りにつられ、中央の花托には虫が集まってくる。蓮は泥水のなかから生長して、優雅な花を4日間ほど咲かせたあと散る。
先日梅雨が明けたばかりの能登。早朝には、蓮の花が見ごろを迎えています。
夜が明けて間もなく、こぶし大の蕾がゆるみはじめ、7時から9時くらいのひとときに花開きます。すると、あたりはフレッシュで甘く妖艶な香りに包まれます。
花托に集まる虫のようにその香りに惹きつけられて、しばし時が経つのを忘れうっとり。そんな浄化された空気のなかで、涼やかな1日のはじまりを感じます。
庭木として植えられている夾竹桃が塀を越え、ぐんぐんと枝木を伸ばし花を咲かせていく。この強い生命力のように、この町も復興していくのだろうか。
やがて、日が高く上りギラギラとした光が照りつけます。青い夏空には、百日紅(サルスベリ)や夾竹桃(キョウチクトウ)の目が覚めるような花々がよく映えます。体のなかから汗が噴き出てくるような日中には、夏野菜をいっぱい食べて、体の熱を外へ逃がします。
猛暑が続くなか、田んぼでは稲の花が咲いて、実りはじめています。次の季節に向けて、田の神さまや八百万(やおよろず)の神々がそこかしこに宿っている気配を感じるこの頃です。
輪島の海そうめんと刻んだ夏野菜を一椀に。さっぱりとした味つけと喉ごしに、しばし涼を楽しむ。紅柄色の軽やかな手当たりの椀は自作の「文椀」。
夏野菜たっぷりのカレー。スパイシーな辛さに汗だくになりながらも、食べたあとは爽快な気分に。自作の漆匙は口当たりがよく、食が進む。
青田のうえを風が踊って、蜻蛉が舞う。この風景から色んな日本文化が花開くように思う。
黒島天領祭・曳山巡行イベント
日時:8月17日(土)、18日(日) 13時~16時
場所:石川県輪島市門前町黒島町内
曳山が黒島町の中心にある北前船資料館から出発して、17日は北側、18日は南側を巡行します。
photography by Kuninobu Akutsu
秋山祐貴子 Yukiko Akiyama
神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。
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『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…
輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。
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