スウェーデンを代表するデザイナー、陶芸家のインゲヤード・ローマン。スウェーデンのメーカーのデザインを数多く手がける一方、世界中のデザイナーや建築家との協働プロジェクトに参加してきた。柳原照弘もその一人だ。70歳を超えても、「新しいことにオープンでいたい」と楽しそうに語るチャーミングな女性である。
談・インゲヤード・ローマン
スカンジナビアのデザインは「more」か「less」か、と問われれば「less」。つまり、どちらかと言えば引き算のデザインです。スカンジナビアと日本のデザインには共通点があります。私は色やデザインではなく、素材に語らせたいと日頃から思っています。それを日本人は理解してくれる。素材を知り尽くしていて、私がこだわる小さなことに目を留めてくれます。
スウェーデンのスクルーフ社のためにデザインしたグラスとワインボトル。
私はいつも、普段使えるものを作ってきました。なぜ日常使いのものを作るかというと、自分自身が料理をするのが好きだから。IKEAやオレフォスでも、自分の作品でも、自分が使わないようなものを作りません。食器でもバスケットでも、長持ちして、みんなとシェアして使えるものを目指しています。最初に日本に行ったときに買ったのは柳宗理のバタフライチェアでした。
スウェーデンのオレフォス社のために作った作品。
日本に初めて行ったのは1982年です。日本のクラフトを見て、京都に行って、そして絶対に東京に行きたかったの。私は大都会が大好きなんです。それから何度も日本を訪ねてきましたが、2013年には柳原照弘さん、いつもテルって呼んでいるんだけれど、彼が有田焼創業400年記念事業「2016/」プロジェクトに誘ってくれて、香蘭社とコラボレーションすることになりました。
香蘭社とのプロジェクトでまず私がしようと思ったのは、「Undecorate」=「装飾しないこと」でした。香蘭社の磁器は素材から製造工程、絵付けまですべてハイクオリティだったのだけど、私にとっては質の高い素材、形、釉薬だけでも十分で、装飾は必要ありませんでした。装飾は、ときには見せたいものを隠してしまうものです。
香蘭社とコラボレーションでは、装飾しないことを念頭に置いた。
テルは素晴らしい人です。最初に会ったのは彼がまだとても若かったときで、クリスマスに知り合いのひとりがスタジオに連れて来たんです。それから何回か訪ねてきてくれたのだけど、「一緒に仕事をしたい」と言われたときは感激しました。彼はね、とても賢い人なの。いい意味でね。人柄もとってもよくてね。仕事上でも彼はつながりや信頼関係を大切にするでしょ? 私も同じです。仕事をするなら同じ「言葉」を持っている人がいいです。大切に思っていることが同じで、互いに敬意を払える人。彼はそういう人です。なにも私の言うことに、すべて「イエス」と言ってくれる人と仕事がしたいというのではないのよ。
柳原照弘がプロデュースするHAMACHO HOTELの特別な一室、TOKYO CRAFT ROOMのために作ったカップ。
テルの作品も好きです。特に有田のプロジェクトで作ったスクエアの皿が好き。彼の小さな作品をいくつか仕事場に置いています。それを見ると、自分のファンでいてくれるテルのことを思い出して心が温かくなるから。来年も彼と新しいプロジェクトに携わります。毎年でなくても、これからも続けていきたいですね。
クラーソン・コイヴィスト・ルーネも同じ「言葉」を共有している人たちです。20年くらい前にスウェーデン南部の自然豊かな場所に古い建物を買って、彼らに改築を頼みました。彼らがまだ学校を卒業したくらいのときで、私も若かったからお金もそれほどかけられず、5~6年かけて少しずつ修理をしていきました。どんな注文をしたかって? 注文は多かったと思いますよ(笑)。その建物に併設して工房も作りました。工房はぜったいに天井が高くなくてはいけないし、人の出入りに気を取られないように窓はたくさんいらない、でもいい光が欲しいといった具合にね。おかげとても気に入る家と工房ができました。
クラーソン・コイヴィスト・ルーネが手がけた南スウェーデンの工房。Photography by Louise Billgert
仕事はこの郊外の工房と、打ち合わせやスケッチをするストックホルムの仕事場で行っています。ガラスでも陶芸でも建築でも、紙と鉛筆でスケッチをすることから仕事は始まります。いえ、その前に観察することかしら。たとえばワイングラスをつくるとしたら、何時間もワイングラスをいろいろな角度から眺めて、なにか新しい形やデザインにできないかをじっくり考えます。
工房の大きな窓からは美しい緑が見える。Photography by Louise Billgert
アイデアは日常のどこにでもあります。思うのですが、クリエイティブな人はいつも頭の中にアイデアが散らばっていて、何かを見たことがきっかけになって、アイデアが具体化するのではないかしら? 一度にいくつものプロジェクトを進行していると、ひとつのことに2~3日集中したら、いったんその仕事から離れてみます。するとまたアイデアが湧いてきたりしませんか?
こんな調子でまだしばらく仕事を続けていきたいと思っています。大きな目標とか夢というより、今やっている仕事がうまくいってほしいといつも願っています。そして、舞い込む仕事はできるだけ引き受けたい。それがまったく未知の世界でも、「何か新しいことが学べる」と思ったら、それだけでもやる意味があるのです。
Profile
インゲヤード・ローマン Ingegerd Råman
デザイナー、陶芸家
1943年、スウェーデン・ストックホルム生まれ。コンストファック(スウェーデン国立美術工芸大学)、ファエンツァ国立陶芸美術学校(イタリア)で学ぶ。「スクルーフ」「オレフォス」といったスウェーデンのガラスメーカーのデザインを手がけながら、世界中のデザイナー、建築家と協働プロジェクトに携わる。2016年には、有田焼の新しいブランド「2016/」プロジェクトに参加。
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