土佐堀川と堂島川に挟まれ、古くから大阪の文化の中心地と位置づけられてきた中之島。この地に子どものための新たな文化施設「こども本の森 中之島」が誕生する。中之島公園の水辺に佇む建物に一歩入ると、3フロアすべての壁が天井まで本で埋め尽くされた、本の森が広がる。同施設の提案者であり、建物を設計し、大阪市へ寄贈した建築家・安藤忠雄は「こどもたちが本と出合い、豊かな感受性や想像力を育むための場に」との思いを抱く。「その思いに感銘を受けた」と語る「こども本の森 中之島」のクリエイティブ・ディレクター幅允孝の、この仕事への思いを紹介すると共に、Premium Japanの読者のために幅が選書した「こども本の森 中之島」で是非手にとって欲しい5冊を紹介する。
談・幅允孝
ブックディレクターである私は、公共図書館や企業図書館、病院ライブラリーなど「本にまつわるあらゆること」を仕事にしています。今回、「こども本の森 中之島」ではその範囲を超えたクリエイティブ・ディレクターとして、コンセプトづくり、選書、配架はもちろんのこと、ブランディングのためにアートディレクターやマ-チャンダイザーを立てて、ロゴをつくり、オリジナルグッズを展開するといった、お金を生み出す仕組みづくりまでを行いました。完全に独立自営するのは簡単ではないと思いますが、公共施設においても経営の視点は必要と私は考えています。アイテムはこどもが好きだと思うものや、こどもと一緒に来館する親の視点から考えた生活に役立つもの、またお土産にもよいものなど、いろいろな視点から検討しました。それらの多くは、大阪に拠点のある企業やメーカーに製作を依頼しています。
3階分の吹き抜けから、天井まで届く書架を望む。隙間から川や緑が垣間見え、圧迫感どころか安らぎさえ覚える設計だ。
「こども本の森 中之島」の蔵書数は約18000冊。このうち13086冊が購入したもので、4700冊が寄贈本です。「街の声も反映して欲しい」という安藤忠雄さんの希望もあり、市民をはじめ多くの方々からの1万冊以上の寄贈本に目を通し、傷んだ本を除くなどして1冊ずつ丁寧に選びました。また、国内から寄贈された日本語の本だけでなく、安藤さんの呼びかけでスイス、コロンビア、アメリカなどの建築家や関係者から贈られた外国語の希少な本もあります。
【幅允孝のおすすめの書 1.】
『よあけ』 作・絵:ユリー・シュルヴィッツ 訳:瀬田貞二 出版社: 福音館書店 ある暗い夜の湖に、やがて朝日が昇る。たったそれだけの情景を淡い色の移り変わりで描き、幻想的な世界に引き込む。この本が並ぶのはエントランスからすぐの花、森、川、海、動物などの本を揃えた「1.自然とあそぼう」のカテゴリーのコーナー。1階の「本のかけら」でも映像作品として一節を上映している。
これまでにもこどもの本に携わってきましたが、その経験から言えるのは、こどもたちはこども扱いされるのを嫌うということ。こどもだから絵本と決めつけるのではなく、ここでは大人も興味を持って読める図鑑や漫画、画集なども豊富に揃えています。よく絵本の裏に「4歳まで」なんて書いてありますが、大人の決めつけでこどもの可能性を狭めてはいけないんですよ。
【幅允孝のおすすめの書 2.】
『MIDI PILE(ミディパイル)』作:レベッカ・ドートゥルメール 発行:フランス 緻密で繊細な切り絵で構成された、工芸品のような1冊。安藤忠雄さんの友人であるスイスの建築家より寄贈された。大阪を始点に世界を知るための本を集めた「6.大阪→日本→世界」のカテゴリーより。大阪の名所や歴史、旅の本、日本各地や世界各国の文化の本へと視野を広げてゆく。
現代のネット社会は検索社会であり、リアルな本に触れて本を選ぶ場所がどんどんなくなってしまっています。要は、知っている本しか手に取らない環境なんです。でも、こどもにとって大切なのはたくさん読むことではなく、1冊の本に引っかかる、つまずく経験。知らない本を偶然手に取る「仕掛け」をつくりたい。つまり、本をどう選び、どう差し出すかが重要になるんです。
【幅允孝のおすすめの書 3.】
『わたしのワンピース』 作・絵:にしまきかやこ 出版社:こぐま社 おしゃれが好きな女の子が一度は手に取る本として、1969年の発行以来読み継がれる1冊。真っ白なワンピースがいろんな場所に出かけていろんな柄に変化する。アートから詩、鉱物、幾何までと多様な「7.きれいなもの」カテゴリー、「ファッション」のエリアで紹介されている。
かつては蔵書数が多い図書館が立派、という価値観でしたが、今はそうではありません。1冊の「心に刺さる本」と出合ってもらうために、「投げかけ」=「仕掛け」が必要になっています。「こども本の森 中之島」での最大の「仕掛け」は、すべての壁が本で埋め尽くされた「本に包まれているような空間」そのものです。天井まで届く書架には表紙が見えるように面陳し、その棚の下段に同じ本を並べて手に取りやすくしました。
【幅允孝のおすすめの書 4.】
『スパゲッティがたべたいよう』作:角野栄子 絵:佐々木洋子 出版社:ポプラ社 1979年発行のロングセラーで、カタカナにもひらがなのルビが振ってある幼年童話。幼年童話は絵本から児童文学への橋渡しとなる大切なジャンルであり「受動的な読み聞かせではなく、自発的に読む体験のきっかけになる」と幅さん。「5.食べる」のカテゴリーに並ぶ。
さらに、分類・並べ方も独自の「仕掛け」があります。図書館の分類として一般的なNDC(日本十進分類法、Nippon Decimal Classification)をベースにはしていますが、もっと「編集」に近い考え方で、こどもが興味を持てるような12のテーマに分類しました。たとえば「自然とあそぼう」は植物、海、天体などの自然環境。「大阪→日本→世界」は旅の本や大阪の名所・歴史の本から世界の文化まで。「きれいなもの」には音楽やファッションだけでなく、建築、幾何、猫などが含まれます。
【幅允孝のおすすめの書 5.】
『今日』作:不詳 訳:伊藤比呂美 絵:下田昌克 出版社:福音館書店 ニュージーランドの子育て支援施設に伝わる詩を伊藤比呂美が訳した。「わたしはお皿を洗わなかった」で始まる詩は、日本でもネットを中心に反響を呼んだ。「12.こどもの近くにいる人へ」のコーナーは、出産や育児から家族、教育について。育児に悩み、苦しんでいる人の背中を押す本も揃える。
ビジュアル面からのアピールもいくつか仕掛けをつくりました。書架には本の中から抜き出した言葉を立体で表現した、「言葉の彫刻」を並列しています。また1階の円筒状の何もない空間では、本から切り取った物語の断片を作品にした「本のかけら」を上映します。どの仕掛けも本への興味の入口になるよう、子どもが本と出会うきっかけになるようにと考えました。
薄暗い円筒に天井から差し込む光、ときおり壁に現れる本の一節。1階の奥に広がる何もない空間は、物語の世界への扉だ。
今の時代は人と本の距離がどんどん離れていると感じます。大人もこどもも時間がないので、本という、没入に時間がかかるものには手が伸びないんですよね。でも私は、紙の本でなければ届かないものがあると思っています。こどもに本を読ませるにはどうすればいいか、と聞かれることがよくあります。答えは簡単、大人がまず読むことです。本の魅力を感じて、楽しそうにしていれば、こどもは自然と興味を持つものですよ。
こども本の森 中之島
大阪府大阪市北区中之島1-1-28
Tel:06-6204-0808
開館時間:9時30分~17時
休館日:月曜日(祝日の場合は開館、翌日は休館)
入館料:無料
※新型コロナウイルスの感染拡大防止措置により開館延期中。
オープン日時が決定次第、事前予約の手順と合わせ改めてホームページ・SNS等にて告知。
幅允孝 Yoshitaka Haba
ブックディレクター/選書家
1976年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。書店員を経て、株式会社ジェイ・アイ入社。石川次郎に編集を学ぶ。2005年10月に選書集団・BACH(バッハ)を設立。本にまつわるあらゆることを手がける。ライブラリー制作、本の売り場ディレクション、編集、執筆、イベントや広告のキュレーション等。ラジオ、テレビ出演多数。著書『幅書店の88冊 あとは血となれ肉となれ』(マガジンハウス)、『本なんて読まなくたっていいのだけれど』(晶文社)、『ドラえもん名言集「のび太くん、もう少しだけがんばって」』(小学館)、「本の声を聴け ブックディレクター幅允孝の仕事」(高瀬毅著、文藝春秋)等。
Text by Aki Fujita
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