世界のアワードから見えてくる、メーカーの理念
世の中には各業界にそれぞれ権威的なアワードが存在する。映画業界はアカデミー賞やカンヌなどで開催される映画祭、音楽業界はグラミー賞あたりだろう。女性の美を競うのはミスユニバースなんてのが有名だ。もちろん日本にもそういった賞は存在する。M1グランプリや流行語大賞もまたそれぞれの業界の象徴に違いない。
自動車業界にもそうしたアワードはたくさんある。私が選考委員をつとめる日本カー・オブ・ザ・イヤーもそのひとつで、その年発売されたクルマからイヤーカーを選出する。60名の選考委員がリアルにステアリングを握り、それぞれ独自の専門的知見に立って吟味するのだ。選考する立場からいうと、なかなか難儀である。
それはともかく、個人的に好きなアワードがある。毎年イタリアのコモ湖で行われる“コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ”だ。直訳すると“エレガントさのコンクール”。クルマを美意識を持って評価するといったところだろう。ちなみに“ヴィラ・デステ”はその名の通り、コモ湖畔にある会場となるヴィラの名前。その庭にノミネートされたクラシックカーが並び審査員の手により評価される。クルマのオーナーは世界中の貴族や富豪や名士。いわゆるセレブリティと呼ばれるコレクターが顔を連ねる。ラルフ・ローレンさんもその中のひとりだ。
2016年開催「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」の様子。
私が訪れた2014年はイタリアの名門ブランド、マセラティの100周年を祝う場となった。創業から100年を迎えるにあたりマセラティ専門の部門が設けられるなどの計らいがあったのだ。もちろん、全体的にマセラティのエントリー率は高く、さまざまな部門で上位に入った。きっとこのタイミングを見計らってエントリーしたコレクターが多かったのだろう。100周年だけに注目度は例年よりもグッと高くなる。
ではどんなモデルがエントリーされたかというと、マセラティの場合ほとんどがレーシングカー。「ベストオブショー」に輝いた1956年型マセラティ450Sは当時9台だけ生産されたレーシングカーだし、マセラティの部門賞は1929年型V4スポーツという当時2台しか製造されていないレーシングカーだった。
このことからもわかるようにマセラティは誕生から半世紀以上レーシングカーメーカーとしてその名を馳せていた。当時の戦いの場はF1グランプリの前身となるグランプリレース。戦前のライバルはアルファロメオやブガッティ、戦後はフェラーリやメルセデス・ベンツだった。
このことを言い表しているモデルがある。マセラティ・クワトロポルテだ。クワトロポルテとはイタリア語で「4ドア」という意味。つまり、デフォルトは2ドアで、4ドアはメーカーとして珍しいモデルなので、そのままモデル名にした。そんなメーカー、他に聞いたことがない。
マセラティMC20チェロは時代を反映する、レーシングカー
といった長い前振りでご紹介したいのが、このマセラティMC20チェロ。彼らの理念と足跡を現代的に解釈し蘇らせたようなモデルだ。ワイド&ローのボディがまさにレーシーである。
V型6気筒3.0リッターのネットゥーノ・エンジン(最高出力630HP、最高速度325km/h)
全長×全幅×全高:4,670×1,965×1,215mm/車両重量:1,750kg/エンジン:3ℓV6ツインターボ/0-100km/h加速:2.9秒以下/最高速度:320km/h以上
このクルマがレーシングカーをコンセプトにしているのは名前で表現される。“MC”はマセラティ・コルセの頭文字。コルセとはレーシングの意味だ。でもって“20”は2020年のこと。BEV(エンジンを持たないバッテリーで走るEV)を念頭に置いた新世代マセラティの幕開けの年を指す。このクルマを例に取れば、エンジンは高出力をキープしながらV6エンジンにダウンサイジングしているし、同じプラットフォームを使ったBEVの追加をアナウンスしている。つまり、これまでとは異なるロジックでクルマつくりをしているのだ。
そんなネーミングだけに乗ればまんまレーシングカー。低いドライビングポジションもそうだし、後から聞こえてくるエンジン音もそうだ。ミッドシップレイアウトの2シーターはお約束。しかもドアは斜め上に開くバタフライドア。これに興奮しない男の子はいないはずだ。
バタフライウィングのドアがトレードマーク。
さらに言えばこいつはオープントップモデルである。MC20チェロの“チェロ”とはイタリア語の空のこと。トップはガラスルーフで、それが後部に収納される。開閉時間は約12秒。あっという間に頭上に青い空が広がるってわけだ。
マセラティに限らずカーメーカーは時としてこういった象徴的なモデルを発表する。新たなデザイン言語やインターフェイス、パワーソースの方向性を示す役目だ。事実このクルマより後にリリースされたSUVのグレカーレは同系統のフロントマスクをしている。
といった目線でこのブランドを見るとなんだかワクワクしてくる。言うなればMC20はマセラティの未来予想図。近々2ドアクーペのグラントゥーリズモも追加されるから、それで未来がまたひとつ明らかになる。
画像提供:マセラティ ジャパン
Text by Tatsuya Kushima
九島辰也 Tatsuya Kushima
モータージャーナリスト兼コラムニスト。現在、サーフィン専門誌「NALU」のメディアサイト編集長、メディアビジネスプロデューサーを担当。これまで多くのメンズ誌、ゴルフ誌、自動車誌、エアライン機内誌などの編集長を経験している。メディア活動以外では2023-2024日本カーオブザイヤー選考委員、(社)日本葉巻協会会員、日本ボートオブザイヤー選考委員、メンズゴルフウェア「The Duke`s Golf」のクリエイティブディレクターを務めている。
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