「MUNI KYOTO」は、京都の渡月橋のすぐそばに佇むスモール・ラグジュアリーホテルである。貴人が別宅を持った嵐山の地にふさわしく、大きくは洋風建築でありながら、随所に和の意匠が施されている。
一歩入れば、観光客の賑わいとは隔絶された静寂が施設内を支配しているのも嬉しい。


嵐山に溶け込んだホテル外観。
〝食の帝王″の高弟2人が京都でディナーを開催
さて過日、ホテルのシグネチャー・レストランにて、アラン・デュカスの高弟に当たる2人のシェフが相まみえ、4ハンズディナーの宴が催された。
デュカス氏については、今さら説明は不要だろう。フランス、いや世界を代表する料理界の巨星である。モナコとロンドン、異なる国の自分名義の店でミシュラン3つ星を獲得した世界初のシェフだ。今や世界9カ国に30のレストランを指揮し、ショコラ専門店やコーヒー専門店まで展開する、言わば〝食の帝王″である。
パリから来日したのは、フランスを代表するパラスホテル「ル・ムーリス、ドーチェスター・コレクション」にある2つ星レストラン「ル・ムーリス・アラン・デュカス」のエグゼクティブシェフ、アモリー・ブウール氏だ。迎えたのは「MUNI KYOTO」内のレストラン「MUNIアラン・デュカス」のエグゼクティブシェフ、アレッサンドロ・ガルディアーニ氏である。
2人が受け継ぐデュカスのDNA
2人は「ル・ムーリス」の厨房でともに腕を磨いた元同僚でもある。デュカス門下となってともに十年以上、師のDNAを最も色濃く受け継ぐ2人とも言える。
来日してから2年10カ月になる京都のガルディアーニ氏が話す。
「2人で料理をするのは久しぶりですが、共同の創作はとても楽しい。それは私たちのチームにとっても、ゲストの皆さまにとっても大変刺激的なことだと思います。
私たち2人には共通するデュカスのテクニックがありますが、日本の素材は同じものであったとしても味が違います。従来のレシピと新たな素材を、どのように調和させるかを慎重に考えました」


「ル・ムーリス」で同僚だったアモリー・ブウール氏(右)とアレッサンドロ・ガルディアーニ氏。
デュカス氏のDNAについて聞いてみた。
「デュカス氏の偉大さは多岐にわたるので、語りつくすのは容易ではありません。料理に限定すれば、旅をしながら、世界中の様々な要素を取り込んでしまうことでしょう。クラシックなフランス料理の確固たるベースがあって、そこに世界各国の料理のエッセンスを加えるのです」
来日したブウール氏はどう答えるか。
「私はモナコの『ル・ルイ・キャーンズ』でインターンシップを始めて、それからパリの『プラザ・アテネ』に行きました。デュカス氏とは18年間一緒に働いてきたので、師から得たものはあまりにも多い。例えばプラザ・アテネにあるのは、止まることのない進化です。料理の創造だけではなく、ソムリエにしてもテーブルサービスに関しても、日々新たに変わっていくと言って過言でありません。
もちろん、『ル・ルイ・キャーンズ』と『プラザ・アテネ』で違う点はたくさんありますが、それはここ京都でも同じことです。伝統的な料理というものが常にあって、そこに進化の要素を加えること、それがデュカスのDNAですね」
日本の魚貝類と野菜の質の高さに驚愕
では、コース料理に移ろう。
まず、素晴らしいシャンパーニュ(アントワーヌ・ブヴェ)に合わせた4種の独創的なカナッペ、そしてオイスターとジントニックシャーベットのカクテルが出された後に、前菜がサーブされた。
ブウール氏による「ホタテ貝 ラディッシュ ナスタチウム」は、色とりどりのカブが繊細にカットされ、円環を成すように並べられた極めて美しい一品だ。カブの下に隠れたホタテは、柚子胡椒とジャスミンのパウダーでマリネされている。もえぎ色のオリーブオイルのソースは、なんと、クズでとろみをつけたものだ。


ホタテとカブのコンビネーションが素晴らしい。
ブウール氏は京都に来るや市場に日参している。日本の食材、とりわけ、「魚貝類と野菜の信じ難いほどの質の高さには驚愕した」そうだ。2年前から日本の素材を扱うガルディアーニ氏の経験がヒントを与え、共作を豊かにしているのだろう。新たな素材使いは、新たな創造と同じことだが、見事にはまっている。
この一品は酸味でバチッと輪郭を決められているが、シャキシャキしたカブと柔らかく甘みのあるホタテを、トマトウォーターとオリーブオイルとクズのとろみがつなぎとなって、すべてを融合させている。
「もちろん、フランス料理の哲学をある強度を以て保つことが前提です。その一方で、日本の食文化は素材の味を大事にします。ですから、調理しすぎずに、素材の持つ旨味がより際立つように注力した部分はありますね」(ブウール氏)
レイヤーが積み重なる構築の魔術
ガルディアーニ氏は言う。
「来日した1年目は食材の発見と理解、そして生産者との関係作りに費やしました。創作に打ち込めるようになったのは2年目からです」
2品目の「長崎県産クエ ビーツ トレビス シャンパーニュのエミュルション」は、まさに彼が日本で発見したであろう高級魚のクエを使ったグリルだ。
ビーツとトレビスのピンクのエミュルション(乳化させたクリーム)ソースが見事だった。中に散らしたプチプチしたキャビアが、ソースに味の奥行きを与えている。付け合わせのマリネしたビーツも、半生に焼いたクエとソースに絡めると、驚くべき相乗効果をもたらした。


高級魚クエとビーツのソースが合う!
もうすでに、アラン・デュカスの弟子たちが表現する料理の特徴は明らかだろう。
上手く魚を焼いた、それに美味しいソースを合わせた——。そのような1対1の対応で料理はまるで終わらない。デュカスの料理哲学とは、味のレイヤー(層)を何重にも積み重ねていくことで、口の中で一つに収斂された時には、経験したこともないような衝撃をもたらす設計をすることなのだ。
ソースの魔術だけでは飽き足らない、構築の魔術なのである。
オマール海老のカレー粉の驚き
続くブウール氏による「オマール海老のクルスティアン セロリ 牛の骨髄 ラベージ」(トップ画像)は、ル・ムーリスのシグネチャーディッシュの一つだ。クルスティアン(衣)をまとったオマール海老を、春巻きのように揚げてある。付け合わせはセリとラベージ(ハーブ)で、スパイスとしてごく微量のタマリンド(カレー粉)を忍ばせている。こういう普通のフレンチにはないようなスパイス使いにこそ、デュカスDNAの面目躍如があるのだろう。
海の恵みが続く。ガルディアーニ氏による「松で燻製した鮑 紫アーティチョーク ソースサルミ」は、命名通りで、北海道産のアワビに燻製をかけたものだ。ソースはなんと、2種類が使われている。
クレソンのピューレを混ぜた辛子色のサバイヨンソースに、アワビの肝がベースのソースだ。前者のサバイヨンソースにしても変化を加えてあるものだが、後者のソースには驚いた。肝まで味わい尽くす日本文化が入り込んでいる。さらにはスライスしたアーティチョークの苦味のアクセントが小気味良い。


アワビの火入れは精妙だ。
「日本産のアワビは、フランスのものとは鮮度もテクスチャーも余りにも違う。燻して生に近い状態に仕上げました」
いずれにしても、あらゆる味覚に刺激を与えた上で、美味しいと思わせるのだ。味のレイヤー(層)が幾重にも折り重なっていくところに、デュカスの料理哲学の真髄を見る思いがする。
和牛の完璧な火入れと深い味わい
メインの最後を飾るのはブウール氏による「牛マリネの炭火焼き ロメインレタス オリーブとミント」である。
「オリジナルのレシピでは仔牛ですが、今回は和牛にしました。私の感覚では、和牛肉はフランスの牛肉とは相当に違うものです。バターに近い感じなので、火を入れすぎないように注意を払いました」
火入れは完璧に思えた。肉をマリネして周りに味噌でも塗ってから焼いたのか、とても味が深い。焦げるまでグリルしたロメインレタスが苦味を与えるが、ミントとオリーブオイルのソースが折り重なっていく様は見事としか言いようがない。
最後のデザート「奈良県産苺 バニラの山葵」は、ガルディアーニ氏によるもの。イチゴのマリネを火であぶり、ワサビのアイスクリームを合わせた。斬新な味わいだ。
最後にブウール氏が語る。
「日本は地方によって作物や肉が変わるところがとても興味深いですね。最も驚いたのは日本酒とウィスキーの高度なクオリティです。それらにはインスピレーションを掻き立てられます。日本酒とフランス料理とのペアリングは簡単ではないですが、いつかやってみたい」


火を入れて甘みが増したイチゴ。
桂川と嵐山を眺めるMUNI(無二)の滞在
さて、施設の話に戻ると、デュカス監修のレストランはもう一つあり、「MUNI ラ・テラス」では、朝食・ランチ・ティータイムが楽しめる。眼前に広がる桂川・渡月橋・嵐山の景観を眺めながら過ごす時間はすこぶる気持ちがいい。


朝食やランチ時には、眼前の風景が凄い。
ゲストルームは全21室。天井が高くミニマルで無駄なものはなく、白い漆喰と木調をベースにした柔らかい色調が居心地の良さを押し上げてくれる。桂川側の部屋から見える景観が素晴らしい。バスルームからも外の景色が眺められるところも、細やかな神経が行き届いている。
京都でMUNI(無二)の宿泊体験を望むのならば、「MUNI KYOTO」を選択しておけば極上の時間が待っている。


嵐山ビューの清々しいゲストルーム。
MUNI KYOTO
住所:京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町3番
TEL:075-863-1110
MUNI ALAIN DUCASSE
TEL:075-873-7771(10:00~18:00)
営業時間:17:30~(最終入店19:00)
定休日:水曜日
メニュー:コース料理のみ
LES SIGNATURES(7品)38,000円
LES PRÉMISSE (5品)30,000円
(税込み、サービス料15%別途)
Toshizumi Ishibashi
「クレア」「クレア・トラベラー」元編集長
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