伊東屋 伊藤明社長伊東屋 伊藤明社長

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Portraits

日本のエグゼクティブ・インタビュー

2022.3.14

「伊東屋らしさ」から革新がはじまる 伊東屋 代表取締役社長 伊藤明


類いまれなブランドストーリーを持つ企業のエグゼクティブにご登場いただくのが、Premium Japan代表・島村美緒によるエグゼクティブ・インタビュー。彼らが生み出す商品やサービス、そして企業理念を通して、そのブランドが表現する「日本の感性」や「日本の美意識」の真髄を紐解いていく。今回は、ノートから高級万年筆に至るまで、世界中から厳選した商品が並ぶ文房具専門店、銀座・伊東屋の伊藤明社長に話を聞いた。



伊東屋らしさとは?目指す道を全社員で共有

 

銀座のメインストリートに掲げられた赤いクリップが目印のビル、それが銀座・伊東屋だ。1904(明治37)年、初代・伊藤勝太郎が「和漢洋文房具」を扱う店として銀座に開業。以来120年にわたり、そこに行けば世界中から取り寄せた美しいカードや、使えば使うほど自分の手にぴったり馴染んでいく高級万年筆、そしてデザインやクラフト用品など、オリジナル商品を含め国内外の逸品が揃うと、国内のみならず海外でもその名は知れ渡っている。

 

「でも長い歴史がありながら、私が入社した当時は会社の方針を表す社是や理念などがまったくなかったんです」

 

伊藤氏が入社したのは1992年のこと。創立100周年となる2004年に向けて、会社の目標を明確にしようと理念を策定したが、どこか満足いくものではなかったと言う。

 

「伊東屋じゃなくても、どこの会社でも当てはまるような理念でなはいかと思いました。それなら理念の意味がない。伊東屋のみんなが同じ方向に進むための“伊東屋らしさ”を伝えるものにはなっていないと感じたんです」


伊東屋 伊藤社長 伊東屋 伊藤社長

大学卒業後アメリカのアートスクールで工業デザインを学ぶ。その経験から、自社商品のデザインやイラストも手掛けている。



その後2005年に社長に就任。同年銀座本店のリニューアルでビルのコンセプトを決める際に、改めて「伊東屋とは?」ということを社内でとことん話し合った。そしてその結果をまとめたのが、“伊東屋らしさ”という小冊子だ。

 

 

「クリエイティブな時をより美しく、心地よく」を伊東屋の使命(ミッション)とし、大切にしたい価値観(バリュー)、目指す世界(ヴィジョン)をわかりやすい言葉で策定。「中の文章は一字一句社内で作り、全社員に配布しました。それを今もリバイスしながら使っています」。言語化したことで伊東屋の方向性が明確になり、伊東屋らしさをすべてのスタッフが共有することができ、この理念を基に店舗のコンセプトも固まったという。



伊東屋 伊東屋らしさ 伊東屋 伊東屋らしさ

全社員が持つ「伊東屋らしさ」。ミッション/バリュー/ヴィジョンをベースに、伊東屋としてあるべき考え方がわかりやすい言葉で綴られ、商品企画から行動規範の指針になっている。



モノ中心からの脱却を決意。時間と体験をお客様へ

 

伊東屋が目指す店舗のヴィジョンは「毎日来ても心地よく、笑顔になれて、新しいインスピレーションを得られる店」。そのためにリニューアルで英断したのが、15万点あったという取り扱い商品を約1/3へ大幅に削減したことだ。

 

「それまでお客様にとって伊東屋とは『たくさんのものがある場所』でした。ですからリニューアル当初は期待に添わないお客様もいらして、正直苦戦しました。でも当時はPCが一般社会に浸透し、文房具が使われなくなってきていることもわかっていました。だから今までと同じことをやっていても店舗を活かしきることはできない。伊東屋にできることは何かを突き詰めたとき、幸せなことに我々には“銀座”というどこにも代えがたい場所がありました」。

 

「ならば、この素晴らしい地をいかに使えるかということに切り替えたんです。モノではなく場所を活かす、この場所で人が心地よく過ごせるかが大事だと考えることにしました」。



リニューアルを機に、買うだけではなく過ごす場所のひとつとして12階にはカフェを、また1階にはレモネードを中心としたドリンクスタンドを設置。日本では店内飲食を禁止する店舗が多い中、伊東屋では1階のドリンクを飲みながら店内を見て回ることができる。

 

「ドリンク片手に買い物ができたら楽しいですよね。もちろん最初は『商品を汚してしまう』『ゴミはどうするのか』など、社内は反対の声が多数でした。でも『ゴミはお預かりします』と声をかけるなど、こちらがお客さまをちゃんと見守れば解決すること。結局これまでほとんど問題もなく、現在もさまざまなオリジナルレシピのドリンクを提供しています」。



ドイツ・グムンド社のカード ドイツ・グムンド社のカード

高級ブランドの箱にも使用される製紙メーカー、ドイツ・グムンド社のカードは48色。アルファベットやメッセージを箔押しできるサービスもある。



またカードや便箋のフロアには、その場でメッセージを書いて切手もその場で購入し、ポストに投函できる空間“Write&Post”も設置。

 

「カードを買っても、切手がないとか近くにポストがないとか、結局そのままになってしまうことはよくあるはず。お気に入りのカードを見つけて、誰かに手紙を書きたいと思った気持ちをそのまま送れるようにしたい。そんな思いから作りました」。

 

ここで販売している伊東屋オリジナル切手の図案は、実は伊藤社長が描いたもの。そのほかにも子供用スケッチブックの表紙など、オリジナル商品のイラストは伊藤社長が手掛けているものが多くある。「デザインをするときは、社長ではなくあくまでもひとりのデザイナー。締め切りもありますし、商品担当の社員の意向も聞かなくてはなりませんから大変です(笑)」。



伊藤氏がデザインした伊東屋オリジナル切手。G. Itoya2階“Write&Post”で購入できる。 伊藤氏がデザインした伊東屋オリジナル切手。G. Itoya2階“Write&Post”で購入できる。

伊藤氏がデザインした伊東屋オリジナル切手。G. Itoya 2階“Write&Post”で購入できる。



会議スペースや野菜工場も。「できない」ではなく「やりたいこと」を

 

そのほか、10階のワンフロアを使い会議やイベントに使用できるスペース「HandShake Lounge(ハンドシェイク・ラウンジ)」もオープン。スイスVitora(ヴィトラ)の家具を使用した上質なビジネス空間には銀座通りを眺めるテラスもあり、近隣のラグジュアリーブランド企業などの利用も多いという。

 

仕事への向き合い方について「『やってはいけない』『できない』から始まっては閉塞感で視野が狭くなる。それよりも『やりたいこと』『できること』を増やしてきたんです」。その考えを表すひとつが、ユニークな取り組みとして注目されたビル内にある野菜工場だろう。

 

「カフェを作ること決めたときに、アメリカのサラダバーのように野菜をたくさん食べられるようにしたかったんです。それで市場価格に影響されないよう、社内で作ろうと思ったのがきっかけです」。水耕栽培による野菜工場ではレタスなど葉物野菜を栽培。お客さまもガラス越しに観察することができ、収穫したレタスなどの野菜はカフェで提供されている。



店舗はテーマパーク。支えるのは理念を体現できるスタッフ達

 

また伊東屋が大切にしているのが、接客だ。

 

「モノを買うだけだったらECサイトで済んでしまう。心地よく過ごしていただくためには、お客様との会話も大切。お客様が求めているものは何か、あるいはこの店でお客様が文房具との新たな出会いができないか。お一人お一人に必要なものを一緒に探していく立場でいたいと思っています」。

 

ヴィジョンを理解しているスタッフがいるからこそ、伊東屋らしさを体験していただける大きな力になっているのだ。



「店舗とはディズニーランドのようなもの。乗り物に乗れなくても、また乗りに来ようと思うように、今日買わなくても次に来た時に新しいものがまたあるかもしれないとわくわくする。伊東屋はそんな場所であるべきと、社員にも伝えています」。

 

実は野菜工場の発想も、高校留学時代に訪れたアメリカ・フロリダのウォルト・ディズニー・ワールド内でみた実験農場が原点に。さらに以前お客様に伊東屋の競合はどこか、どこと比較するかを質問したところ、一番多い答えが「ディズニーランド」という結果に。伊藤氏の思いは確実にお客様に伝わっていると言えるだろう。

 

「伊東屋なら何度でも行くことができますし、買ったもので自分の生活を便利にしたり楽しくしたりもできる。もしかしたら、ディズニーランドより面白くできるのではないかとさえ思っています(笑)」。



伊東屋 マイエンブレム 伊東屋 マイエンブレム

 グムンド社の48色のカードに 箔押しする 「マイエンブレム」。このエンブレムのデザインは伊藤氏が手がけたもの。伊藤氏はアメリカの留学時代にテーマパークのデザインや設計を手掛けるウォルト・ディズニー・イマジニアリングへの就職を目指していたという。



審美眼の基準は、いつの時代にも続くモノ

 

そんな店舗に並ぶ商品に関して、伊東屋としての選択基準は何なのだろうか。

 

「一番の基準は長く使えることです。素材の良さや製造精度の高さはもちろん、デザイン的にも飽きなく、そして壊れたとしても直すことができる。自分の子供にも孫にも引き継げる、長いタイムスパンで使えることを大事にしています。例えば僕はアップルウオッチを愛用していますが、どんなに大切に使っていても、商品の性質上やはり孫には引き継げない。と考えれば、優れた商品でもこれは伊東屋が扱うものではないんです」。

 

それは単に高価かどうかというのではなく、その人が愛着を持てるモノかどうかということだろう。実際に好みの表紙と中紙を組み合わせてオリジナルノートを作る「Note Couture(ノートクチュール)」のサービスを設けたり、店頭で万年筆の修理風景を見ることもできる。ただ売る・買うではなく、文房具との出会い方や買い方を提案するのが伊東屋なのだ。



唯一無二の地・銀座の未来とともに

 

伊藤氏は社長業と並行して銀座通連合会副理事長も務め、銀座の街づくりにも力を注ぐ。

 

「銀座には多くのラグジュアリーブランドの店舗があります。でもフランスで高級ブランドたるメゾンと名乗れるのは、自分たちで商品の企画・開発・製造、そして販売までをするブランドのこと。現在の銀座でそれができているのは、和菓子屋さんなどほんのわずかしかありません。そこが今の銀座の弱みになるのではないかと思っています。この街が唯一無二の場所として生き続けるためにも、銀座ももっとメゾン化できることがあるのではないか。そのためにも、まずは我々伊東屋もオリジナル商品をもっと増やしていきたいと考えています」。


伊藤明氏 伊藤明氏

2007年にはアメリカにも進出。「topdrawer(トップドロワー)」という名で、現在サンフランシスコ、ロスアンゼルス、シカゴ、ボストンなど11店舗を展開している。



伊藤氏の曽祖父である創業者・伊藤勝太郎は、海外渡航がまだまだ一般的ではなかった大正時代、西欧の文房具事情を知るためになんと7か月かけて世界一周を敢行。その好奇心あふれる思考と類まれなる審美眼が伊東屋の魅力であったに違いない。そして今、時代の変化を柔軟に受け止め、伊東屋はここを訪れた人に特別な体験を提供し続けている。

 

どこにもあるものではなく、ここにしかないものを。これから伊東屋が向かう未来に、その好奇心のDNAは脈々と受け継がれていくことだろう。


伊藤 明 Akira Ito

1964年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、米・アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン(米国)で工業デザインを学ぶ。1991年に卒業後、1992年株式会社伊東屋入社。2005年より現職。

 

島村美緒  Mio Shimamura

Premium Japan代表・発行人。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。2019年株式会社アマナとの業務提携により現職。

 


Text by Yukiko Ushimaru
Photography by Toshiyuki Furuya

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