細川亜衣が泰勝寺で行うイベントでその姿をよく見かけるパティシエがいる。熊本の季節の果実でお菓子をつくる渡辺薫子がその人だ。「薫子さんのお菓子を食べてしまうと、私はお菓子作りはやらない方がいいかなと思う」と細川亜衣に言わしめる。彼女のお菓子は、優しさの中にも果実の堂々とした姿を感じる。それは作り手の優しさと食べる人への思いやりが詰まっているからだろう。
文・渡辺薫子
泰勝寺の庭の、四季の移ろいを眺めるのが好きで、お茶の会に通っているうちに、いつの間にか自分も泰勝寺にかかわらせていただくようになりました。
毎月の朝市、季節ごとの市、小屋での販売。展示会に合わせた茶会や喫茶で声がかかることもあります。
茶会をしながら、その場の雰囲気に合わせて、隣の展示から器を借りて盛り付ける、ということができるのも泰勝寺ならではの楽しみです。
蓬(よもぎ)の新芽を摘み取って、餡には熊本の小豆を使った、香り豊かな蓮餅。
陶芸家の寒川義雄さんの器にお菓子を盛らせていただきました。これは3月のはじめに作ったお菓子です。
蓬(よもぎ)はまだやっと新芽が出た頃で、小さく柔らかい葉を摘んで、蓬餅にしました。餡には、熊本の小豆を使っています。
近くの方が作っているもので、とても風味が良く、新豆のころは、ほっくりとした美味しさがあります。
熊本には、在来種の肥後小豆(ひごしょうず)という小豆があるそうです。味がよいけど小粒で収穫量が少なく、販売用に作る方はもういないということを教えてくれたのは、在来種に詳しい農園さんです。
近いうちに、この肥後小豆を作っている方を訪ねることにしています。
もうひとつは、夏みかんを寒天で寄せたものです。
このようなお菓子のよいところは、包丁を入れた時に、パッと香りが広がるところです。丸ごと一人でひとつ、蓋を開けてスプーンですくって食べたくなるかもしれませんが、ぜひ、食卓で切り分けて、香りごと楽しんでいただきたいお菓子です。
ときどきのおいしい果実や食材を使ったお菓子は優しい味わいと香りが人々を幸せにする。
熊本の河内というところは柑橘(かんきつ)の産地で、海沿いにみかん山があります。秋から冬にかけては一面オレンジ色のみかんでいっぱいになり、5月の花の時期は、山全体がみかんの花の香りに包まれます。
河内晩柑(かわちばんかん)は、その名の通り、遅い時期に収穫を迎えるので、初夏の頃まで大きな実をつけています。グレープフルーツのような香りで、とても甘い柑橘です。
このみかん山のいちばん上に、にしだ果樹園があります。月の満ち欠けのリズムで栽培する「月読み栽培」で柑橘や桃すももなど、果物を作っています。
自然栽培のものは、果物でも野菜でも、ふだん店で見るものより小さく、風味がしっかりとして、澄んだ味がします。
月読みのものは、特に香りが良いので、季節ごとにいただいています。
泰勝寺に関わる農家さんからは、使ったことがないもの、初めて見るものなども、すすめられることがあります。
ハーブとイタリア野菜を作っている、熊本のオーガニックファーム「チャンドラ エ チャンディーノ」に、今何がある?と声をかけると、聞いたことのないハーブや、咲いたばかりのハーブの花を持ってきてくれます。
糸寒天を使って柔らかめに仕上げ、黒蜜はしっかりと煮詰めて。
黒蜜には熊本産の黒糖を使っている。
亜衣さんには、熊本にある素晴らしい食材を、たくさん教えていただきました。
沖縄のものと思っていた黒糖でさえ、熊本でさとうきびから育てて作っている方たちがいて、独特の風味がバターを使ったお菓子によく合います。
以前は市場で仕入れていたものも、今ではほとんど身近で揃うようになりました。
季節ごとに応えてくれる方々が近くにいることは、ありがたいことです。
Profile
渡辺薫子 Kaoru Watanabe
パティシエ
熊本県在住。フランス菓子店や和菓子店で働いたのち独立。現在は店舗を持たず、熊本の素材を使って菓子やジャムを製造、販売している。
お菓子のお問い合わせは、kaoru1361@gmail.com
現在、個人のお客様にお待ちいただいております。泰勝寺の朝市、茶会などでも購入可能です。
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