「奥嵐山の歌詠み」
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2024.9.30

「星のや京都」宿泊記 その2 冷泉家当代夫妻の講話と手ほどきを受けて和歌を詠む貴重な体験、「奥嵐山の歌詠み」

「星のや京都」宿泊記の第2回は、「奥嵐山の歌詠み」を紹介します。五七五七七の三十一文字に四季の情景や、折々の心情を詠み込む和歌には、日本人が大切にしてきた美意識が色濃く反映されています。「奥嵐山の歌詠み」では、800年にわたり和歌文化を守り続けてきた冷泉家25代当主・冷泉為人(ためひと)さんによる、日本人特有の美意識に関する講話を聴き、その後に当主夫人の貴実子さんから冷泉家流歌道の手ほどきを受けて、参加者自身が実際に和歌を詠みます。「星のや京都」宿泊客だけが参加できるこの特別な催しは、「歌詠み」を行った翌日に冷泉家住宅を見学するという流れになっていますが、どちらも、連綿と受け継がれてきた雅な宮廷文化の一端に触れる貴重なひとときとなります。

 

 

「星のや京都」宿泊記 その1 「1000年前と変わらぬ嵐山の自然に溶け込む、水辺の別邸」の詳細はこちらをクリック 

 

 



藤原定家ゆかりの地で、定家の子孫に和歌の手ほどきを受ける



多くの人が一度は耳にし、あるいは実際にカルタ取りで遊んだことのある「百人一首」。この「百人一首」の選者である藤原定家とその父である俊成を祖先に持ち、「和歌の家」として代々朝廷に仕えてきたのが冷泉家です。

 

また、藤原定家が百人一首を編纂したのは、大堰川を挟んで「星のや京都」の対岸に位置する小倉山です。「奥嵐山の歌詠み」は、定家ゆかりの地で、定家の子孫に和歌の手ほどきを受ける、貴重で意味深い体験です。



小倉山 小倉山

「星のや京都」の対岸にあたる大堰川左岸(写真左側)に位置するのが小倉山。「百人一首」の別称「小倉百人一首」は、この地で定家が編纂したことに由来する。


「梅に鶯」。それは日本人が平安の昔から「型」として育んできた美意識



「川端康成さんがノーベル賞を受賞なさった際の記念講演の内容をご存知ですか」

冷泉為人さんの講話は、そんな話題から始まりました。為人さんによると、川端康成は「もののあはれ」を説き、同じくノーベル文学賞を受賞した大江健三郎は、記念講演では日本文化特有の「曖昧」について語ったそうです。

「たとえば『梅に鶯』。日本人ならば、誰もが思い浮かべることができる情景です。日本人は平安の昔から、これを『型』として美意識に持っています。ただ、理論ではなく、情緒としてなんとなく理解しているだけで、実際の景色を見たことがある人は極めて少なく抽象的な概念ともいえます。この『なんとなく』が、二人のノーベル文学者が語る『もののあはれ』や『曖昧』にも繋がり、さらに『型』が育む美意識は、冷泉家が伝えてきた歌道の大切な心得でもあります。この美意識は、西洋人にはなかなか理解しづらい感覚です」

「もののあはれ」や「曖昧」の美意識から源氏物語に流れる美意識へ。為人さんのお話は、自分自身の内にも無意識に育まれていた感覚があるかもしれないことを、改めて気づかせてくれました。

冷泉為人氏 冷泉為人氏

冷泉為人さんのゆったりとした優しい語り口に、受講生は次第に引き込まれていく。為人さんは公益財団法人「冷泉家時雨亭文庫」の理事長も務める。 ⒸHOSHINOYA Kyoto

木洩れ日 木洩れ日

木洩れ日が作る陰影、風に揺れる笹の葉。ほんの小さな自然の情景をも、古の日本人は和歌に詠み込んできた。



安心感や団結力を生んできた、「型」という共通認識



続いて、冷泉貴実子さんのお話です。為人さんが話された「型」を、和歌の作り方に沿ってもう少し詳しく教えていただきます。

 

「和歌は、もともと神様に捧げるものとして作られてきました。神様を喜ばせるためには美しい言葉が必要で、季節に合った美しい言葉を選ぶことが「型」となっていったのです。戦後の日本は、個性という名のもとに、人と違うことが良いとされてきましたが、『型』という共通認識があるから、安心感とともに団結力が生まれてきたとも言えます」

 

旧暦と新暦の差から生まれる季節感のずれや、「立待月」「居待月」「臥待月」など、月の満ち欠けに伴う風流な月の呼び方など、そういう意味だったのか、と改めて知ることも多い充実したお話でした。

 

そして、一枚の紙が配られます。いよいよ実際に和歌を詠むときがやってきました。

 


冷泉貴実子氏 冷泉貴実子氏

冷泉貴実子さんは、冷泉家24代為任(ためとう)の長女として生まれた。冷泉家流歌道だけでなく、宮中に伝わってきた行事を守り伝える活動も積極的に行っている。Ⓒ HOSHINOYA Kyoto


唐紙 唐紙

日本人は繊細な自然美を慈しみ、それを日常生活のなかに図案として取り入れた。「星のや京都」の客室の襖を彩る唐紙の文様もそのひとつ。



別室に移動。硯、墨、小筆、短冊などを 前に歌詠みの開始



和歌を詠む場所は別棟の和室です。あらかじめ硯、墨、小筆、半紙、短冊なども用意されています。

 

じつは、入室の方法から半紙や硯を受け取る際の手順までにも細かな作法があり、貴実子さんが丁寧に教えてくれます。でも少し緊張。

 

扇子を前に置いて正座し、さあ歌詠みです。さきほど配られた一枚の紙、じつはそこには今回の歌詠みの「型」が書かれていました。

 

歌詠みが開催されたのは7月末。暑い盛りに少しでも涼を、という計らいで貴実子さんが選んだお題は「氷室」。実際、平安時代には京都の北部に設けられた氷室から、真夏に氷が宮中に届けられ、あの清少納言も涼味を授かったそうです。

 

紙には、「氷室守り」「夏しらぬ」「冬の名残り」「夕かげ涼し」「あつさも知らず」など、涼を思わせる言葉が幾つか記され、これが「型」となります。これらの言葉と自らが考えた言葉を組み合わせながら、五七五七七にするのですが、これがなかなか大変です。参加者は皆、何度も指を折り曲げ、言葉を数えて苦戦しています。



硯と水滴 硯と水滴

硯箱は横にした状態で膝前で押し頂く。どことなく、茶道を思わせるお作法。

半紙 半紙

読んだ歌は一度半紙に書く。半紙の扱い方にも決まりがある。


あれこれ悩みながら、ようやく完成した和歌らしきもの



頭の中にいくつもの言葉を駆け巡らせ、部屋の窓から見た大堰川の景色なども思い浮かべ、あれこれ悩みながらようやく和歌らしきものができあがりました。でも、これで終わったわけではありません。

 

半紙に書いて一度貴実子さんに添削していただいた歌を、今度は短冊に書き写します。筆はおろか鉛筆やペンで文字を書く機会が少なくなっている現在、小筆で短冊に書くという初めての経験は、戸惑うことばかりです。

 

お世辞にも綺麗とは言い難い文字でなんとか書き終え、ようやく完成。一大事業を成し遂げた気分です。

 

苦労してひねり出した肝心の自作を、恥ずかしながらここに披露します。(ちなみに、貴実子さんからの赤字は入りませんでした!)

 

嵐山 保津の流れに緑冴え あつさ知らずの氷室風吹く

 

上手いのか下手なのか、よくわりかませんが、自作の和歌を筆書きした短冊を眺めていると、ほんの少しだけ平安貴族気分に浸ることができます。また、氷室にまつわる言葉をあれこれ頭の中で巡らせていると、一度も見たことのない氷室の光景が、夏に涼を運ぶ風物詩としてなんとなく体感でき、世界が広がったような気にもなってきました。

 

これが冷泉夫妻が仰るところの「型」であり、日本人が大切にしてきた季節感と美意識なのかもしれないと、改めて思い知ることもできました。初めての経験となる歌詠み。最初はどうなることかと心配しましたが、終わってみれば冷泉ご夫妻のお話も含め、なかなか体験できない密度の濃い3時間でした。


墨を摺る 墨を摺る

綺麗な字が書けますように。祈るような思いを込め、墨を摺る。



歌詠みの会 歌詠みの会

できあがった歌を一度半紙に書く。手に持った半紙に筆で字を書くのは、机の上で書くのとは勝手が異なり、なかなか至難の業。


公家屋敷として完全な姿で唯一残る、冷泉家住宅を見学



翌日の午後は、通常は非公開の冷泉家住宅の見学です。

 

冷泉家住宅は完全な姿で現存する唯一の公家屋敷で、重要文化財にも指定されている貴重な建物。場所は京都御苑の北側の今出川通りに面し、かつては公家屋敷が建ち並んでいましたが、現在は冷泉家が残るのみです。冷泉家の邸内には「御文庫」と呼ばれる土蔵が建ち、その土蔵内には藤原俊成や定家の自筆本など、冷泉家伝来の国宝や重要文化財指定の典籍類が、平安の昔から大切に保存されています。

 

座敷で為人さんのお話を伺います。

 

「新しい文庫『北の大蔵』の建物が、多くの方々のご支援ご協力で、敷地の北側にようやく完成しました。文化庁は空調を備えたコンクリート建築を勧めましたが、昔ながらの土蔵を選びました。コンクリート建築は100年保ちません。土蔵が400年以上大丈夫ということは江戸時代から残っている蔵で実証済みです。しかも、土蔵は空調を設けなくとも、自ら呼吸する土壁が庫内の温度と湿度を理想な状態で保ってくれます」

 

 





為人さんのお話の後は、貴美子さんの姪で冷泉家の後継者となる野村渚さんに邸内の一部を案内していただきました。

 

座敷棟は西から順に「使者の間」「中の間」「上の間」と広間が一列に連なり、襖を取り外してひとつの大広間として歌会などに使用できるよう、部屋と部屋の間に欄間がないこと、「上の間」の床の間は、行事の際には祭壇にするために、部屋の中央に設けられていること、高貴な方が訪れた際に輿(こし)をその上に下ろすための大きな石が庭に置かれていることなど、公家屋敷の歴史を今に伝える冷泉家ならではのたたずまいは驚きと感動の連続です。

 

冷泉ご夫妻の講話に始まり、和歌の手ほどき、そして冷泉家住宅の見学。和歌を通して日本人が大切にしてきた季節感や美意識を改めて知ると同時に、冷泉家が800年の歴史を通して脈々と守り続け、さらに100年、200年先へ伝えていこうとしている伝統の一端に触れる。「奥嵐山の歌詠み」は心の糧を得る、またとない貴重な経験となりました。
























◆星のや京都「奥嵐山の歌詠み」

 

・開催日       2024年11月30日~12月1日

・料金        1名 50,000円(税・サービス料込)*宿泊料別

・含まれるもの    冷泉為人氏による講話、冷泉貴実子氏による冷泉流歌道の手ほどき、冷泉家住宅の見学

・予約方法      公式サイトにて7日前まで受付

・定員        8名(最小催行人数1名)

・対象        星のや京都宿泊者

・備考        場合により、開催日や開催場所、内容が変更になる場合があります。

 

 

photos by Yukiyo Daido

text by Sakurako Miyao

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