「菊之丞日記~良きことを聞く~」の今回は特別編として、菊之丞さんが演出統括を担当し、高橋大輔さんが主演を務めたアイスショー「氷艶 hyoen 2024 –十字星のキセキ–」(横浜アリーナで6月8日~11日の4日間開催)の公演レポートをお届けします。また、特別に許可をいただいて拝見した前々日のリハーサルの様子もお伝えします。
プロスケーターと現役スケーターだけでなく、俳優、コメディアン、歌手など、さまざまなタレントが集結。フィナーレはゆずが登場し、場内の盛上りは最高潮に。©氷艶2024
演出ブースから矢継ぎ早に指示を出す菊之丞さん
「トキオさんはもう少し西の方から出て。そのタイミングを見計らってカケルさんはリンクインしてください」
「大輔さんの板付きが確認できたら、パネルスクリーンの移動を始めてください」
観客席中段に設けられた演出ブースに座る菊之丞さんの声が、スケートリンクとなった横浜アリーナに、マイクを通して 響きます。
物語は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をモチーフとした「 十字星のキセキ」。カケルとは高橋大輔さんが演じる若き鉱物学者、そしてその親友である宇宙物理学者のトキオを演じるのは、俳優の大野拓朗さんです。
衣裳はもとより、照明や音響、ステージの背景に流れるデジタル画像も本番仕様。初日を2日後に迎え、リハーサルにも熱が入っています。
観客席中段に設けられた演出ブースから指示を出す菊之丞さん。©Natsuko Okada
「氷艶2024」では、菊之丞さんが演出統括をも担当することに
2017年に始まった高橋大輔さん主演のアイスショー「氷艶」。当初から菊之丞さんは振付として参加し、回を重ねてきました。今年も、当初は振付としてまた参加することになったと聞き、私たち編集部でも楽しみにしていたのです。
それが5月初頭、演出統括をも担当することに急遽決定、発表されたときは本当に驚きました。そのときすでに開演1カ月と少し前。それからは準備のために連日深夜、時には朝まで打合わせを重ねていたとのこと。
4月から5月にかけて、菊之丞さんのスケジュールはいっぱいで、この連載の打ち合わせもままならないほど多忙を極めていました。それもそのはず。4月は先斗町の「鴨川をどり」、5月には新橋の「東をどり」など、演出/振付を担当する花街の公演が立て続けにあったのです。
また、FCCJ(日本外国特派員協会)で行われた「狂言と日本舞踊の夕べ」などのイベント、前回の「菊之丞日記~良きことを聞く~」で紹介した「逸青会」の準備など、まさに西へ東へと奔走していた菊之丞さん。リハーサルに臨む菊之丞さんを拝見して、嵐のような時間をなんとか乗り切り、切り開いていく姿勢に感銘を受けました。
マンツーマンでの本読み。菊 之 丞 さ ん の 話に 耳 を 傾 け る 高 橋 大 輔 さ ん 。まなざしは真剣そのもの。©氷艶2024
菊之丞さんと高橋大輔さんとの、まさに”膝を突き合わせて”の稽古は、連日長時間に及んだ。©氷艶2024
これまでさまざまな公演の演出、振付を担当されてきた菊之丞さんに、劇場ではなく横浜アリーナ、しかもアイスショーの演出統括となると、勝手が違うのかと伺ってみると……。
「空間も大きく、照明システムや映像も複雑ですが、舞踊の舞台との演出の差を私自身はそれほど感じているわけではありません。ステージングやリハーサルの進行、歌に芝居、どうすればお客様に喜んでいただけるか、などの考え方には同じような点がたくさんあります。アイスショーも、この『氷艶』には初回から関わり、『LUXE』の演出も含め今回で4度目ですので、これまでの積み重ねもありますからね」
きもの姿から一転。氷艶ロゴのトレーナーで総指揮を執る
普段のきもの姿から一転、演出ブースに座る菊之丞さんは、「氷艶」のロゴの入ったスタッフトレーナーに黒のパンツ。いつもとは違った装いが新鮮に映ります。
「背景の画像、少し生っぽすぎるので、もう少し荒めにしてください」
「左右からのスポット明るすぎるので、少し落として」
菊之丞さんから矢継ぎ早の、そして的確な指示が飛びます。その指示に沿い、舞台が次第に整っていきます。
スケジュールや会場の都合で、横浜アリーナでのリハーサルは、初日2日前の今日が初めてとのこと。それでも、これまで合宿や、新横浜のスケートリンクで濃密な稽古とリハーサルを重ねてきたため、主役の高橋さんをはじめ、出演者、スタッフの方々の動きはアリーナでのリハ―サルが初日とは思えないほどの滑らかさです。
振付を担当する宮本賢二さんと。「賢二さんのお母さまはなんと、尾上流の名取なんです。それを聞いてより親近感が湧きました」と菊之丞さん。©氷艶2024
幼馴染であるユキを演じる村元哉中さんに、演技のアドバイスをする菊之丞さん。ちょっとした所作もこまやかに指導していました。©氷艶2024
今日のリハーサルはいわば通し稽古。オープニングから始まり、流れに沿って3時間ほどかけて「出」のタイミングやステージでの位置、照明の具合などを細かくチェックし30分休憩、そしてまた3時間かけて次のシーンの流れを追っていくという、とてもハードな一日です。
マイスケート靴で氷の上へ。舞踊で培った体幹はスケートにもいかされて
菊之丞さんの滑らかなスケーティング。日本舞踊の稽古で培った体幹の良さは、ここでも発揮される。©Natsuko Okada
30分の休憩時間が始まりました。休憩時間といっても、ジャンプの感触を確かめたり、立ち位置を確認したりする出演者が、氷の上には何人か残っています。菊之丞さんは演出ブースから出てステージに向かっています。持っていたスケート靴を慣れた手順で履くと、氷の上の出演者の方へ向かって滑り始めました。そのスケーティングの滑らかなこと。踊りで鍛えた体幹の良さがものをいうのでしょう。
「今日のような通し稽古になると、氷の上にはあまり乗りませんが、アリーナに入るまではほとんどの時間スケート靴を履いてリンク上で出演者や振付けの皆さんと一緒に稽古してきました。何度もやっていますから、少しはスケートも慣れてきました。もちろん、マイスケート靴ですよ」
出演者との簡単なやり取りを終えると、菊之丞さんは軽やかな身のこなしで、演出ブースに戻っていきます。次のリハーサルが始まろうとしています。
「てっぺんくらいかな」。リハーサルの終了時間を尋ねたところ、菊之丞さんは笑いながら答えてくれました。「てっぺん」とは、深夜12時のこと。まだ、8時間近くあります。この厳しいリハーサルがあってこそ、ステージはより完成度の高いものとなっていくのでしょう。
友野一希選手、島田高志郎選手など、現役のトップスケーターも出演
「氷艶2024~十字星のキセキ~」は、カケルとトキオ、そしてカケルの幼馴染であるユキの3人を中心として、物語は進んでいきます。ユキを演じるのは村元哉中さん。高橋大輔さんとペアを組んでアイスダンスで華々しい成績と、記憶に残るプログラムを作り上げてきたまるで戦友のような方です。
他には、トリノオリンピックで金メダルに輝いた荒川静香さんや、友野一希さん、島田高志郎さんなど現役で活躍するトップスケーターが出演。また俳優も多く出演しています。さらに、主題歌を書き下ろした「ゆず」もエンディングで歌を披露するという、とても豪華なステージです。
合宿初日。出演者が揃って記念撮影。チームワークの良さが伝わってくる。©氷艶2024
圧巻のスケートシーンと、可愛らしいキッズスケーターたち
舞台を拝見したのは公演3日目。ミュージカル的な要素が強いステージは、テンポよく進んでいきます。圧巻は、やはりスケートシーン。高橋大輔さんをはじめ、スケーターたちが氷上を自在に駆け抜け、スピンを披露し、時には高くジャンプする様子は、ほかの舞台では味わうことのできない迫力です。また、高橋さんと村元さんが踊るシーンは、さすがに世界を歴戦してきたアイスダンスペアだった二人。会場全体が優美な空気に包まれます。
物語が進むと、カケルとトキオは銀河に浮かぶいくつかの星を訪れます。その星で二人を迎えるさまざまな登場人物。なかにはキッズスケーターたちの姿も。可愛らしい衣裳を身に着け、大人のアンサンブルメンバーも加わり、およそ三十名もの出演者が氷上に広がって滑り踊るシーンでは、会場全体がお花畑になったかのようです。
高橋大輔さんは、ソロ歌唱も披露。ゆずの登場で観客は大興奮
高橋大輔さんはほぼ出ずっぱり。華麗なスケーティングを披露した直後に、立ち止まってのセリフも数多くあります。驚いたのは、ソロで歌うシーン。艶のある声がアリーナに響き渡り、観客も陶然と聞き入っています。
プロジェクションマッピングとライティングの光の中、高橋大輔さんらスケーターたちが駆け抜けていきます。©氷艶2024
エンディングには、ゆずの二人が登場。アリーナはライブ会場と化します。主題歌の「十字星」の次はおなじみの「虹」と「ビューティフル」。ステージ前方に移動してきた北川悠仁さんと高橋さんが肩を組んで熱唱すると、観客も大興奮。
本番初日を観た菊之丞さんの目頭も熱く……
2時間半以上に及んだステージは、あっという間に終了。その長さを感じさせません。ステージ奥のマルチスクリーンに映される、最新のデジタル技術を駆使したさまざまな映像もとても美しく印象的でした。
ステージとなった長方形のリンクを何度も回る全出演者に対し、感動の拍手はいつまでも鳴りやみません。今回のショーは、プロスケーター、現役スケーターだけでなく、俳優、コメディアン、ダンサー、歌手など、さまざまなタレントが集結。
そんな多彩な出演者たちによるパフォーマンスを取りまとめていったのが、日本舞踊家の尾上菊之丞さんという点に驚き、日本舞踊、伝統芸能のもつポテンシャルの高さを強く感じました。
高橋大輔さんはじめ出演者全員が、自分の本来のテリトリーから出て、新たなチャレンジをする勇気がなければ、この公演は成立しなかったわけです。大勢の出演者たちが、笑顔でリンクを何度も回っている姿を見ていると、それぞれの達成感とよろこびが観客にも伝わってきます。
内容を熟知している菊之丞さん自身ですら、初日の本番舞台を目の当たりにして、思わず目頭が熱くなったという「氷艶2024」。さらにパワーアップし、進化するに違いない次回が待ち遠しい。横浜アリーナを後にする多くの観客がそう願っていたに違いありません。
休憩時間にも、ジャンプの練習をするスケーターを見つめる菊之丞さん。©Natsuko Okada
尾上菊之丞 Kikunojo Onoe
■尾上流四代家元 三代目尾上菊之丞 (おのえ きくのじょう)
1976年生まれ。2歳から父に師事し5歳で初舞台、2011年尾上流四代家元を継承し、三代目尾上菊之丞を襲名。自身のリサイタル「尾上菊之丞の会」、狂言師茂山逸平氏との「逸青会」を主催。新作の創作にも力を注ぎ、様々な作品を発表。新作歌舞伎や花街舞踊、宝塚歌劇団、OSK日本歌劇団やアイススケート「氷艶」「Luxe」など様々なジャンルの演出・振付を手掛ける。
京都芸術大学非常勤講師/公益社団法人日本舞踊協会理事
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Text by Masao Sakurai(Office Clover)
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