先日、麻布台ヒルズで、「Le Du(ル・ドゥ)」のトンシェフと、「Florilège(フロリレージュ)」の川手寛康シェフのコラボレーション・ディナーが開かれた。
「ル・ドゥ」は2023年度のアジア50ベストの1位を獲得しミシュラン1つ星を誇るタイ王国で最も勢いのあるレストランだ。一方の「フロリレージュ」は2024年のアジアベスト50の2位を獲得しミシュラン2つ星を擁する脂が乗りに乗るレストランである。年をまたいでのトップ2シェフたちによる豪華すぎる競作ディナーを体験する機会に恵まれたので、そのリポートをお届けする。
麻布台ヒルズに二度目の移転をした「フロリレージュ」の第一の特徴は、大きなテーブルを見知らぬ客同士が囲む「ターブル・ドット」スタイルで、今回のコラボディナーはここが会場となった。主な料理を紹介していこう。
2種のアミューズブッシュの後でサーブされたのは、トンシェフによる「レッド・ブリーム」で、色鮮やかな金目鯛の冷菜だ。
トンシェフ作、金目鯛とココナッツの冷菜。
ボイルした金目鯛を、ココナッツの芯と重ね合わせ、ハマグリのゼリーにココナッツビネガーをはじめとした様々なハーブが味の上に味を重ねる。テイストとしてはアジアンそのものだが、味の重層性を感じさせる鮮烈な一品だ。解析できないほどハーブが入り組んで複雑でありながら、メインの金目鯛の肉質をそこなうことなく、そのうま味が際立っているところが凄い。
ミシンとこうもり傘の出会いのように美味しい?
続けて川手シェフによる「ピーナッツ・シーウィード」は、生の落花生をババロアにしたものの上にレモンのクリームとオイルを載せたものだ。黄色がヒマワリの花びらである。このところ、野菜に傾倒するシェフの探求の深さをうかがわせる。それだけでも十二分に革新的な新しい味の体験だ。
川手シェフ作、ピーナッツ・ババロワと海藻。
しかし、脇に添えられた海藻サラダと一緒に食すと、野菜の濃密なエキスの中に、不意に海の香りと食感が足されて味わいがグンと深く広がる。間違いなく、海藻を加えたほうが独創性は増すし、何よりも美味しさは倍加する。こういう味覚の不意打ちを浴びせる発想と手技が、川手シェフの真骨頂なのだろう。
フランスの詩人ロートレアモンの長詩の一節「解剖台の上でミシンとこうもり傘が偶然出会ったように美しい」ではないが、想像もつかない食材と食材の出会いに私たちは感動を覚えるである。もちろん、川手シェフが生み出す出会いは、偶然ではなく必然なのだろうけれども。
トンシェフ(左)と川手シェフの息はぴったり。
トンシェフの「ビートルート」(トップ画像)はボイルした車エビの上にビーツを花びらのごとくあしらったものだ。プレンゼンがアートだなあ。料理の中心は車海老の濃厚な味とビーツの酸味なのだが、エイの出汁にチリやタマリンドや玉ねぎが加わり、口中の四方八方の味覚を刺激される感じなのだ。ハーブの国という出自は、随所に顔をのぞかせる。とは言え、それは〝ハーブ使いの魔術師〟とでも呼びたくなるレベルなのだが。つくづく面白い。
フランス料理の最後の鬼門、マグロに果敢に挑んだ
驚きが連なる中で、この日いちばん驚嘆したのは、川手シェフによる「リーク・ツナ」だった。これはフランス料理にとっての最後の鬼門と言われるマグロという素材に果敢に挑んだものだ。
シェフは解説する。「トムヤンクンならぬトンヤンクンです(笑)」。トンはフランス語のマグロである。よくぞそのような駄洒落と食材の組み合わせを思いついたものだ。芝海老や車海老でコンソメを取ってスパイスを入れ、マグロの筋トロの部分と白ネギでネギマ鍋仕立てにしたものだ。ショウガやレモングラスなどが入っている。
川手シェフ作、マグロのトン(ム)ヤンクン。
何ということでしょう。味はビックリ、トムヤンクン風で、ボイルしたマグロは中が半生で、スパイスがしみ込んで素晴らしく美味しい。「すべてフレンチの技法で作りました」と言うが、フレンチ+タイ+日本の国籍不明の一品だ。海老はもちろん、マグロと白ネギ、そして数々のハーブの味がスープの中に溶け込んでいる。日本とタイのフレイバーとテイストに衝撃を受けた。そして最後の一滴まで嬉々として飲み干した。これも一種の「ミシンとこうもり傘の出会い」であって、シェフ渾身の力作だと思った。レギュラーで出して欲しい。
5回目の競作はコラボの理想形
メインは魚の赤ハタに続いて、2人共作の「ビーフ」である。完全放牧で育てた里山牛の経産肉だ。自家製の塩麴でマリネした肉の真ん中に黒トリュフを挟み、ハスの葉で包んだ。皿の上は、肉を挟んで左の赤ワインのソースが川手シェフのもので、右はパンプキンのピュレにゴマとドライフィッシュと山椒の粉をかけたソースがトンシェフのものだ。
2人の共作、里山牛と黒トリュフ。
ほのかにハスの薫香がする見事な火入れの肉は脂がじつに軽やかだ。それを、正統的フレンチのソースと、なんともアジアンなソースの2種類で味わえるところが実に楽しい。というか、これだけまるで方向の違うソースが2種類あると、2種類の料理を食べているのに近い。
デザートはタイの伝統的な黒米とマンゴー(カオニャオ・マムワン)のアレンジ版である「ブラック・ライス・マンゴー」と、「パリ・ブレスト」である。ともに堪能した。
説明ははぶいたが、各料理にペアリングされたワインにもすこぶる驚かされた。
2人がコラボするのはなんと、これが5回目だそうだ。お互いをよく知ってはいるが、お互いが繰り出すジャブの応酬は真剣勝負のようであった。時に味を補完し合い、時に刺激を与え合う、コラボの理想形のようなまたとない極上の時間だった。
Toshizumi Ishibashi
慶應義塾大学大学院文学部フランス文学科修士課程修了後、文藝春秋入社。「クレア・トラベラー」、「クレア」、「増刊ムック編集部」で編集長を歴任、最終は編集委員。私財での海外グルメ旅行は数知れず、また、5年間に及ぶ「クレア・トラベラー」時代には、30カ国余で最上の食巡りをする。公私にわたる食体験で衝撃を受けた店を7つ挙げれば、フランス・マントン「ミラズール」、パリ「エピキュール」、スペイン・ジローナ「エル・セジェール・デ・カンロカ」、イタリア・ソレント「トッレ・デル・サラチーノ」、香港「大斑樓」と「アンバー」、東京「セザン」。現在、食・ホテル・旅館から歴史・医療・ビジネスもののエディター兼ライター。
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