能楽師・安田登が水庭で美しく舞う

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北山ひとみが描く新時代プレミアムリゾート

2020.1.16

4. 能楽師・安田登が綴る「和」の民、日本人

アートビオトープ那須で開催された山のシューレ、特別企画「夜の水庭に、謡い、舞い、」では水庭を劇場に見立て、能楽師・安田登が古事記とヘブライ語聖書との詞章の謡と舞いを披露。二期リゾートの節目に、いつも能を披露してきた安田が、日本人と「和」について綴る。

 

文・安田 登

「和」とは「同」ではなく、さまざまな意見の先に「調和」を育む

聖徳太子の「和を以て貴しと為す」は多くの日本人が知っている言葉です。ちなみに原文は漢文で「以和為貴」と書かれます。「和こそが貴い」と、十七条憲法の最初に置かれることにより、「日本は和の国だ」という人がいます。もちろん、それは正しいのですが、しかしこれは聖徳太子のオリジナルではなく、中国古典『論語』からの引用です。孔子の高弟のひとりである有子(有若)が「礼の用は和を貴しと為す(礼之用和為貴)」と言いました。

 

聖徳太子の「和を以て貴しと為す」と『論語』の「礼の用は和を貴しと為す」。ふたつの原文を比べてみると有子の最初の二文字を取ってしまうと…
「以和為貴」(聖徳太子)
「用和為貴」(有子)
「以」と「用」が違うだけほとんど同じですが、両者の意味はちょっと違います。『論語』の文章は、このあとにこう続きます。

 

「むかしの聖王の道は「和」を美とした。しかし、小事も大事も「和」によりながらうまくいかないこともある。和を知って和していても、「礼」によってそこに秩序(節)をつけなければ、やはりうまくいかない」

 

聖徳太子は「和」、そのものが貴いといっています。それに対して有子は、「和」は確かにすばらしいが、それだけでは機能しないこともある。それを機能させるためには秩序、すなわち「礼」が必要だと言っているのです。

2019山のシューレでは、山間に響く声と光のゆらめきの中で幻想的な時間が流れた。 2019山のシューレでは、山間に響く声と光のゆらめきの中で幻想的な時間が流れた。

2019山のシューレでは、山間に響く声と光のゆらめきの中で幻想的な時間が流れた。

この違いは何なのかを考える前に「和」とは何かを確認しておきましょう。聖徳太子の十七条憲法を見ると「和」という文字は古い形の文字、「龢」が使われています。『論語』も本来はこちらの文字で書かれていました。この字の左側の「龠」は、さまざまな音の楽器を同時に演奏することを意味する文字です。すなわち「和(龢)」とは、さまざまな人がさまざまな意見を出しながら、そこに調和を見出すことをいうのです。

 

さまざまな意見が出れば、下手をすると混乱することもあります。ですから『論語』ではそれをコントロールするために、秩序としての「礼」が必要だといいます。しかし、聖徳太子は「和」そのものでいいというのです。これはなぜでしょう。それを考えるために、日本語に特有な会話形式としての「共話」についてみていきましょう。

 

朝、地震があった日に会ったふたり。ひとりが「今日の地震ね…」というと、もうひとりが「すごかったわね」という。ふたりで会話が完成します。このような会話形式を「共話」といいます。これは日常会話の中だけでなく、能の中にもよくあるので、昔から日本人の会話の基本形式であることがわかります。しかし、欧米ではこのように相手の話に途中で入ることよくないこととされています。たとえばシェークスピアの戯曲の中で「共話」を見つけることはできません。

出会いや学びを生む、山のシューレでの北山ひとみと安田登。 出会いや学びを生む、山のシューレでの北山ひとみと安田登。

出会いや学びを生む、山のシューレでの北山ひとみと安田登。

能という芸能の登場人物は、シテという異界の存在(幽霊や神)と、ワキという此界の存在(人間)が中心になります。両者は生きる世界も、生きる時間も違います。対立なんてものではない。ふたりの出会いは、ワキの「問い」から始まることが多いのですが、違う世界に生きるふたり、その会話は最初はまったく噛み合いません。それは対立する表層に立って会話をしているからです。しかし、そんなふたりも「共話」を通じて、どんどん深奥に入っていくと「共有域」に達し、ふたりの対立が解消していきます。すなわち自他の差がなくなっていくのです。

 

さらに共話が進むと、もっと深層の「集合的な(collective)域」にまで達します。その時には時間の差異すらも超えて、その場は「現在」でも「過去」でもない「物語としての過去」、すなわち「むかし」が立ち現れ、「いまはむかし」になるのです。そこで、能の物語ははじめて生成されていきます。この「共話」のきっかけは、ワキによる共感です。ワキは人間ですが、その多くが自分の無力さを身に染みて知る人間です。この世(此界)に生きることを半分捨てた人間です。異界(死者の世界)に半分足を突っ込んだ存在です。だからこそ、異界の存在と出会うことができるのです。

 

ワキは自分が何もできないことを知っています。だからこそ、全身全霊を込めて「何もしないこと」をします。ワキの共感を英語でいうならば「empathy」でしょう。「sympathy」が相手の心との一致だとするならば、より積極的に共感する、能動的な受容能力が「empathy」なのです。全身全霊を込めて自分を無にすることによって、その真空状態に相手の情緒の、自己への流入を招く共感能力、それがワキの力です。

 

主に6月の夏越の祓(水無月祓)や年末に唱えられる『大祓詞(おおはらえことば)』があります。私たちの罪や穢れを祓う祝詞ですが、その中で、罪を犯すのは天の益人、すなわち立派な人であり、彼らが過ち(間違って)犯したのが、さまざまな「罪事(つみごと)」だと書かれています。わたしたち日本人は、どんなに立派な人も不完全な存在で、みんな過ちを犯す罪びとだと思っていました。不完全な存在なのです。ですから、ひとりでは何もできない。「自分は大したことのない奴だ」という基本のもと、みんなでわいわい「和」すれば何かができる、思いもつかなかった考えが出現する。

 

三人寄れば文殊の知恵、それが日本人の「和」でした。だからこそ聖徳太子は「和」を貴しとしました。日本人は「和」の民です。しかし、「和」は「同」とは違います。孔子は「君子は和して同せず」といいました。「和」とは、ひとりひとりが違う意見を持つことが基本です。みんなが同じことをする「同」とは、違います。

Photography by Kimu Sazi 近藤高弘 Takahiro Kondo 陶芸家 Photography by Kimu Sazi 近藤高弘 Takahiro Kondo 陶芸家

Profile

安田 登 Noboru Yasuda
下掛宝生流能楽師。下掛宝生流ワキ方能楽師。
1956年千葉県生まれ。大学時代に中国古代哲学を学び、その後漢和辞典の執筆に携わる。ワキ方の重鎮、鏑木岑男の謡に衝撃を受け、27歳のときに入門。現在は国内外で活躍。また小学生から大学生までの創作能や特別授業などの能ワークショップ、能のメソッドを採り入れた朗読ライブも公演、指導と共に、能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演も行う。また、身体のバランスを整えることを目的とするアメリカで生まれたボディワーク・ロルフィング施術者(ロルファー)の資格を取得。著書に「すごい論語」(ミシマ社)、「能―650年続いた仕掛けとは―」(新潮新書)、「体と心がラクになる「和」のウォーキング」 (祥伝社黄金文庫)など。能楽師として活躍しながら、「論語」「平家物語」「古事記」などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を全国各地で開催する。

アートビオトープ那須 https://www.artbiotop.jp/

Photography by Yasunari Kikuma
Text by Noboru Yasuda

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