「フォーシーズンズ ホテル」は、世界最高峰のホテルグループの一つとしてつとに知られている。最新の「フォーシーズンズ ホテル 大阪」は、東京の丸の内と大手町、京都に続いて、昨年8月、大阪市の堂島に開業した。同グループの日本での4軒目のホテルとなる。
その37階に鳴り物入りでお目見えしたのが、イノベーティブ鮨レストランの「鮨 ラビス 大阪 ヤニック・アレノ」だ。ちと覚えにくいかな?
「ラビス」はすでにフランスのパリと、モナコ公国のモンテカルロの2カ所にあり、大阪が3軒目となる。パリ店はミシュラン2つ星を有している。これらを監修するのがフランスが誇る偉大なシェフ、ヤニック・アレノ氏である。氏はミシュラン3つ星のフレンチレストラン2店を同時に持つ、世界で唯一のシェフだ。
世界で一番美味しいラビスが大阪に
ラビスは当初、ヤニックのレストランである「アレノ・パリ・オ・パヴィヨン・ルドワイヤン」に行く前段の隠れ家的な意味合いで、パヴィヨン・ルドワイヤンの中に作られたという。それがいつしか、氏が愛してやまない鮨と、彼が考案する前菜とデザートをドッキングさせた斬新なコース料理を供する鮨レストランに進化した。
ちなみに、ラビス(L’Abysse)とは、フランス語で深海や深淵の意だが、それが意味するのはもしかして深海魚なのか?(笑) いや、その真意はヤニックしか知らない。
3軒とも前菜とデザート部分は同メニューで展開しているが、メインとなる鮨は仕入れの状況もまちまちなので、各店の日本人の大将が三者三様で構成している。
日本の鮨だねのレベルは、血抜きにしても神経締めにしてもヨーロッパとは比較するべくもない。日本の魚の優位性は絶対的なものだ。従って、世界で一番美味しいラビスは、大阪にこそあると言えるだろう。
前菜4品で展開されるヤニック劇場
「おまかせディナー」の流れは、大きく分けて3部構成になっており、Part1の「エモーション」と呼ばれる4つの前菜を経て、Part2でメインの握り10巻を堪能し、Part3でデザート4品での締めくくりとなる。あまりにも品数が多いので、かいつまんで紹介したい。
Part1の最初に登場するのがイカのような見た目の「エンダイブとトレビスのサラダ」(トップ写真)だ。これは実に凝っていて、細長く切ったエンダイブやトレビス、セロリや洋ナシや大葉がミルフィーユ状に形成されている。味付けには四国の透明醤油が使われ、周囲の緑のドットはイタリアンパセリのオイルだ。手でつかんでオイルをぬぐい、一挙に口に入れて咀嚼すると、シャキシャキが心地よい。様々な野菜の味とエキスが口中に溢れる感じだ。
食材だけではなく技法においても、和とフレンチが合体しながら、口の中でサラダが完成するという離れ業には驚いた。しかも、大葉が強めに前に出ていて、鮨につながる全体の序章にもなっているわけだ。一発目から、ヤニック劇場の先制パンチをくらったような感覚を味わう。
3番目の「たまごとキャビア」は、半熟たまごとキャビアにタルタル状の大トロを絡めるもので、濃厚の上に濃厚を重ね、一度ここで味覚は極点に到達する。マヨネーズの中にはエシャロットが入っていて、それら全てをバター味のトーストに載せれば、フレンチの味覚世界が広がるという寸法だ。


前菜のラスト「牡蠣 あおのり 米のクリーム」。
Part1の最後の「牡蠣 あおのり 米のクリーム」には心を持っていかれた。細かくカットされた生牡蠣がまとうのは、大葉のジュレやシャリ(米)のペーストで、上にすだちのスライスを載せてある。あえて、すだちの皮も食すから酸味と苦味が最初に来て、シャリの甘みが加わり、表面のアラレは軽くカレー粉の辛味もする。合わせて牡蠣の旨味だ。この五味の絶妙なバランス感がヤニックの面目躍如というところか。
シャリのペーストはいわば伏線で、Part2のコースのメインとなる鮨への橋渡し的な役割も果たしているから、実に緻密な計算の上に成り立っているのである。
鮨は安田至氏の独壇場
握りを引き受ける大将は、鮨の部分についてヤニックが全幅の信頼を寄せる安田至(やすだいたる)氏だ。安田氏は東京目黒・八芳園での修行を皮切りに、寿司割烹の道に進み、直近では「はし田シンガポール」でヘッドシェフを務めた。お顔は「一見いかつい」(本人談)が、英語とジョークに堪能な大将である。


ヤニック・アレノ氏(右)と安田至氏。
Part2の最初に出されたアジが見事だ。握る直前にアジに酢をかけるので、瞬間締めのような効果がある。酢飯に用いているのは玄米酢と米酢のブレンドで、そこに塩とグラニュー糖を加えたものだそうだ。アジとの相性は抜群で、酢飯のパンチ具合がいい。
ペアリングでサーブされたムルソーが、より一層、味を引き立ててくれた。
他にも、皮目を炭で焼いたカマス、肝と合わせたカワハギ、削りたての鰹節と一緒に握ったマグロのヅケ、ウニ・イクラの上に載せた黒ムツなど、極上のラインナップが続いた。


端正な江戸前の握り。
Part2の〆は2巻分の巨大な大トロなのだが、刻んだエシャロットと生姜をマグロで包んだところにヤニックとのコラボ、つまり和と洋の合体を見るのである。個人的には脂が強すぎるので、大トロを軽く炙ったほうがいいかもしれぬと思った。エシャロットという洋であることのかすかな伏線は、デザートという洋のPart3への移行を告げるものでもあるのだろう。
デザートは驚きの連続だ
Part3のデザート1品目の「イチゴの砂糖窯焼き ウイキョウ」は、水分が抜けて凝縮された甘みが斬新だったが、より驚かされたのは2品目、3品目である。
2品目の「白味噌と麦のアイスクリーム すだちのジュレ」だが、中心部の麦とマッシュルームのソースはヤニックの特許技法であるエクストラクションによって、素材のエッセンスとミネラルを抽出してある。器の上部には焦がした白味噌が付着していて、すだちのジュレなどをすべて混ぜると、発酵したチーズのような酸味と苦味と塩味が現れて意表を突かれる。


デザートの「紫蘇の天麩羅」。
そして3品目の「紫蘇の天麩羅」にも心底驚いた。天麩羅と呼びつつ天麩羅ではない。メレンゲとレモン汁に覆われた紫蘇の葉を液体窒素で凍らせたものだ。口の中で紫蘇がパリパリ割れる食感といい、鼻から漏れる白い冷気といい、遊び心満載のデザートだった。しかも、忘れられないほど美味しい。
Part1~3に通奏低音のようにして常に流れるのは、和と洋の巧みな合体である。
かくして、ヨーロッパに行かずに、世界トップの料理と江戸前鮨まで食べられてしまうのだから、「鮨 ラビス 大阪 ヤニック・アレノ」は、なかなか稀有な魅力を湛えたレストランと言えるだろう。
朝も昼も夜も美味にありつける
他にも、1階のオールデイダイニング「ジャルダン」での朝食が素晴らしい。席につくと、まずメインディッシュを一つ選ぶことになる。「ポーチドエッグ、アボカド」、「和牛テンダーロインすき焼き」、「オムレツ」、「バターミルクパンケーキ」など30余りのメニューが選択を困難にさせる。その上で、ビュッフェには和洋中の品々がところ狭しと並ぶから楽しくて仕方がない。朝から味噌ラーメンというのも可能だ。


朝食の「ポーチドエッグ、アボカド」。
ホテルのシグネチャーレストランは37階の「江南春」で、ランチでもディナーでも広東料理が味わえる。総料理長のレイモンド・ウォン氏は、香港のカオルーン・シャングリラ・ホテル内の「香宮」にてミシュランスターを堅持した人であるから、料理は本格的だ。筆者が味わった中では、点心師の品々も申し分なかったが、金華ハムでじっくり出汁を取った「マッシュルームと栗のスープ」のいつまでも飲んでいたくなるような味わい深さ、「白菜とモリーユ茸のクリームソース煮」のミルククリームのシャープさが、とりわけ印象深かった。


広東料理の「白菜とモリーユ茸のクリームソース煮」。
フォーシーズンズ ホテル大阪は、デザイン性に優れたホテルである。現代アートが随所で存在感を放ち、和のテイストにも溢れている。畳が薫る和室には、特に日本人は激しく泊まってみたくなるだろう。スパ施設の充実、広大な大浴場に、インフィニティ・エッジ・プールなど、外出不要なホテル滞在を可能にしてくれることは間違いない。


鮨 ラビス 大阪 ヤニック・アレノ
住所:大阪府大阪市北区2-4-32 フォーシーズンズ ホテル大阪37階
TEL: 06-6676-8682
営業時間:12:00~15:00、18:00~21:00
ランチ:「ちらし」12000円、「おまかせ」20000円
ディナー:「緑」27000円、「おまかせ」35000円
Toshizumi Ishibashi
慶應義塾大学大学院文学部フランス文学科修士課程修了後、文藝春秋入社。「クレア・トラベラー」、「クレア」、「増刊ムック編集部」で編集長を歴任、最終は編集委員。私財での海外グルメ旅行は数知れず、また、5年間に及ぶ「クレア・トラベラー」時代には、30カ国余で最上の食巡りをする。公私にわたる食体験で衝撃を受けた店を6つ挙げれば、フランス・マントン「ミラズール」、パリ「エピキュール」、スペイン・ジローナ「エル・セジェール・デ・カンロカ」、イタリア・ソレント「トッレ・デル・サラチーノ」、香港「WING」と「アンバー」。現在、食・ホテル・旅館から歴史・医療・ビジネスもののエディター兼ライター。
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