板橋区立美術館の館長代理を務める松岡希代子さん。仕事柄、国内外のアーティストとの交流の多い松岡さんが「今、銀座で夜の7時といえばここ」と、迷うことなくナビゲートしてくれたのが「無印良品 銀座」だ。世界旗艦店として2019年4月に銀座並木通りに開館。世界からも注目される銀座の新スポットとなった。シックで洗練された装いで、さっそうと暮れなずむ並木通りを歩く松岡希代子さんの銀座は、懐かしくていつも新しい、馴染みの街だ。
絵本の魅力を伝える仕事で
MUJI BOOKSと繋がる
松岡さんは1986年に板橋区立美術館に勤務して以来、学芸員としてさまざまな展覧会の企画運営、研究調査、作品収集を行っている。仕事柄、国内外への出張も多く、この日も前日に上海から戻ったばかりという夜だった。上海では絵本のコンクールの審査員を勤めた。
板橋区立美術館は、江戸文化や、近年注目を増す池袋モンパルナスを広く紹介する展覧会に加え、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展を日本で開催する館としてもよく知られている。この絵本原画展を30年近く担当してきたのが松岡さんだ。
「無印良品 銀座」4階のMUJI BOOKSで今年6月、ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェアにちなむイベントがあり、松岡さんもゲストスピーカーとして登壇。展覧会を通してよく知るインドのタラブックスの本も多く置かれ、この書店は松岡さんとのゆかりも深い。
写真左 自身が仕事で関わった絵本や本も多く並び、愛おしいまなざしで本を手に取る。写真右 インドの児童書専門出版社タラブックスの本や作品が並ぶコーナー。MUJI BOOKSではこの秋、インドのフェアを行い、工芸などに関するイベントやワークショップが開催された。
「無印良品 銀座」は6階までの全フロアに衣食住と文化が散りばめられ、幅広い世代に向け、創造性や感性を刺激する空間が広がっている。6階のATELIER MUJIと名付けられたフロアにはライブラリーとラウンジがあり、ここも松岡さんのお気に入りの空間だ。ライブラリーには工芸、建築、美術、絵本、写真集など独自の視点で選ばれた書物が並び、自由に読むことができる。松岡さんが仕事で関わったよく知る作家、親しい作者の絵本や本も多い。
6階のATELIER MUJIの本棚には、松岡さんが携わったアーティストの絵本も多数。
6階の「ライブラリー」空間で。ライブラリーに向かい合う「サロン」では26時までお茶やカクテルが楽しめるカウンターとテーブルがある。「無印良品 銀座」は縦にも横にも、ゆるやかに異なる機能の空間が繋がって一体となり、魅力的な場を創造している。
内装や什器もデザインコンシャスで見ごたえがあり、壁や床の質感も感性に心地よく響く。
洗練さたものが凝縮された街、
銀座の思い出
東京生まれの松岡さんは、幼少から銀座は馴染みの街。洋服などの買い物はしばしば日本橋の百貨店で。帰りには銀座で食事をしたり、不二家でケーキを食べたり。結婚披露宴も帝国ホテルを選んだ。「母はおしゃれな人で、10代の頃、母に連れられ森英恵さんのオートクチュールのショーを銀座のブティックで見たこともあります。美術館に勤めてからは京橋から銀座にかけて頻繁に画廊巡りをし、現代作家を見てまわりました。銀座は洗練されたものが凝縮してある街。時代とともに表面は変わっても、本質は変わらないと感じます」。
6階のATELIER MUJIのレンガの壁に飾られた希少な本。
板橋でイタリアに
再び巡りあう
母親は英語が得意で旅好きな人で、松岡さんが高校生の時、イタリアへ連れて行ってくれた。それもあってイタリアに興味を持ち、イタリア美術史を学んだ。大学時代には2か月間、バックパッカースタイルでイタリアを中心にヨーロッパを旅してきた。板橋区立美術館に入って2年目、偶然のようにボローニャ国際絵本原画展の担当になり、「イタリアが戻ってきた」と感じたという。「毎日とても楽しく、仕事に歓びを感じています。自分が楽しくなければ、来館下さる方にも伝わりません」と、充実した仕事を心から楽しんでいる。
「美術館はこれからの世の中に絶対に必要で、ますます重要な装置になると確信しています。これからの社会を生き抜くためには、多様性を受け入れる心が重要です。みな同じでないと生きにくいと感じる日本の社会で、美術館は、誰もが異なっていることを自然に学べる場。人はみな違うことが当たり前。それを素直に感じて喜べる場所が美術館です」。だからできることは何でもやろうと、どこにでも誰にでも会いに行く。その想いと言葉はきっぱりと揺るぎなく、すがすがしく響いた。
何かを成すべき場のあることの
幸福
「仕事自体が好きなことだから、趣味も仕事と同じ。学芸員にはそういう人が多いのでは」という。知性と感性、行動力と交渉力をフルに使って仕事をこなす日々。料理好きで、調理をしていると時が経つのを忘れてしまうほど。イタリア料理が得意で、友人を招いてディナーをすることも多い。きちんとした生活をすることが心地よいから、掃除も好き。その暮らしから感性も磨かれ、多彩な展覧会で多くの人を楽しませているのだろう。「日々やるべきことをやり、その中から次のステップにつなげていく。自分が何かを成すべき場所を与えられていることを、とても幸せだと感じています」。銀座の夜に、情熱をもって多くを実現し、世の中に提示し楽しませてきた人の、満たされ穏やかな笑顔があった。
本棚ごとに名作の椅子が置かれており、ゆっくり本を眺めるのに最適。ここでも自身の関わった絵本作家の本を見つけ手に取る。
松岡希代子 Matsuoka Kiyoko
板橋区立美術館 館長代理
東京生まれ。女子美術大学芸術学部卒業。千葉大学大学院教育学研究科美術教育専攻終了ののち、1986年、板橋区立美術館に学芸員として勤務。1989年より「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」の担当となり、絵本作家の育成に取り組む。美術展としての絵本の可能性に注目しレオ・レオーニ、トミ・ウンゲラー、ブルーノ・ムナーリ、瀬川康男、安野光雅など著名な絵本作家の全貌を取り上げた展覧会を多数開催。
◆板橋区立美術館
昭和54(1979)年5月に東京23区初の区立美術館として開館。開館40年を迎える2019年に大規模改修を行った。収蔵作品は、江戸狩野派をはじめとする近世絵画、大正から昭和初期の前衛美術、板橋区ゆかりの作家の作品などが中心。江戸文化や池袋モンパルナスを広く紹介する展覧会を開催し、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展をはじめとした絵本、デザインに関する展覧会も開催している。
東京都板橋区赤塚5-34-27
03-3979-3251
9:30~17:00(入館は16:30まで)月曜日(ただし月曜日が祝日のときは翌日)、展示替え期間中、年末年始
http://www.itabashiartmuseum.jp/
『Little Tree』 ワンストローク 2008年
◆「小さなデザイン 駒形克己展」開催中
駒形克己(1953年生)は『Little Eyes』『Little Tree』などの絵本で知られる造本作家/デザイナー。日本デザインセンターで永井一正のもと、初期のキャリアを積み渡米。帰国後はレコードジャケット、コムデギャルソンなどのファッションブランドの招待状やタグなどのデザインを手がける。長女が誕生後、絵本を作り始め、新しいタイプの絵本として注目を集める。アメリカ時代の実験的な試作から、音楽、ファッションでの仕事、絵本の制作のプロセスがわかるスケッチまで、初期から現在までの足跡を約 300点の作品でたどる初めての展覧会だ。ワークショップなども開催されるので公式サイトを要チェック。2020年1月13日(月・祝)まで。
◆無印良品 銀座
東京・銀座にある世界旗艦店。地下1階には食堂、1階には食品、2~5階にはウエア、雑貨、リビング用品がそろい、刺繍や香りのオーダー製作、リノベーションの相談など多くのサービスを展開。世界中から訪れる人、銀座界隈で働き、生活を営む人、ここで販売する商品を生み出す生産者など、この店舗に関わる人たちかそれぞれに想いを馳せ、実際に出会いが生まれる場となることを目指す。銀座から世界中に「感じ良いくらし」を発信する。6~10階は日本初登場のMUJI HOTEL。
MUJI BOOKS
4階にあり、オリジナル文庫、「料理とからだ」「散歩と片付け」などのテーマに沿った本が並ぶ。本を取り巻く人を招いてのトークイベント、古本市、製本ワークショップなども開催。10:00~21:00
ATELIER MUJI
6階にあり、2つのギャラリー、サロン(カフェ&バー)、ライブラリー、ラウンジ、ショップ、サロン(カフェ&バー)がある。
サロンの営業時間は10:00~26:00(L.O.25:00)
東京都中央区銀座3-3-5
03-3538-1311
B1Fは7:30 ~22:00、 1~6階は10:00~21:00
フロア、コーナーによって異なるため詳しくはサイトで確認を。
https://shop.muji.com/jp/ginza/
Text by Misuzu Yamagishi
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