春のあわいを慈しむ
春分のころになると穏やかな日差しに和んだり、冬の名残りを感じたりしながら、一雨ごとに季節が移ろいます。侘びた色合いの野山の所々が、まだらに柔らかな白色や薄紅色を帯び、そのあわいが若草色に染まっていく様を眺めていると、こちらの顔にも自然と笑みがほころんできます。植物が躍動する姿を見つけると、冬の間に心のなかに積もっていた雪が解け、うきうきとした気持ちになります。厳しい冬を越した蕾の開花を待ち侘びながら、新しい季節のはじまる高揚感に包まれていきます。
空に向かって白木蓮(ハクモクレン)がふくよかに花開き、あたりに甘い香りが漂うと、百花繚乱の季節のはじまりです。
ほのぼのとした非日常
黒島町では穏やかな波音を背景に、ウグイスやツバメをはじめ色々な野鳥のさえずりが響いています。それと同時に、公費解体工事や修繕工事、行き来するトラックの喧騒が聞こえてきます。非日常がすっかり日常となり、ふつうの暮らしがどんなものなのか分からなくなっています。これからいったいどうなるのかと、未だに霧がかった道を歩いているような毎日です。
春先の野山に日が差すと、生まれたての緑がきらきらと輝きます。
地域の今を見つめ、未来に思いを馳せて
地震直後の令和6(2024)年2月に今後の町のことを危惧する方々が対話をはじめ、同年4月1日に有志による自主的な集まりとして発足した「黒島みらい会議」の活動が3年目を迎えました。月に1回のペースで町の中心に佇む「かぞく會館(旧森岡家)」で定例会が開かれ、黒島地区のまちなみ保存会、区長会、若宮八幡宮氏子会、漁業協同組合、海友婦人会など地元にゆかりのある方々、移住者、関係者が毎回20名ほど参加し、地震後の町の様々な課題について話合いを重ねています。
この定例会は、住民であれば出入り自由で「黒島町が黒島町らしく維持存続できる未来を念頭に歴史と文化を大切にしながら新しい価値観を受け入れ進化を促す」ことが掲げられているオープンな場。誰でも発言でき、興味のある方はオブザーバーとして参加したり、オンラインで現地と繋がったりすることもできます。
黒島町の丘から見渡す町並みと隆起した漁港。公費解体工事と修繕工事が併行して進む一方で、まだブルーシートのまま手つかずの住宅もたくさんあります。
「黒島みらい会議」の活動
令和6年春には、まず住宅再建意向調査が行われ、回答を得たうちの7割以上の方が町で再建を希望していることが分かりました。当時は自宅が被災し住まいを失ったり町を離れざるをえなかったりした住民が多く、公民館は一時避難所として機能している状況でした。そこで、このかぞく會館を拠点に、1人でも多くの住民が町に帰れるようにと二次避難者帰還促進事業がはじまりました。発足後に日本都市計画家協会とコンソーシアムを組み、令和6年緊急枠と令和7年災害支援枠の休眠預金活用事業による助成を受け、約2年間の活動を続けてきました。
「黒島みらい会議」の定例会の様子。地震後の課題について解決の糸口を模索したり、情報共有をしたり、活発に意見交換が行われています。
まず、建築士などによる住宅調査相談をスタート。地震前には空き家も含め約300戸あった住宅のうち、その所有者83名から期間中に相談を受け調査を行ったとともに、日本全国から集まった専門技術を持つ支援者の協力を得て住宅の応急修理作業も担ってきました。これまでに被災した重要伝統的建造物群保存地区の復興の例がないこともあり、伝統構法の建造物の再生や過去の災害からの復興例、過疎地のまちづくりや他の重伝建地区の取組みを学ぶ勉強会や視察などが定期的に催されました。そして、人によって状況や立場、抱えている問題が異なるため、各々に寄り添いながら現実的な可能性や選択肢を提案する説明会や相談会も開かれました。
令和6年9月、まだ本格的な修繕工事に着工できない状況で行われた応急修理作業。日本全国から専門技術を有するボランティアの方々が集まりました。
また、国や文化の枠を超え、歴史的建造物などの文化遺産保存活動を行っているワールド・モニュメント財団からの支援を受け、令和6年8月に旧嘉門家の敷地内に仮設コインシャワーが設置されました。翌年5月には正式に助成支援が発表され、若宮八幡宮の再建に向けて歩み出すことができました。
さらに、復旧復興に向けて日々刻々と変化する町の状況や住民の様子を二次避難者に伝えたいという思いから、黒島未来新聞を編集・発行し、黒島にゆかりのある希望者には郵送しています。この町の未来への希望を示すことが「黒島みらい会議」に参加しているメンバーの共通の想いであり、活動の原動力になっています。
旧嘉門家の敷地内にある仮設コインシャワー。「黒島みらい会議」の事務局で住宅調査相談の活動を担っている建築士の吉村寿博さんの設計です。工事関係者やボランティアの方々、自宅の風呂が使えない住民などがシャワーを使用しています。
黒島らしさを問うなかで見えてきた意見の多様性
定例会では、このような活動の進捗状況や方向性について話し合われるほか、町の将来ビジョンについて広く意見を募集し、約1年かけてじっくりと議論を積み重ねてきました。人それぞれに色んな考えかたがあって紆余曲折したり、時には夜遅くまで話が白熱したり。最終的には、黒島町に残したいものとして「北前船の歴史と自然の営みを感じる海と夕陽」、こうありたいと考える町の姿として「重伝建の歴史文化を伝え育み、穏やかに暮らす町」という将来像を共通意識として掲げることで合意しました。
黒瓦の屋根に下見板張りの壁、格子戸の家並みが続く黒島地区。このような建造物の特徴が旧嘉門家の外観にも取りこまれています。
さらにこのビジョンをもとに、日本都市計画家協会のサポートを得て、まちづくり協定案を協議しました。これは先に掲げた黒島らしさを守るため、従来の重伝建地区の保存計画ではカバーできなかった細やかなルールを定め、さらに町並みだけでなく周囲の海や山も対象エリアとして広げる内容となっています。令和8年1月に黒島公民館で開かれた住民総会ではこの案が可決されたとともに、区長会の専門委員会として「まちづくり相談会」が発足され、今後はまちづくり協定に基づいた事前協議に対応していく見通しとなりました。
新たなフェーズへの移り変わり
これまでのあゆみを振り返ると「黒島みらい会議」があったから、地震後に地域の人々の心の拠りどころをつくることができたように私は思います。居場所や生活基盤を見失った境遇において、避難先にいても仮設住宅で暮らしていても、ずっと黒島への想いを持ち続けることができました。
そして、輪島市では令和7年12月に公費解体工事の留保期限を迎えたことに加え、令和8年5月中旬から約2か月間で災害公営住宅の申込登録が行われることから、住まいをめぐる行政の対応は次なる局面へ移行していきます。
二次避難者に黒島町の現状を伝えたいという思いから、令和6年11月から発行しはじめた黒島未来新聞。「黒島みらい会議」のFacebookからも閲覧できます。
地震前には約280人だった黒島町の人口のうち、地震から3年目の春に町内で暮らし続けているのは約100人(近隣の仮設住宅も含めると約140人)と言われており、未だ多くの住民が帰ることのできない状況にあります。現状を鑑みて、新たな地で暮らしはじめた方もいます。一方では関係人口が増え、移住希望者をはじめ視察や観光に訪れる方々が多くいらっしゃいます。なんと空き巣も増えていると耳にします。
取り巻く環境や人々の思い、地域の課題が絶え間なく変化していくなかで、今後はこの定例会が住民や町で活動する関係者の情報共有をする場、そしてそれぞれの活動の連携を取り合う機会になっていくことが期待されます。
隆起したあと岩肌だった海底は、砂浜や草原へと変わりつつあります。刻々と移ろう大海原を眺めていると、自然の生み出す造形に驚きを感じるとともに心が洗われます。
photography by Kuninobu Akutsu
秋山祐貴子 Yukiko Akiyama
神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。
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『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…
輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。
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