ミシュラン2つ星を有する浅草のフランス料理店である。2024年のアジアベスト50でも80位に入っている。
シェフの荒井昇氏は、24歳で渡仏。パリの当時2つ星の「ル・クロ・デ・シーム」(現在3つ星の「レジス・エ・ジャック・マルコン」)や、南仏の1つ星「オーベルジュ・ラ・フニエール」で修業した。
師匠にあたるレジス・マルコン氏は、イタリアンメニューも取り込む料理をする。そうした自由なエスプリ(精神)が、荒井氏の中には流れ込んでいるように思う。というか、追々明かすけれども、氏の料理の幅は師を超えてあまりあるようだ。
なにしろ、荒井シェフは料理が好きでたまらないのだろう。そして、素材に向き合うことで見いだした新しい料理をゲストに食べさせたくて、たまらん人なのだ。それは配られたコースメニュー表の1品目の前に、アミューズ・ブッシュが6品も出てくることだけでも分かる(38500円のコースの場合。今回、ポーションを少なくしてもらっている)。
一品一品が美しく丹精で、繊細極まりない作りを施してあるのだが、次は何が出てくるのかという期待で、ワクワク感が止まらない。そんな店はなかなかない。
アミューズ・ブッシュから始まるめくるめく未体験ゾーン
「アミューズ・ブッシュ」4品
まず、最初に4品のアミューズ・ブッシュだ。「てぼう豆と練り胡麻を合わせたフムス」(写真・手前)には、喜界島の胡麻油とエキストラバージンオリーブオイルを加えてある。かつてないほど見事なフムスだ。バーニャカウダで味付けされた「衣かつぎ」(右中)に意表を突かれる。クルトン状にした「フォカッチャ」(真ん中奥)は、タプナードソースで味付けしたセミドライトマトを上に載せ、ブロンズフェンネルを添えた。
コースが始まる入り口で、多種多様のスパイスが、食べ手の五味を覚醒させる意図のように思えた。ちなみに筆者が一番気に入ったのは、フォカッチャである。
もう、口も胃袋も準備万端だ。
えっ!? フレンチなのに棒寿司ですか!
これだけでも、目がくらむような手間をかけた品々である。食材が多彩なら、レシピも味付けも洋の東西を問わない。一品一品が「美味しくあること」のただ一点をめざして、収斂していく様が凄い。
しかし、次の二品がサーブされた時には軽い衝撃を覚えた。共にイワシのバリエーションなのだが、奥にあるのは棒寿司なのである。
「真イワシのコンソメ」と「イワシの棒寿司」
手前の「真イワシのコンソメ」は、アイコトマトを一度ブリュレして上に黒ニンニクの味噌を塗ったものに、炭であぶった真イワシから取ったコンソメをかけたもの。このトマトが衝撃的なほどに素晴らしい。ちょっとビックリするぐらい。一度焦がしているから甘味が増すのだが、そこに塗った味噌が別次元の旨味へと昇華させる。新しいトマトを食べた感じだ。はあー、こんな味付けをよく思いつくものだ。コンソメはまさに出汁であり、トマトとの相性も見事なのだ。
「イワシの棒寿司」がフレンチのコース中にあるのにはかなり驚かされたが、何の違和感もなく胃袋にストンとおさまった。
天才的としか言いようがない白いガスパチョ
「オマールブルー」
「オマールブルー」写真の右奥にある「オマールの腕や爪を使ったサラダ」
ようやくメニューに載った一皿目の「オマールブルー」である。
オマール一尾の部位をまるまる使うイメージで作られている。オマールの身の部分をシンプルに茹で上げ、少し炭の香りをつけてから極上のキャビアをたっぷりと載せた。黄色いサバイヨンソースと、オマールのコンソメのジュレで食す。
私にとって鮮烈な体験となったのは、脇に添えた「オマールの腕や爪を使ったサラダ」のほうだ。これは早い話が、食べたこともないようなガスパチョである。
要素が凄い。茹でたオマールを囲むのが、マスカット、メロン、ナシ、フランボワーズとブルーベリーである。そこに、一度コンソメにしたガスパチョを、アーモンドのぺーストとミルクを加えることで白いガスパチョに仕上げた。ベリー類が酸味を走らせ、球形に切ったナシはシャクシャクと口中で甘く心地よく転がる……。それらをつなぐアーモンドの乳液が、凡庸な表現で申し訳ないが、天才的としか言いようがない。いますぐ、もう一度食べたい!
私史上最高のインゲン。驚きのピータン!
「スナックス」5種類
次にサーブされた「スナックス」5種類にも心底驚いた。最も驚いたのは、次の2つだ。まず、「春巻きを使ったタルト」(左中)は、メイプルシロップとスマッシュバターで焼き上げた春巻きのタルトの中に、ルバーブのジャム、豆腐のクリームを入れ、5ミリほどに切ったインゲンのサラダで覆ったものだ。
「ピータンとクラゲを使ったタルト」(奥中央)は、ピータンの黄身の部分を白ごまと胡麻のソースであえて、レンズ豆をひいた。周りはピータンの白身とクラゲを黒酢でマリネしたものを刻んでそえた。
5種のスナックそれぞれが、味の輪郭がきわめてきっぱりした存在感のあるものだが、とりわけインゲンの美味しさには目を見張った。インゲンは水分が青臭くてなかなか難しい野菜だと思うが、天ぷらと中国料理以外で、インゲンってこんなに美味しいのかと思った初めての経験かもしれない。
それと驚くべきはピータンとクラゲだろう。まさかまさかの中国食材のど真ん中である。ピータンの発酵臭はほぼ気にならない。ねっとりした黄身の濃厚さをクラゲの酸味が中和し、ただひたすら旨味と化したスナックになっている。この2品は傑作の類だと思った
素材への「オマージュ」があればこそ
指摘しておかねばならないのは、素材と素材の経験したこともないような組み合わせを荒井シェフは提示してくるのだが、それらは力業で無理やりドッキングさせたものではないということである。
常に感じさせられるのは、素材が有している「旨味の本質」に向き合うシェフの謙虚さなのだ。店名の「オマージュ(尊敬・敬意)」からも、そのことは感じ取れるはずだ。上からの目線で申し訳ないが、日本のフレンチのクリエーション(創造)が、このレベルにまで到達したことに感動すら覚える。
2000年の開業から、進化を続けて24年、シェフはいま、間違いなく絶頂の縁(ふち)にあるのだろう。
甘鯛のカンペキな火入れがたまらない
ようやくメインの一品目、「白川甘鯛」が供された(トップ画像)。愛媛県産の甘鯛を炭火で松笠焼きにしてある。付け合わせがジャガイモとスイートコーンと枝豆で、ソースはベルモットをベースに使ったブルーブランソースにキャビアを添えた、最終的にはキャビアソースである。
シェフの火入れは完璧なのだ。皮はパリパリで、身は絶妙な火の通り具合でホックホク、甘鯛が豊かに芳香を放つ。それに合わせたキャビアソースだが、塩気が少ない旨味のかたまりである極上のキャビアが、ジャガイモと枝豆の甘味で包まれるのだ。ただでさえ見事な甘鯛の身が、ソースに出会うことで格段の美味しさに変貌を遂げる。いやはや、感服した。
「東京軍鶏」
メインの2品目は「東京軍鶏」。コンテンツはポワレしたアカザエビ(ラングスティーヌ)と、軍鶏と生ハムの入ったラビオリである。東京軍鶏のブイヨン(上湯)を注いで、木の芽を添えた。上湯が安らぎを与え、実にホッとさせてくれる。汁ものが適宜、挟まれるところに、センスを感じるなあ。
「和牛ハラミ」のロースト
メインの最後が北海道産の「和牛ハラミ」のロースト。これはシェフのスペシャリティでもある。肉の焼き具合が見事すぎる。牛の横隔膜は脂身が少なくジューシーだ。ジャストな焼き方によって、噛むほどに肉の甘味と旨味が広がる。ジュ・ド・ローリエなるソースが秀逸で肉の美味しさを十二分に引き立てていた。
美的で繊細極まりない3種のデザート
デザート一皿目
デザート二皿目
デザート三皿目
パティシエの2人も達人級である。
デザートの一つ目は、「雷おこし」の新解釈。デラウエアを一番下に、その上にピーナッツと米のアイスクリームとムース、トップには浅草に馴染みの深い金箔をあしらった。サクサクの食感とムースの柔らかさのバランスが絶妙だが、あくまでも上品さを貫いており非常に抑制された美的なデザートだ。
三つ目は「和梨」で、福島県の南水のコンポートの中にホワイトチョコレートのムースやスダチのシャーベット、その上に台湾で使われてきたスパイス・マーガオをきかせた泡を載せ、さらにローストしたホワイトチョコレートを削ってかけた。これは傑作だった!
最後に言い添えると、これだけの皿数を誇るコースであるにもかかわらず、料理が出てくるタイミングが素晴らしい。
そもそも浅草という場所柄がいいのだろう。気取ったところは微塵もない。それでいて和服でキメた奥さまを中心にして、ソムリエもスタッフたちも親切この上なく、サービスに抜かりはない。実に気持ちがいい、通いつめてシェフの縦横無尽の引き出しを味わいたくなる、そういう店だ。
オマージュ
東京都台東区浅草4-10-5
℡03-3874-1552
11:30~15:00、18:00~22:30
定休日:月・火
昼・夜ともにお任せコースのみ
昼:14000円、28000円、38500円(税込・サービス料別)
夜:28000円、38500円(税込・サービス料別)
Toshizumi Ishibashi
慶應義塾大学大学院文学部フランス文学科修士課程修了後、文藝春秋入社。「クレア・トラベラー」、「クレア」、「増刊ムック編集部」で編集長を歴任、最終は編集委員。私財での海外グルメ旅行は数知れず、また、5年間に及ぶ「クレア・トラベラー」時代には、30カ国余で最上の食巡りをする。公私にわたる食体験で衝撃を受けた店を6つ挙げれば、フランス・マントン「ミラズール」、パリ「エピキュール」、スペイン・ジローナ「エル・セジェール・デ・カンロカ」、イタリア・ソレント「トッレ・デル・サラチーノ」、香港「大斑樓」と「アンバー」。現在、食・ホテル・旅館から歴史・医療・ビジネスもののエディター兼ライター。
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