傳傳

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グルメ最前線 トップレストランを探訪する

2025.1.17

アジア・ナンバー1の名店「傳」で、サービスと料理に埋没する

名物の傳タッキー

 




食に興味がある人なら、誰でも知っている店だろう。ミシュラン2つ星、2022年版のアジアベスト50では1位に選出された。ワールドベスト50の常連でもあり(2021年版に世界11位)、過去には「アート・オブ・ホスピタリティ賞」をもらったこともある(2017年版)。

あまりに多く語られてきたこの店について、今さら何が語れるのだろうか? 実に悩ましい。





「傳」がいかに数々の栄誉に浴しようと、料理長・長谷川在佑氏の店での在り様は微塵も変わらない。ゲストをどれだけ気持ちよくさせるか、スタッフも一丸となって、その一点に向かってまっしぐらだ。店の司令塔は女将の長谷川えみ氏(奥様)だが、2023年にミシュランは、えみ氏個人に対してサービスアワードを贈っている。まさに世界に認められたサービスということである。

客のほとんどはリピーターのようで、半数近くは外国人なのだが、知った顔が入ってくるたびに、長谷川さんは出迎えてハグをしたり握手をしたりと忙しい。ある意味、とても稀有な店である。食事が始まる前のこれだけのことで、客は何度でも戻って来たくなるだろう。







長谷川在佑さんと愛犬Puchi Jr. 長谷川在佑さんと愛犬Puchi Jr.

長谷川在佑さんと愛犬Puchi Jr.






長谷川さんはこの店の料理を「家庭料理」だとのたまう。ならば、アジア一の家庭料理ということになろう。では、その家庭料理のいくつかを紹介していきたい。

 

忘れられぬ「白子の摺り流し茶碗蒸し」

 

まず、最初に登場するのは、あまりにも有名な「傳最中」である。袋を開ければ、最中が現れるのだが、その中身は味噌漬けのフォワグラだ。もちろん、これはいきなりデザートが出されたのではなく、そこに諧謔を感じ取って欲しい。



名物の「傳最中」でハートを掴まれる。 名物の「傳最中」でハートを掴まれる。

名物の「傳最中」でハートを掴まれる。




フランス料理のフォワグラという食材が日本料理の文脈で出てくることはあまりない。しかし、ここでフォワグラは、合わせ味噌に漬け込まれて変容している。それに合わせたのは、練ったあんぽ柿と細かく刻んだいぶりがっこである。季節によって、フォワグラと合わせるものは変わるが、濃密なレバーと干し柿の甘みとの組み合わせは見事だ。時折、カリカリする干し大根がまたいいのである。

皮である最中は、フォワグラを手で持って少しずつかぶりつくことを可能にした。その意味では革命的なアイディアだ。傳が10年以上も前に最中を使ったレシピを出してから、最中を模倣した料理が世の中に増えたような気がする。





続く「白子の摺り流しの茶碗蒸し」は、思い出すだにまた食べたくなるシロモノだ。

これは上半分が白子で、凝固した卵液の部分が下半分に隠れた二層構造になっている。白子がそのままの形で入っている茶碗蒸しはよくあるが、白子を摺り流しにしたところがいいではないか。白子を説明すれば精巣だから、説明を受けてイヤがる外国人は多いはずだし、苦手な日本人もいる。しかし、こうやって形状を消し去れば、食べられる人は増える。素材と日本料理への愛と、ゲストへの思いやりを感じさせるではないか。





「白子の摺り流しの茶碗蒸し」は夢に出てくるほど美味しい。 「白子の摺り流しの茶碗蒸し」は夢に出てくるほど美味しい。

「白子の摺り流しの茶碗蒸し」は夢に出てくるほど美味しい。





最初は白子の濃厚な旨味をダイレクトに味わうことになる。滑らかで、口の中で溶けて消えてゆく。下半分に隠れた固まった卵液は鰹出汁が効いている。茶碗蒸しに固形の具材が入っていないことも珍しい。柔らかなプルプルの二層を混ぜて食べるところが素晴らしい。ちなみに鰹節は、一本釣りした鰹から作ったもので九州から取り寄せている。出汁も新潟の酒・麒麟山の仕込み水を使って引くそうだ。なるほど香りも味も深く豊かなのにはワケがあったのだ。



「畑の様子」はサラダ史上に残る傑作だ

 

この日のお造りは甘鯛だった。甘鯛は数日間寝かせた分、イノシン酸が増加して旨味が濃くねっとりしている。いつもお造りに合わせるのが海苔のソースと山葵だ。自家製の海苔の佃煮を使っているところが肝で、刺身との相性が抜群なのである。食べるそばから唾液が湧いてくる。一週間経ったいまでも、口中にお造りを食べた感動が残っている。





「甘鯛のお造り」には感動した。 「甘鯛のお造り」には感動した。

「甘鯛のお造り」には感動した。





筆者はサラダというのは、いちばん難しい料理のジャンルではないかと思っている。生野菜のそれぞれがいくら上物でも、組み合わせてドレッシングをかけただけでは決して驚くべきサラダにはならない。

 






今やシグネチャーディッシュである「畑の様子」は、食べながら心が浮き立ってくるようなサラダである。長谷川さんによれば、生産者が送ってくれる野菜で構成するので、その日その日で入れる野菜は変わる。イチゴなんかを使うこともあるそうだ。

 

 





それぞれの野菜が違う味付けにしてある。ニコニコマークのニンジンは酢漬け、玉ねぎは天ぷら、トマトはバニラビーンズでマリネしてあったり、ゴボウは揚げてある。イメージは「炊き合わせ」なのだ。エンダイブなど数種の葉物にドレッシングはかけられていない。塩昆布と太白胡麻油だけなのだが、その妙(たえ)なること! そして、食感と味が次々と変化していくから実に楽しい。ニンジンのように笑えてくる。これは蓋(けだ)し、サラダ史上に残る傑作と呼ぶべきものだろう。





「畑の様子」は炊き合わせをイメージしたサラダ。 「畑の様子」は炊き合わせをイメージしたサラダ。

「畑の様子」は炊き合わせをイメージしたサラダ。





何を合わせて飲むかは女将と会話して決める

 

実はこのサラダを食べていた頃合いで、印象的な出来事があった。詳しくは避けるが、長谷川さんと常連さん一家の子どもが絡む場面で、そのお子さんがしくじるシーンがあった。すると、長谷川さんはニコニコ顔で間髪入れずに、「失敗も勉強のうちだよ」と、慰め励ますのだった。

まさに家庭内の一場面のようで、長谷川さんがこの店をゲストには「自分の家だと思ってもらいたい」と語るのは、実に、本心からなのだなと思った。




〆の「シラスの炊き込みご飯」も良かった。シラスとしてはマックスに大きな個体なのだが、それを敢えてオイリーに炊き込んでいる。赤出汁と糠漬けが見事な味だった。

 

 



「シラスの炊き込みご飯」はお代わり必至だ。 「シラスの炊き込みご飯」はお代わり必至だ。

「シラスの炊き込みご飯」はお代わり必至だ。





シラス炊き込みご飯、赤出汁、香の物。 シラス炊き込みご飯、赤出汁、香の物。

シラス炊き込みご飯、赤出汁、香の物。




サービスの上で特徴的だったのは、ビバレッジのメニューがないことだ。どんなものが飲みたいのかは、女将との対話の中で決めていくのだ。結果、泡物はイタリアのフランチャコルタ「モノグラム ドサージュ・ゼロ」、日本酒は辛味も甘みも満遍なくある物とのリクエストに対して「一白水成 純米吟醸」と相成った。どちらも秀逸なチョイスであった。








フランチャコルタを2杯と日本酒を1杯と炭酸水1本、そしてアジア1位の9品を食べての金額は、意図的に値段を抑えているとしか思えないものだった。アジアベスト50全体の中でも瞠目すべき安さと言える。そこにあるのはシェフの良心なのである。

 

 

 




正月飾りがされた傳店内 正月飾りがされた傳店内

正月飾りがされた店内。



住所:東京都渋谷区神宮前2-3-18 建築家会館JIA館
TEL:03-6455-5433
営業時間:18:00~23:30
定休日:日曜・祝日

 

 

 





文:石橋俊澄
Toshizumi Ishibashi

慶應義塾大学大学院文学部フランス文学科修士課程修了後、文藝春秋入社。「クレア・トラベラー」、「クレア」、「増刊ムック編集部」で編集長を歴任、最終は編集委員。私財での海外グルメ旅行は数知れず、また、5年間に及ぶ「クレア・トラベラー」時代には、30カ国余で最上の食巡りをする。公私にわたる食体験で衝撃を受けた店を6つ挙げれば、フランス・マントン「ミラズール」、パリ「エピキュール」、スペイン・ジローナ「エル・セジェール・デ・カンロカ」、イタリア・ソレント「トッレ・デル・サラチーノ」、香港「WING」と「アンバー」。現在、食・ホテル・旅館から歴史・医療・ビジネスもののエディター兼ライター。

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