日本を代表する電機メーカー「パナソニックグループ」。全体で約400名が在籍するデザイン部門を率いるのは、パナソニックホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当・臼井重雄氏である。
今回、Premium Japan代表・島村美緒が臼井氏を訪ね、彼らが生み出す商品やサービス、企業理念についてインタビューした。臼井氏が描くこれからのビジョンや「日本の感性」、「日本の美意識」の真髄についてまで、紐解いていく。
日本文化を肌で感じる街・京都から、最先端のデザインを
1918年に松下電気器具製作所を松下幸之助が創業して以来、日本を代表する電機メーカーとして発展してきたパナソニックグループ。現在は冷蔵庫などの白物家電、美容家電や音響機器などのBtoC商品にとどまらず、空港の認証ゲートや東京スカイツリーの照明のようなBtoB機器など、さまざまな先端機器やサービスを開発・製造している。
そんなパナソニックが創業100周年となった2018年4月、京都に「Panasonic Design Kyoto(パナソニック デザイン 京都)」を開設。当時アプライアンス部門のデザインセンター所長として、このプロジェクトを推進したのが臼井重雄氏だ。
「それまでは洗濯機などの白物家電は滋賀、音響機器の黒物家電は大阪と2拠点にわかれていたんです。本来お客様から見れば、白も黒も関係なく同じパナソニックなのに、文化も場所も異なりデザイナーの意識も異なってしまう。一つの組織にしなければいけないと思いました」
2016年に赴任先の中国から帰国したときの日本の現状に危機感を感じたことも、そのきっかけのひとつだったという。
「赴任中の10年間でダイナミックに変わった中国に対し、戻ってきた日本はあまりにも変化がなかった。世界の中で取り残されているような感じがしたんです」


中国・上海赴任時には、現地にデザイン部門を一から立ち上げた。
パナソニックという確固たるブランドを形成し、競争力を高められるデザインの拠点を作る。その地に京都を選んだのは、いくつか理由があるという。
「京都は海外の人にもそして日本人にとっても、その独特の文化や雰囲気に誰もが惹かれる場所。身近に感じるところにも、日本の美しさみたいなものが凝縮されているのを感じることができる。さらに工芸家やアーティストなども多く、デザイナーがインスパイアされるものであふれている。今後デザインをグローバルに発信していくときの場として、最適なのではとも思いました」
また創業者である松下幸之助のあるエピソードも理由のひとつとなった。京都には松下幸之助の別邸があり、幸之助にとって思索を深めるための特別な場所だったという。
「松下幸之助は『商売は大阪でするけれど何かを熟慮するときは京都で考えていた』と言われているんです。ある京都の大学教授も10年先を考えるなら東京でいいが、100年先を考えるなら京都がいいと言われ、そんな街が育む時間の違いにも意味があると思いました」
松下幸之助が熟考するために愛した京都。京都から発信するのは、パナソニックのDNAからすれば必然だったのかもしれない。
人が集い、新たな出会いと発想が生まれる場所
完成した「Panasonic Design Kyoto」はビルの4~9階を占めるオフィスのうち、9階は広々としたオープンスペースに。京都の街並みや遠くに拡がる山々を眺める気持ちの良い空間では、社外の方を招いたセミナーやワークショップも開催される。
その他の階にも、自由に使えるカウンターキッチンや、ひとりでも多人数でもアイデアを創出できるミーティングスペースを設置。パナソニックデザインに至るインプットからアウトプットまでがこの空間で行われている。
「開設当時、こんな場所はパナソニックでもここだけ。外部の方はもちろん接する機会の少なかった経営幹部なども訪れるようになり、まさに人が自然と集まる場所になっています。さらにここができたことで、新入社員やキャリアも含め圧倒的に求人の応募数が増えたのもうれしい効果です」


「Panasonic Design Kyoto」の9階は広々としたオープンスペースに。イベントのない時は社員のワーキングスペースとして自由に使われる。
デザイン部門では商品化するものだけではなく、京都という場のつながりからさまざまなコラボレーションも実施。京都の伝統工芸を受け継ぐ若手のクリエイティブユニット“GO ON”(ゴオン)とのコラボレーションはまだ記憶に新しい。また、ミラノサローネにも参加し、「ベストストーリーテリング賞」などを2年連続で受賞するなど、この地から生まれたさまざまな成果はデザイナーの感性にインスピレーションを与えている。


9階のオープンスペースには、ミラノサローネで2017ベストストーリーテリング賞を受賞したKyoto KADEN Lab.の作品も展示されている。
パナソニックが目指すデザイン経営とは
そして今、臼井氏のもと、パナソニックグループが注力しているのが“デザイン経営”だ。
「デザイン経営とは、デザインの考え方やデザイナーが当たり前のようにやっている思考プロセスを経営に取り入れること。例えば製品を考える時、僕たちはどんなものがあれば暮らしが豊かになるか、どうしたら社会が良くなるのかという未来を描き、そこに向かって具体的なものを生み出そうとします。経営においても、今の延長上で考えるフォーキャスト型ではなく、実現したい未来の社会を構想し、今後のあるべき事業の姿への長期戦略を描く。描いた未来の社会を実現するためには、今どうすべきかを考え、実行していくのがパナソニックのデザイン経営なんです」
具体的には、各事業部門長が未来を構想しその実現のための具体的な施策を立案するよう、デザイン部門がファシリテーションを行っている。しかし、この“デザイン経営”という考え方は、そもそもパナソニックにはあったのではないかと臼井氏は指摘する。
「松下幸之助は、大型モーターが中心だった昭和初期に小型モーターが家庭で数多く使われる時代が来ることを予見し、いち早く始めたのがモーターの生産販売。結果的に、それが冷蔵庫や炊飯器に利用され、家電の発展の礎となりました。これは完全に未来構想型の新しいビジネスのつくり方だったと思うんです」


新聞折込みとして、5月5日のこどもの日に配布。空想ではあるが、いつか実現する可能性を感じる未来を描いた「
丁寧なものづくりは、パナソニックのフィロソフィー
日本文化を肌で日々感じる京都から発信を続ける臼井氏に、あらためて聞いてみよう。パナソニックにとっての日本の美意識とは、どんなところにあるのだろうか。
「一言で言えば“丁寧”なところだと思います。パナソニックは、本当に“馬鹿”という言葉がつくほど真面目にものづくりに取り組んでいます。丁寧なものづくりを続けてきたことの象徴として、30年前のわが社の電子レンジがまだ現役で使われているという話を聞くことがありました。それは、商売の観点からみれば失敗なのかもしれない。でも、現代のサステナビリティとかエシカルといった観点から見れば、丁寧に永く使えるものをつくるパナソニックの力は、すごく重要だと思うんです」
それは、ここ京都で育まれる丁寧な暮らしや古くから続くものづくりにも感じることだと臼井氏は言う。
「いいものをつくるだけではなく、相手のことを考えて包みにも心を配り、つくったものを丁寧に人に届ける。そこに日本の美しさがあると感じます。我々も、デザインに対して、そして一緒にかかわる人に対しても、常に丁寧な仕事をしていきたいと思っています」
その考えは、実はパナソニックデザイン自体の存在意義にも繋がっている。
「パナソニックのデザインフィロソフィーは“Future Craft”(フューチャー クラフト)。そこには未来を丁寧に創りつづける、という意味があります。それは『人の想いを察し、場に馴染み、時に順応していく』という、日本文化が培ってきた独創性でもあり感性でもあると思うのです。その3つを「人間」「空間」「時間」に置き換えれば、すべてに「間」という字があるように、相手や物事との関係性を考えた上で、ものづくりをして社会に届けていく。それが日本人の感性でもありパナソニックデザインの姿ではないかと考えています」
デザインは人の心に感動を与え、仕事の在り方を変え、それは社会へも影響を与えていく。ここ京都を起点に生まれるモノ、そして仕事や社会に対する意識に対して、これからもパナソニックの変革は常に続いていくだろう。その未来を楽しみにしたい。


京都の食にも関心が高いという臼井氏。Premium Japan発行人・島村と美食談議に花が咲いた。
臼井 重雄 Shigeo Usui
パナソニックホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当/パナソニック株式会社 執行役員 カスタマーエクスペリエンス担当(兼)デザイン本部長。1990年松下電器産業(現パナソニック)入社。テレビ、洗濯機などのプロダクトデザインを手掛ける。2007年中国・上海に赴任しデザインセンター中国拠点長として一から組織を立ち上げ、現地発のデザインを生み出す集団へと成長させる。17年パナソニック アプライアンス社のデザインセンター所長。京都拠点集約をはじめとする家電デザイン部門の変革を主導。19年全社デザイン本部長、21年にパナソニック(株)執行役員に就任。22年より現職。
島村美緒 Mio Shimamura
Premium Japan代表・発行人。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。
Photography by Noriko Kawase
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