京都の代表的な名所である嵐山の渡月橋から大堰川(おおいがわ)を遡る15分ほどの船旅。国内では2番目の「星のや」として2009年に開業した「星のや京都」を訪れる人は、短い時間ながらも、この船旅で非日常の世界に引き込まれていきます。やがて目の前に現れてくるのは、樹々に囲まれた日本建築。平安貴族が別邸を構えた場所に建つ、趣のある建物で過ごす時間は、「星のや京都」がコンセプトとする「水辺の私邸で時を忘れる」を実感させてくれます。2回にわたる宿泊記の第1回は、そんな「水辺の私邸」の姿をお伝えします。
「星のや京都」宿泊記 その2 「冷泉家当代夫妻の講話と手ほどきを受けて和歌を詠む貴重な体験、『奥嵐山の歌詠み』」の詳細はこちらをクリック
樹々の間に見え隠れする、趣を感じさせる建物。船着き場からは、ゲストを渡月橋へ送る船が出ようとしていた。
大堰川を遡る船旅が、非日常の世界へと誘う
渡月橋の賑わいが徐々に遠ざかるにつれ、渓谷が左右から迫ってきます。保津川下りの船とすれ違い、お互いに手を振り会釈を交わしていると、間もなく船着き場に到着。山沿いの緩やかな坂の先には、門が見えます。時代を感じさせる瀟洒な門は、まさに「私邸」そのもの。
「星のや京都」の前身が、明治創業の日本旅館であり、建物の一部には100年以上前の建築が残されていることを知ると、重ねた歳月だけが醸し出すことのできる味わいに、ひときわ感慨を覚えます。
歴史を更に遡れば、平安時代には嵯峨天皇が離宮(現大覚寺)を造営したことに端を発し、皇族や貴族の別荘地としても栄えたのが、この嵐山界隈。古の人々がこよなく愛した、四季折々の美しい自然は1000年以上の時が流れた今もそのままで、あたかも貴族の別荘に滞在するかのように、大堰川の流れと豊かな自然を心ゆくまで味わう宿、それが「星のや京都」です。
「星のや京都」の主な建物や庭は、門から続くこの石段を上った先に位置する。右手は100年前の建築意匠が残る特別室「月橋」が入る棟。
窓の外の嵐山の景色は、さながら一幅の絵画
見事なまでの樹木の枝ぶりと緑、その向こうに滔々と流れる大堰川、そして荒々しい岩肌が連なる対岸の山裾。舟着き場に最も近い、特別室「月橋」に一歩足を踏み入れると、二方向に大きく開口部が開いた窓からの景色が、あたかも一幅の日本画のように目に飛び込んできます。
夏から秋にかけては青もみじが少しづつ色付き、やがては燃えるような紅葉となり、冬になれば雪が舞う。そんな景色を独り占めすることができます。
窓から身を乗り出し、翡翠色の川面を何気なく眺めていると、水中できらっと光るものが見えます。ほんの一瞬だけのきらめきは、水中で身を躍らせている川魚です。気が付くと、そのきらめきはあちらこちらに。次はどのあたりで光るかな、そんなことをぼんやり考えていると、対岸をトロッコ列車がゆっくりと通り過ぎていきました。その走行音すらどこかしら懐かしく思えてきます。
床の間のしつらいや窓からの景色が最も美しく見える正座の目線を保つことができる「畳ソファ」で寛ぎながら、二方向に開いた広い窓から、嵐山の絶景を堪能する。特別室「月橋」の室内は、100年前の部材が随処に使われている。部屋の広さは69~122㎡で、2~3名での利用が可能。
「月橋」のベッドルーム。特別室「月橋」のほか、「山の端」(3名・60~82㎡)、「谷霞」(2名・42~68㎡)、「水の音」(2名・35㎡)など、客室は4タイプで計25室。
開業以来、微細な変更を加えながらも大筋では変わらぬ朝食の「朝鍋朝食」。たっぷりの旬の野菜を、お出汁にさっと浸していただく。朝食は基本的に部屋出し。朝の清々しい景色を眺めながらの朝鍋で、一日の活力を得る。
伝統とモダン。その二つが絶妙な融合を見せる二つの庭
川岸に沿うように、奥へ奥へと続く「星のや京都」の敷地は、エリアによって表情を変えます。
門をくぐり、船着き場から続く坂を少し上った先に設けられているのが「水の庭」です。滝が運んでくる清らかな水を湛えた池に配されたスクエアな飛び石と、その奥には夏期限定の納涼床が設えられています。荒々しい山肌と岩、そして緑濃き苔が織りなす自然の景色と、人工的な飛び石の形状との対比が、空間により深い味わいをもたらしています。
更に奥へ歩むと現れてくるのが「奥の庭」です。白砂の中に縦に埋め込まれた瓦が、枯山水の砂紋のような風情を醸し出し、その風情は対岸の小倉山を借景として、斬新ながらも奥行きのある、印象的な景色を作り出しています。この「奥の庭」でひときわ目を引くのが、樹齢約400年のオオモミジです。
庭を覆うかのように枝を広げるオオモミジと、瓦が作るモダンなラインが作りあげるコントラストの妙は、四季折々の変化も加わり、「星のや京都」の中でも、ひときわ印象に残る空間となっています。
100年前に作庭された歴史ある庭の意匠を残しつつ、現代的な感覚も取り入れ、水辺の憩いの場ともなっている「水の庭」。木洩れ日が印象的なアクセントとなり、陰影を際立たせる。
白砂に埋め込まれた瓦が砂紋を表し、あたかも枯山水の庭園のような風情を醸し出している「奥の庭」。宿泊客は庭へ入り、自由に散策することができる。
大堰川にせり出すように設けられた「空中茶室」で王侯貴族の気分を味わう
フロント横のライブラリーラウンジも居心地のよい空間です。
とりわけ、滞在中に一度は寛いでみたいのが、ラウンジの外に設けられた「空中茶室」と呼ばれる屋外デッキです。大堰川にせり出すように作られたウッドデッキは、文字通り空中に浮かんだテラスのよう。室内から眺める景色とはまた異なる趣を味わうことができます。
ラウンジに24時間用意された季節のお茶菓子と飲み物を手に、大堰川の流れや対岸の小倉山の景色を眺めていると、かつてこの地に別荘を構えた平安貴族の晴れやかな気分に近づいたかのような心持になります。
また、本のセレクトショップとして人気のある、京都の「恵文社一条寺店」が選んだ、旅の思い出となるさまざまなジャンルの本の中から、お気に入りの本を選んでしばし活字に浸ることもできます。
手にとったのは豆皿の写真集。色絵や染付などの可愛らしい図柄の豆皿を見ていると、明日の午後は新門前にある骨董店に立ち寄ってみようと、旅のプランに新たな行先が加わりました。
ライブラリーラウンジは24時間の利用が可能。飲み物や季節のお菓子をいただきながら、思い思いの姿勢で寛ぐ。窓の外に設けられているのが「空中茶室」。
「恵文社一条寺店」ならではの、ユニークなセレクトとなっているライブラリーの書籍は、部屋への持ち込みも可能。喧噪から離れた非日常の空間は、読書にも最適。
日本料理の基本を守りつつ、斬新な食材を駆使した新しい会席料理
「京都の、しかも自然ゆたかな嵐山の地で召し上がっていただく食事ですから、季節感を大切にした、基本をはずさない会席料理をお出ししたいと考えています。ただ、この『星のや京都』全体の雰囲気が、「和」の中にモダンな要素をうまく取り入れているように、伝統的な手法を大切にしながらも、食材は「和」に捉われず、新しい、時には日本料理ではあまり使われないものも取り入れています」
「星のや京都」の総料理長である石井義博さんは、そう語ります。
その言葉が示すように、「嵐峡の滋味」と名付けられた夕食ではキャビア、クリームチーズ、白ワインなど、洋の東西を問わず自在に駆使された食材が、これまでにない味わいを引き出しています。その一方で、器のなかに季節を取り込んだ繊細な盛り付けは、日本料理ならでは。
夕食専用のダイニングは、基本的には半個室ですが、小人数の場合は割烹の雰囲気を楽しむことができるカウンターを選ぶこともできます。
豆富とクリームチーズを合わせ、白ワインで酸味をつけた白和え地に、さっと湯がいた車海老とシャインマスカットを添え、キャビアをあしらった先付。日本料理の白和えから発想し、車海老に絡ませず、素材の美しさを際立たせた。
シャルドネを用いて蒸した甘鯛と松茸の椀。添えられた緑はターサイの芽。そしてピンク色の粒は、キャビアライムと呼ばれる柑橘類の一種で、爽やかな酸味が特徴。日本料理の王道に沿いつつも、斬新な食材使いが新たな味わいを生む。
「星のや京都」の総料理長を務める石井義博さんは、京都や大阪の料亭などで研鑽を積んだ後、2023年には「星のや」和食部門の総括料理長として「星のや京都」だけでなく、「星のや軽井沢」のメインダイニングの総料理長としても腕を奮う。
静かに更けていく、嵐峡の夜
夕食後、そこここに露地行灯が灯る庭をゆっくりと歩きながら、部屋に戻ります。昼間の景色とはうって変わり、川面は闇に包まれていますが、幸いなことに月夜のようです。
山の端に隠れているのか、月は見えませんが、対岸の岩肌の輪郭が朧げに浮かび上がっています。「月があたかも橋の上を渡っていくようだ」。鎌倉時代の天皇が、感動のあまりそんな言葉を漏らしたことが、「渡月橋」の名前の由来だということを思い出します。古の時代から変わらぬ月の光を浴びながら、嵐峡の夜は静かに更けていきます。
photos by Yukiyo Daido
text by Sakurako Miyao
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