J. フロントリテイリング株式会社  取締役会議長 山本良一J. フロントリテイリング株式会社  取締役会議長 山本良一

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Portraits

日本のエグゼクティブ・インタビュー

2022.5.17

改革への挑戦が、企業も人も成長させるエネルギー J. フロントリテイリング株式会社 取締役会議長 山本良一


類いまれなブランドストーリーを持つ企業のエグゼクティブにご登場いただくのが、Premium Japan代表・島村美緒によるエグゼクティブ・インタビュー。彼らが生み出す商品やサービス、そして企業理念を通して、そのブランドが表現する「日本の感性」や「日本の美意識」の真髄を紐解いていく。今回は老舗百貨店である大丸と松坂屋を祖に、ファッションビルPARCOやラグジュアリーモールGINZA SIXを傘下に持つ、J.フロントリテイリング株式会社の取締役会議長・山本良一氏に話を聞いた。

 

 



改革人生の幕開けとなった初めての経営改革

 

 

1717年創業の「大丸」と1611年創業の「松坂屋」という老舗百貨店が統合し、2007年に設立されたのがJ.フロントリテイリングだ。大型百貨店の経営統合に、業界のみならず世間の注目を集めたが、その統合の中核の事業会社として誕生した大丸松坂屋百貨店の初代社長として采配を振るったのが山本氏である。以降、パルコの子会社化や松坂屋銀座店跡地にラグジュアリーモールGINZA SIXを開業、さらには大丸心斎橋店の建替えなど、次々と改革を行ってきた。

 

 

「サラリーマン生活は約50年になりますが、その半分は改革ばかりしていたと思います」そんな中で「この改革に携わったことで、今の私があり、J.フロントリテイリングがある」と言うのが、大丸時代に当時の奥田務社長のもと行った経営改革だ。

 

 

「当時は単体決算中心で業績の悪い子会社は表に出なかったのですが、数年後に予定されていた連結決算が導入されたら大丸は赤字転落という厳しい状況でした。奥田社長は、根本的な経営改革をやらないとこの先会社が持たないと判断したんです」

 

 



入社後、最初に配属されたのは神戸店の食器売り場。システム化がされていない時代に新入社員ながら独力で在庫の単品管理をおこない商品リストを作成し、売れ筋やサイクルなど分析していたという。 入社後、最初に配属されたのは神戸店の食器売り場。システム化がされていない時代に新入社員ながら独力で在庫の単品管理をおこない商品リストを作成し、売れ筋やサイクルなど分析していたという。

入社後、最初に配属されたのは神戸店の食器売場。システム化がされていない時代に独力で在庫の単品管理をおこない、売れ筋やサイクルなど分析していたという。



営業改革推進部長に着任して最初に与えられたミッションは「最大の顧客満足を最小のコストで実現」、「仕入れと販売に至るすべての業務を見直し、効率化する」という2つ。そして3か月後の店長会議でマスタープランを発表するようにということだった。

 

 

「朝から晩まで会議室に詰めて、まず会社の現状を分析しました。実は当時、大丸は店舗の独自性が強くて、同じ会社でありながら店舗ごとに伝票も仕事の仕方もバラバラだったんです。まず無駄な仕事やコストを削減し、利益を生み出す業務に経営資源を集中する、そのためには、業務の再設計・標準化・効率化が急務でした。そのために、『お取引先が主体か百貨店が主体か』といった品揃えの責任権限の違いや『セルフかコンサルティングか』などの接客特性の違いなどを基準に、百貨店にある150ほどの売り場を18パターンに分類。そのパターンごとに、どんな能力の人間が何人必要かを規定し、ジョブディスクリプションを作成。経験や勘が幅を利かせていた百貨店の経営を合理的・効率的なものに転換しました」



信念貫く行動が人を動かし、大きな結果を生む

 

 

社長の旗のもととはいえ、一介の部長が百戦錬磨の店長に改革プランを説明してもすぐに理解を得ることは難しい。様子見を決めこむ店長も多かったという。そこで作ったのが、モデル売り場だ。

 

 

「改革プランにのっとったモデル売り場をつくり、小さくても具体的な成果を形にしてみせたんです。レジや単純な業務はアルバイトに任せ、社員は最も重要な接客業務に集中できるよう人材も厚くしました。業務の無駄を徹底的に見直したモデル売場は、1/3のコストで運営することができました」

 

 

机上の空論を現場に押し付けるのではなく、結果を出すことで徐々に現場も動き出した。さらに現場のマネジャーやスタッフ全員を対象にした研修を実施し、直接語りかけた。昼は本社で改革業務を推進し、夜は全国から研修に集まった社員に会社の改革について説明。休むまもなく会社の思いを伝え続けた。

 

 

「最初からみんなが共感できるかといったら難しい。でも共感者が2割ぐらいになると『山本が本気でやっているぞ』ということが伝わりスピードがではじめる。私はいつも『最初の1ミリが大切』といっているが、立ち上げに全力をかけたおかげで岩が転がりはじめるごとくみんなが動き出してくれたんです」

 

 

改革当初、売り上げはあまり上がらなかったが、コスト構造が変わったので利益が大幅に伸びて賞与も多く出せるようになった。社員の意欲も上がり、徐々に売り上げもアップ。その結果、大丸は9期連続で増益を続けた。



山本議長 山本議長

奥田社長のもと行った経営改革では、ものすごいエネルギーと知恵を出し切り、大変だったが充実した時間だったと語る。

 



銀座だからこそ“脱・百貨店”。そして GINZA SIXへ

 

 

その後、2003年に新規出店した札幌店に集大成として新しいビジネスモデルを導入したところ、通常数年かかる黒字転換を開店後半年で実現し、10年はかかるといわれる累積損失の解消もわずか3年で一掃した。

 

 

そして山本氏の改革の中で記憶に新しいのが、松坂屋銀座店の再開発を「銀座では百貨店はやらない」と宣言して、ラグジュアリーモールGINZA SIXとしてオープンさせたことだろう。

 

 

「銀座に何度も足を運び、ここで百貨店やるのか?と自問しました。百貨店はひとつの建物の中に一流のブランドや老舗がおさまっていて、何でもあるけれど一つひとつはコンパクト。銀座は一流のブランドや老舗が軒を連ねていて街全体が世界に誇るブランドになっている。銀座に新たな魅力を加えるためにはどうするのか。中途半端な品揃えではなくラグジュアリーブランドのフラッグシップストアが揃う場所にする。それがGINZA SIXとなったんです」

 

 

その考えは、“銀座”という場所だからこそという意味もあると山本氏は言う。「日本の中でも銀座は特別な場所、常に新しい文化を生み出してきた街です。百貨店で言えば、90年前、日本で初めて下駄ばきで入ることができ、ショーケースで商品を見せる西洋式のデパートが誕生。それが銀座・松坂屋だったんです。常に新しい挑戦の舞台であった銀座だからこそ、日本ではじめてのラグジュアリーモールがふさわしいと考えました」



その街とともに。店舗を核にエリアの魅力を増幅させる

 

 

その言葉が示すように、百貨店や商業施設が存在する街づくりへの貢献も重要だと考え、行っているのが“アーバンドミナント戦略”だ。

 

 

「店舗を核にエリアの魅力を最大化し、地域とともに成長するのが“アーバンドミナント戦略”です。例えば、大丸心斎橋店の周辺にある商店は、実は当社で借りているお店が幾つもあります。閉店してしまった店舗をそのままにしておくとショッピングの街という景観と雰囲気が崩れてしまうため、それらを我々が借りてブランドやレストランを誘致しています。大丸神戸店の周辺も、元々は人通りのさびしいビジネス街だったのを旧居留地の古い建物などにブランドを誘致し、地域全体の集客力を上げてきました。百貨店単独ではなくそのエリアの魅力を作っていく。それが極めて重要なポイントなんです」



社内には仕事や打ち合わせなどに自由に使えるオープンスペースが。社員にも気軽に声をかけ、さまざまな意見に耳を傾ける。 社内には仕事や打ち合わせなどに自由に使えるオープンスペースが。社員にも気軽に声をかけ、さまざまな意見に耳を傾ける。

社内には仕事や打ち合わせなどに自由に使えるオープンスペースが。社員にも気軽に声をかけ、さまざまな意見に耳を傾ける。



トップ自らの変革こそ企業を変える鍵になる

 

そして社長時代の最後の改革が、ガバナンス改革だ。

 

「2015年にガバナンスコードが制定されたときに、『これだ』と。本来、企業はこうあるべきだというのをすごく感じたんですね。これまでも真面目に取締役会をやっていたが、ここまでできていないと、もう本当に頭を叩かれた思いでした。経営改革も、札幌モデルも、GINZA_SIXモデルも実現したのは社員が頑張った結果。社員に改革と言いながら監督役である取締役会自体は何も変わってないじゃないかと気づきました」

 

そこでまず、取締役会の改革から手をつけた。「取締役会は、会社を俯瞰的にみてビジョンを創り、そのビジョンを達成するためにどんな戦略を立てるのか、戦略論議を徹底的にする役割と明確に位置づけました」

 

次に、社長のサクセッションプランにもメスを入れる。「結局企業は社長しだい。誰を社長に選ぶのかが企業の将来を左右する」と、社長の人事も報酬も社外の取締役が中心の委員会で決められるようにし、それこそ何かあれば社長をクビにもできるように改革した。

 

山本氏は「人事は社長の専権事項ではない」と言い切る。トップ自らが変革していくことで、この会社を変えることができるという信念は揺らがない。

 

現在は取締役会議長という立場ゆえ、実際に自らが執行することはできないが、それでもどんどんアイデアが沸いてくるという。

 

「問題意識を高く持つと、次から次へと問題が見えてくるんですよね。その課題解決のために努力すると、また新しい課題が目の前に。改革は一つで終わりではなく、地続きの繰り返しだと思っています。『未完の完成』という言葉が好きなんですが、永遠に完成しないという認識を持っていても問い続けることはやめない。課題が100%完成できないとしても、出てくる問題は必ず取り組むべき、常にそういう気持ちで向き合っています」



本質は端的な言葉に宿る。日本の美意識は禅の心に

 

 

そんな激動の改革人生を歩んできた山本氏だが、大丸に入社して初めて扱った商品は陶器だったそう。その経験も含め、どんなところに日本の美意識を感じているのだろうか?

 

 

「きわめて重要な本質的なことを端的な言葉でズバッと言う、そんな禅の心こそ日本の美を表すものではないかと感じています。例えば、啐啄同機(さいたくどうき)という言葉があります。これは卵が孵化するとき、中からひなが殻を破ろうとするのと外から親鳥が殻を破ろうとするそのタイミングが一致するからこそヒナが無事に外の世界に出られるという意味です。タイミングを読む、その時を知ることが大切という言葉。以前、子会社のパルコの株を65%持っていた時、経済原理でいえば親会社だからパルコにこちらの思いを強く求めることはできるけれども、それでは本当の意味で生きてこないし、時には死んでしまうことだってある。それより、彼らの方がJフロントの一員になって活躍の場を広げたい思うときにこそ、本当の意味での絆ができるんです。あせらず機が熟するのを待つということ。その後8年を経てPARCOは100%子会社になり今では新たな成長のカギとなっていますが、本当にその言葉通りだったと思っています」



中学生の時からバスケットボールを始め、明治大学バスケ部時代は主将としても活躍し、率いるチームでインカレ3連覇を達成した。 中学生の時からバスケットボールを始め、明治大学バスケ部時代は主将としても活躍し、率いるチームでインカレ3連覇を達成した。

中学生の時からバスケットボールを始め、明治大学バスケ部時代は主将としても活躍し、率いるチームでインカレ3連覇を達成した。



穏やかに語る言葉の中に、改革はまだまだ終わらないと熱い意欲を感じさせる山本氏。流通業界、そして企業風土に横たわる過去の常識に屈せず、前進してきた経営者が放つ革新のエネルギーは、これからもJ.フロントリテイリングに引き継がれていくに違いない。

 



山本 良一 Ryoichi Yamamoto

1951年神奈川県生まれ。 1973年に明治大学商学部卒業後、大丸入社。 2003年、当時の奥田務社長による異例の抜擢で、取締役の経験がないまま社長に昇格。2007年に大丸と松坂屋ホールディングスの統合を手掛け、同年J.フロントリテイリング取締役に。2013年に代表取締役社長就任。2020年より現職。

 

 

島村美緒  Mio Shimamura

Premium Japan代表・発行人。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。2019年株式会社アマナとの業務提携により現職。

 


Text by Yukiko Ushimaru
Photography by Natsuko Okada(Studio Mug)

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