「非日常」をテーマに、各施設それぞれが独自のホスピタリティでゲストを迎える「星のや」。そのホスピタリティのひとつが、ゲストが参加する多彩なプログラムです。土地の文化や伝統をベースにして作り込まれた各プログラムは、「星のや」の新たな魅力となっています。
「星のや沖縄」宿泊記の第3回では、国の重要無形文化財・喜如嘉(きじょか)の芭蕉布の美しさと品格に触れる特別プログラム「涼風を装う芭蕉布サロン」と、その開発に携わった「星のや沖縄」のスタッフにフォーカスしていきます。
「星のや沖縄」で体験する、芭蕉布の魅力に触れる特別プログラム
沖縄の風土と歴史が育んだ、いわば沖縄の伝統工芸の象徴ともいえる芭蕉布。沖縄本島北部の大宜味村(おおぎみそん) 喜如嘉(きじょか)へ足を運び、こうした芭蕉布の工房を訪れ、すべて手作りで行われる製作の現場を見学し、作り手から直接話を聞くことができる特別プログラムが、「星のや沖縄」に誕生しました。
「涼風を装う芭蕉布サロン」とネーミングされたこのプログラムでは、工房見学だけでなく、芭蕉布を仕立てた羽織を実際にまとう涼やかな着心地体験や、芭蕉布の衣裳を身に着けた踊り手による、琉球古典舞踊を鑑賞するなど、充実の内容で構成されています。
糸芭蕉が生い茂る、大宜味村喜如嘉の畑
2メートルから大きいものは3メートルを超えるくらいでしょうか。糸芭蕉が幅1メートルほどの小径の左右に連なって茂り、それが奥の方まで続いています。風に揺れる葉の先端は白く枯れ、幹の表面の一部は剥がれ落ちようとしています。初夏を思わせる光が振り注ぐ2月下旬、沖縄本島北部の大宜味村(おおぎみそん)喜如嘉(きじょか)では、糸芭蕉の収穫が最後の時期を迎えようとしていました。


芭蕉には、実芭蕉、花芭蕉、糸芭蕉の3種類があり、芭蕉布の素材となるのが糸芭蕉。ちなみに、実芭蕉に実るのがバナナ。また、芭蕉は木ではなく多年草に属し、幹のように見えるのは、実は一枚一枚の葉の根元が重なってできた茎で、植物学的には「偽茎」と呼ばれる。
糸芭蕉の収穫、それは文字通り「糸」にする繊維の収穫で、その繊維を繋いだ糸を織ってできあがるのが芭蕉布です。薄く張りがあり、さらりとりした肌触りで、高温多湿の南国にはなくてはならない風通しのよい生地は、琉球王朝時代には王族が身に着けるだけでなく、中国や日本への最上の貢ぎ物として重宝されてきました。
古くから喜如嘉の女性たちが担ってきた芭蕉布は、第二次世界大戦前後の混乱期に一時期衰退したものの見事に復興を遂げ、「喜如嘉の芭蕉布」として1974(昭和49)年に国の重要無形文化財に指定されました。また復興に向けて中心となって尽力した平良敏子さんも、2000(平成12)年に人間国宝に認定されました。


風通しがよく、薄く張りがある芭蕉布は「トンボの羽」とも称され、琉球王朝時代は王族の夏の装いにも用いられていた。現在では夏のお洒落着として、着物愛好家にとっての垂涎の一着となっている。
4年の歳月をかけて、芭蕉布プログラムを構築
喜如嘉に同行してくださったのは、このプログラム開発の中心となった「星のや沖縄」の松原未來さんです。
「沖縄を代表する工芸のひとつである芭蕉布を、なんとか『星のや沖縄』のプログラムに取り入れたい。そう思って、喜如嘉を訪れたのが4年前のことです。その頃は、人間国宝の平良敏子さんもご存命でしたが、プログラムの内容に関しては主に、義娘の美恵子さんとご相談させていただきました」
「人々の生活から生まれた、沖縄の暮らしに根付いた布であること。すべての工程が手作りであり、糸芭蕉を栽培することから作業が始まること。芭蕉布がそうした布であることをゲストの方々が実感し、しかも博物館に展示されている美術品としてではなく、実際にまとい、その素晴らしさを体感していただく。そのためにはどうすればよいかをいろいろ考えました」


「涼風を装う芭蕉布サロン」をはじめ、さまざまなプログラムを開発してきた松原未來さん。「星のや沖縄」の庭園には、糸芭蕉や実芭蕉をはじめとする亜熱帯の植物が生い茂る。プログラム参加者は、まずは「芭蕉布インビテーション」として、施設到着後にこの庭をスタッフの案内のもとで巡り、植物としての芭蕉の特性などの基礎知識を得る。(写真は「星のや沖縄」の庭園にて)
松原さん自身も芭蕉布の歴史や作業手順を勉強するために、「星のや沖縄」から車で2時間弱かかる喜如嘉まで何度も足を運びました。松原さんの熱意に打たれ、平良美恵子さんも次第にいろいろなアドバイスを授けてくれるようになったそうです。
「繊維と繊維を繋いで糸にする『苧績み(うーうみ)』と呼ばれる作業や、その糸を用いて織る作業に適した時期は、湿度の高い5月から6月です。作業に携わる方々にとって一番適した時期に、ゲストにその作業を見ていただきたい、という事からプログラムの期間を3月から6月までとしました」
「見学できる工程は、その日の作業内容によって異なってきます。工房見学というと普通は『織り』の部分を注目しがちですが、芭蕉布の場合はその前の段階で幾つもの手作業があり、それがとても大切であることをわかっていただけたら、と思います」


松原未來さんは2020年の開業時から、スタッフとして「星のや沖縄」のさまざまな業務に携わってきた。現在ではプログラム開発を主に行う一方で、支配人として施設全体を統括する役割も担う。
「星のや沖縄」から車で2時間弱。喜如嘉は海沿いの静かな村


「芭蕉布会館」には、芭蕉布を織るのに用いる道具や、財布やバッグなど芭蕉布を素材とする小物も展示販売されている。
このプログラムでは、まず喜如嘉に設けられた「芭蕉布会館」へ向かいます。館内に展示されている芭蕉布制作に用いる道具や、作業現場を記録した映像などを観て、芭蕉布の概要を把握した後は、平良敏子さんが設立した「芭蕉布織物工房」を特別に見学。
工房には数台の高機(たかはた)が並び、そのうちの幾つかでは織り手が作業を行っていました。筬(おさ)を打ち込む手織り機独特の音が、リズミカルに響いてきます。少しづつ出来上がってくる芭蕉布の美しさに見とれていると、「芭蕉織物工房」の平良美恵子さんから声がかかりました。
「畑へ行きましょう。芭蕉布を知るには、まず畑を見ることから始まります」
芭蕉布作りは畑仕事から。「織り」はすべての作業の1割にも満たない
平良さんの案内で、糸芭蕉の畑に分け入ります。平良さん自ら行う「苧倒し(うーとーし)」と「苧剥ぎ(うーはぎ)」の作業を、近くから拝見します。糸芭蕉を切り倒し、根元から皮を剥いでいきます。皮は一番外側から芯の部分まで4つに分けられ、着物の生地になるのは3番目の一番上質な部分だそうです。切り倒した糸芭蕉から滲み出た樹液で平良さんの指先が赤く染まっています。作業の合間に平良さんが語ってくれました。


切り倒した糸芭蕉の皮を剥ぐ「苧剥ぎ(うーはぎ)」を行う平良さん。一番外側の皮は、座布団やテーブルクロスなどに使われる。(見学できる内容は、プログラムの実施時期や工房で行われている作業によって、その都度異なります)
「布を織るのは当り前の作業です。それよりも、原材料をすべてこの喜如嘉周辺でまかなっている、ということが大切なのです。糸芭蕉を3年かけて育て、そこから繊維を採り、『績む(うむ)』と呼ばれる作業で糸にして、縒りを掛けて丈夫にした糸を染め、その前後にも数多くの作業を経て、ようやく『織り』に到達します。『芭蕉布作りは畑仕事から』と言われていますが、まさにその通りで、『織り』は全体の1割にも満たないパートです」


糸をねじり合わせて強くする「撚り掛け(よりかけ)」に使う糸車の横に座る平良さん。手にしているのは、菅串に手作業で繭状に巻かれた、緯糸(よこいと)用の地糸。
糸芭蕉の畑に油かすや牛糞などの堆肥を撒いたり、「葉落とし」と呼ばれる剪定のような作業を行ったりと、良質な繊維を採るためには、日ごろの手入れがとても重要。その一方で、1本の糸芭蕉から採れる上質な繊維は約5グラム、1反の布を織るにはおよそ1キログラム、つまり200本の糸芭蕉が必要となるそうです。こうした気が遠くなるような作業を、喜如嘉の女性たちは連綿と続けてきました。
「工房では、糸芭蕉の繊維が糸となり、その糸が芭蕉布になっていくすべての行程を見ることができます。現在、綿糸や絹糸などの、大半の糸の原材料は海外産で、それを輸入して糸に加工し、織元はその糸を仕入れて工場で織っています。それとは正反対の、しかもモーターを一切使わない織物の原点の姿が工房には残っています」


高機が並ぶ工房内。畑仕事から織りまで、すべての作業にスタッフ全員が関わり、力を合わせて芭蕉布を作りあげていく。
「星のや沖縄」に戻り、羽織に仕立てた芭蕉布をまとう
工房で黙々と作業を進める女性たちの姿を目の当たりにし、頭が下がる思いを抱き『星のや沖縄』に戻ります。板張りの道場に、芭蕉布を仕立てた羽織が運ばれてきました。驚くほど薄いのに張りがあり、「トンボの羽」と称されてきたことに納得。福木染ならではの品格を感じさせる黄色は、陽の光を受けて黄金色にも見えます。


「御田無(ウンチャナシ)」と呼ばれる羽織の一種をまとう。先ほど目の当たりにした地道な作業が、こんな軽い布になったかと思うと、感動もひとしお。(©Hoshino Resort)
「喜如嘉の工房での地道な作業の積み重ねが、こうした素晴しい布を生み出します。およそ2時間の短い時間での体験ですが、地道な作業を目の当たりにしたことで、その素晴らしさをより実感していただけるのではないでしょうか」
プログラムの開発にあたった松原さんはそう語ります。


展覧会で展示されるほと貴重な芭蕉布の衣裳をまとった踊り手による、琉球古典舞踊を見学。美しい舞と三線の音色に酔いしれる。(©Hoshino Resort)
琉球文化にリスペクトを払い、それを現代に昇華して新たなプログラムを考案
「芭蕉布だけでなく、染織でいえば紅型や、読谷村(よみやんそん)のやきものなど、沖縄にはさまざまな伝統工芸が脈々と続いています。紅型ややきものを題材としたプログラムは、すでにいくつか実施してきましたが、これからも新たなプログラムを創り続けようと考えています。たとえば、沖縄には琉球王朝時代から続く重陽の節句の行事があります。家族の健康と長寿を願うその行事をベースにして、新たなプログラムを組み立てることができれば、と考えています」
幸いにも、沖縄には伝統工芸以外に、数多くの文化や風習が根付いています。そうした文化や風習にリスペクトを払いつつ、そのエッセンスを現代に昇華していくことができれば、と思います」
沖縄には石塁や土塁で囲まれた「グスク」と呼ばれる史跡が点在しています。「グスク」の石塁を模した「グスクウォール」に囲まれた「星のや沖縄」のテーマは「グスクの居舘」。かつて「グスク」内で、さまざまな琉球文化が花開いたように、「グスクの居館」では、琉球文化を現代に昇華させた多彩なプログラムが生まれ、それが新たな非日常をもたらしています。


西の空を茜色に染めながら太陽が沈んでいく。一年中24時間利用可能なインフィニティプールで遊ぶゲストも、しばし時を忘れて、美しい夕陽を見つめている。


◆星のや沖縄「涼風を装う芭蕉布サロン」
・開催日 2025年3月1日~6月30日
・料金 1名 265,000円(税・サービス料込)*宿泊料別
・含まれるもの 芭蕉布インビテーション、芭蕉布会館や工房の見学、琉球古典舞踊の鑑賞、ンチャナシ試着体験
・予約方法 公式サイトにて2週間前まで受付
・定員 6名(2名から実施)
・対象 星のや沖縄宿泊者
・備考 見学できる作業内容は、実施日によって異なります。
◆沖縄ラグジュアリーの最高峰 「星のや沖縄」とは
沖縄に残る数少ない自然海岸沿い約1㎞にわたって、低層階の客室棟で構成される「星のや沖縄」。全4タイプ全100室の部屋のうち、最上級スイートは4室、ドッグ対応可能の部屋も1室用意。
広大な敷地内には、フロント機能のほかにショップやライブラリー、ラウンジを備えた「集いの舘」、スパ施設、琉球空手を習う道場など、さまざまな施設が機能的にレイアウトされています。
最大級の海辺カフェとして、宿泊客以外も利用できる「バンタカフェ by 星野リゾート」や、ステーキやシーフード、ハンバーガーなどのメニューが豊富な「オールグリル」も、人気を博しています。
徒歩10分のところには、村営の「ニライビーチ」があります。自然の海で泳ぐのも、プールとは異なる楽しさです。。
text by Sakurako Miyao
photography by Azusa Todoroki
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