稲のようにたおやかに
初夏に植えられた稲は、日が長くなるにつれぐんぐんと伸び、田んぼは青々と輝いて生命力に満ちていきます。やがて盛夏に花が咲き実を結び、穂が垂れるころにはすこしずつ夕暮れが早くなり、田を渡る風に秋の気配が漂います。お盆を過ぎると、能登では田んぼがゆっくりと黄金色に染まっていきます。
稲刈りがはじまると、あたりがやわらかな甘い香りに包まれ、所々で稲架(はさ)干しをする光景も目に飛び込んできます。地震や豪雨でダメージを受けた田んぼのあちらこちらで田の神様が微笑んでいるような感じがして、実りの季節を迎えられたことに安堵の思いが広がります。
田んぼと空の広がる風景を目の前にし、行きかう雲や周囲の生きものの様子を眺め深呼吸すると、人間本来の生きるスピードに立ち返るようで、只今この季節を味わおうという気持ちが湧いてきます。
実りを迎えた田んぼは、黄金色のじゅうたんのようです。
梅雨の合間に大きくなる稲。穂が顔を出すと朝方のほんのひととき、穂先に小さな花を咲かせます。
8月中旬の田んぼ。蒸し暑さのなかでも、一歩ずつ秋は近づいてきます。
刈り取った稲を竹竿に干し太陽の光と自然の風で乾燥させると、お米がより美味しく仕上がります。
地震から3回目の夏を経て
9月の能登半島。夏と秋のはざまで日中は蝉時雨とともに強い日差しが降り注ぎますが、朝晩は虫の音が一段と大きく響き渡ります。道路脇や空き地には、勢いよく草が茂るものの、草刈りが追い付かない状況で、防草シートが張られている光景も見かけるようになりました。
人手不足や建設工事費の高騰から、復旧・復興に向けた計画もなかなか前に進まない状況が輪島市内の各所で続いているようです。
能登の各地からは、祭りや花火の打ち上げの便りが届きます。輪島市街地の全地区で3年ぶりに開かれた夏季大祭では、大松明の神事が再開されたり、お神輿やキリコが新調されたり。
門前の各地区の祭りでは獅子舞が復活するなど嬉しいニュースも多く、能登の復興に向けた願いや人々の祈りが祭りの熱気につながっているように感じます。帰省客や観光客もぐんと増え、再会を喜ぶとともに地域の繋がりを確かめ合ったり、新たな絆を育んだりして賑わう声も聞こえてきます。
風に揺れ可憐に咲く秋桜(コスモス)。その佇まいにゆく夏を惜しみます。
11月に開催予定の個展に向けて制作に励む毎日
この夏、私は仮設住宅から仮設の仕事場に通い、生活と仕事の再建に取り組んでいます。生活面では2026年8月に仮設住宅の入居期限(2年)を迎えましたが今後の見通しが立たず、この暮らしが長引きそうです。災害公営住宅に申し込まなかったこともあり、更に入居の延長を申請するには、これからの展望を具体的に計画し書類を期限までに準備する必要があります。
被災後の公的支援や補助制度及び見守りのしくみは、本来社会の秩序や人の生活を守るためにあるはずですが、今の輪島の状況や私を取り巻く環境とはかみ合いません。煩雑な申請内容や期限日を前に精神的に追い詰められ、じわじわと首を絞められているような感覚です。
今後の基盤を整えるかたわらで、仮置きの状態ではあるけれど漆の仕事に向き合えることに感謝するとともに、11月に開催予定の個展に向けて制作に励む毎日です。ただ、作業の内容や時間帯を調整する工夫が必要で、住居と仕事場が分離していることもあって不便も多いです。このとりあえずのスタイルから、地震の前のようにひとつ屋根の下に腰を据え、心を落ち着かせて暮らすなかで仕事し、仕事のなかで暮らすようなリズムに早く戻りたいです。
祖母の置き手紙
この夏こそは祖母の新盆やお彼岸に合わせ、実家のある小田原へお墓参りに行きたかったけれど、今はここで再建に向けた踏んばりどき。三世帯7人家族で生まれ育った私は、幼いころから祖母のあとを追いかけるようにして過ごしました。
昭和の大戦を生き抜いた祖母は温厚篤実な人柄で、家族にとってはお日さまのような存在でした。実家に帰ると明るい笑顔で迎え美味しいごはんを拵え待っていてくれるような感覚が未だ残っていて、いとしい人の死を受け止めきれない現実、最期を近くで看取れなかった後悔が心のなかで渦巻いています。
お盆に入って、ふと思い出すように地震後に片付けられないままの家財や荷物の山を整理していました。
「あった!」と見つけたのは、祖母が元気だったころ実家に出入りしていた呉服屋さんのたとう紙。その包みを開くと、浴衣が出てきました。
十数年前、移住したばかりのころに祖母が「輪島で着なさいね。」と誂え持たせてくれた一着……輪島市街地に住んでいたころは着るタイミングがなくずっと眠っていたままで、今回の地震を乗り越えました。
お彼岸になると祖母がおはぎを拵える隣りで、幼い私は味見をして楽しんでいました。
9月下旬、畦道に彼岸花が咲きはじめます。 畦道を歩いていると、稲とのコントラストが目に眩しく映ります。
「花は吉野で紅葉は竜田 盆の踊りは黒島へ」
ようやく時が来たとばかりに、黒島天領祭の夜に袖を通し、白足袋に桐下駄を履いて出かけました。
夜の祭典が終わったあとのお神輿と曳山2台が並んでいる資料館前に着くと、若波模様の浴衣姿の人々が集まっていました。提灯が灯った薄明りのなかで、住民や帰省客、黒島に関わっている方々や学生さん……さまざまな人々がひとつ輪になって盆踊りをはじめていて、私もそのなかに飛び込みました。
黒島に伝わる八千代栄節に合わせて踊るやっちょい踊り。沖に寄せる白波のように手のひらを返し、下駄の前歯を大地に突っかけるように前後させながら軽やかな足取りで踊る人々の輪が、ゆるやかに時計回りに進んでいきます。
八千代栄節に描かれたこの風土の情景や歴史文化に思いを馳せ、節を口ずさみ、只々時の流れにたゆたうように踊っていたら、ふいに「祖母は私がここでこの浴衣を着て、こんな日が来ることを願っていたのかな…」と目頭が熱くなりました。
若波模様の浴衣に身を包んだ老若男女が集まり、やっちょい踊りがはじまります!
天領祭に合わせ、家々の軒には幕が張られます。8月17日の夜になると提灯が灯り、古きよき町並みがほんのりと明るく照らし出されます。
今を生きる人々の暮らしのなかに素撲な美しさが佇んでいるこの町のことを祖母に話したら、きっと喜んで「私も行きたいわ!」と返事が返ってくるような気がしました。
踊りの輪が何周もする間に、日常の葛藤や渦巻く思いをすこしずつ手放し、生前祖母が大切にしていた穏やかであたたかな思いを育みながら、私の道を切り拓いていこうと、心のなかにも明かりが灯った一夜でした。
photography by Kuninobu Akutsu
秋山祐貴子 Yukiko Akiyama
神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。
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『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…
輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。
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