アウトドアを優雅に楽しむ「グランピング」。“glamorous”とcamping“ を組み合わせ、欧米では2000年ころから一般化していたこの言葉が、日本でも聞かれるようになったのは10年程前からのことでした。その先駆けとなったのが、2015年に「星のや」の4施設目とした誕生した「星のや富士」です。日本初のグランピングリゾートとして、開業と同時に大きな話題となった「星のや富士」。河口湖を見下ろすその広大な敷地には、客室(キャビン)やダイニング、クラウドテラスなどがアカマツの森に囲まれて巧みに配置されています。2回にわたってお届けする、「星のや富士」滞在記。第2回目は、狩猟を実際に体験することで、命の大切さや、「食」の循環を身をもって知る「大人の食育『狩猟体験ツアー』」の詳細をお伝えします。
「星のや富士」宿泊記 その1 「大自然に抱かれた日本初のグランピングリゾートで、たき火の炎を見つめる至福のひととき」はこちらをクリック
生態系を壊すまでに増えてしまった鹿は、今や害獣対象に
「星のや富士」で通年にわたってメニューに入っているジビエは、地元の山梨で獲れた鹿やイノシシの肉を使っています。この鹿やイノシシ、実は近年では増えすぎ、農作物に害を及ぼすようになってしまいました。農作物だけではなく、樹皮や植物が食べられることで、森林の生態系が崩れるという深刻な影響も出始めています。
そこで山梨県では狩猟期間と捕獲数を定め、猟師が鹿やイノシシを狩猟で捕獲することを認めています。しかし、捕獲された鹿やイノシシの肉がジビエとして流通するのは、捕獲量のわずか1割程度。残りは廃棄されているのが現状で、それが地域の課題となっています。
「星のや富士」では、ジビエとなる食材がかつては命を持った動物であり、その大切な命を食しているということを、少しでも多くのゲストが身をもって知ることができるように、そして地域の課題解決の一助になるようにと、「狩猟体験ツアー」を実施しています。
猟師に同行して山へ入り、罠に掛かっている鹿を目の当たりにし、その鹿が解体されるのを見届ける。それは、命の尊さと有難さを知る、まさに「大人の食育」です。
狩猟体験前日には、グランピングマスターが森の歩き方を伝授
2泊3日のこのプログラムでは、チェックインした初日に、まず「星のや富士」の施設内を、森に精通したグランピングマスターの案内で歩きます。施設内とはいえ、すでにそこは深い森のなか。鹿や猿も棲息する自然そのものが広がっています。
「これが、鹿の足跡で、ここがけもの道です」グランピングマスターが教えてくれますが、なかなか見分けがつきません。鹿を捕獲する罠は、狩猟区内でこうしたけもの道に仕掛けるそうです。
明日の狩猟体験に備え、グランピングマスターがけもの道や鹿の足跡、森のルールなどを教えてくれる「自然に触れる森歩き」が行われる。
猟歴40年を越えるベテラン猟師による、愉快な座学
狩猟体験は2日目に行われます。案内してくれる猟師は、古屋永輔さん。秋から冬は狩猟ツアーのガイドを行い、夏は本栖湖でダイビングのインストラクターを務める古屋さんの狩猟経験は十数年ほど。師匠のベテラン猟師、滝口雅博さんのもとで修業を重ね、近年、独り立ちをまかされたそうです。
まずは、滝口さんと古屋さんによる、狩猟の座学。山梨における鹿駆除の実状に始まり、山へ入る時の注意、鹿の習性や、罠の仕組みと、その仕掛け方などを教えていただきます。狩猟歴40年を越える滝口さんのユーモアに溢れる話はとても面白く、緊張をほぐしてくれます。30分ほど二人の話をお伺いし、罠を仕掛けた場所まで出発です。
ベテラン猟師の滝口雅博さん(右)と弟子にあたる古屋永輔さん(左)が、身振り手振りで面白可笑しく鹿猟の詳細を語ってくれる。
命が消え肉の塊となり、それが食肉へと様変わりしていく過程は、厳かそのもの
罠には雄鹿が掛かっていました。この鹿を、いかに手早く解体するか、それが最も大切なポイントだそうです。仕留めた鹿を即座に解体し、血抜きもできるだけ早く行うことが、臭みのないジビエとなるからです。
「ジビエとして流通する肉は食肉処理施設で解体されたものです。こうして猟師が自ら解体した肉は、あくまでもプライベートでの食用です」
部位ごとに切り分けながら古屋さんが説明してくれます。「これが肩ロース。臭みがなく柔らかくて美味しいところです。ここが腿肉。しっかりした旨みと噛み応えがあります」
命が消え、肉の塊となり、それが食肉へと様替わりしていく過程は、厳かそのもの。人間がおしいただいているのは、まさしく自然が育んだ命である、ということをまざまざと感じます。また、食用に適さない部位は、ドックフードの原料などに転用されていき、革も再利用されるなど、廃棄する部分はほとんどないそうです。
狩猟捕獲の後に単に廃棄するのではなく、慈しみながら、すべてを大切に扱う。これこそが、命を無駄なくいただくことに他ならない。そんなことを強く思いました。
狩猟体験から戻ったら、古屋さんが夏場のダイビングベースとする建物の2階で簡単なランチ。メニューは古屋さんお手製のカルパッチョ、燻製、そして唐揚げ。どれも熟成保存していた鹿肉で、素朴にして美味。
狩猟体験の日のディナーはあえてジビエ。命の大切さを一口づつ噛みしめる
命の大切さを実感した日のディナーは、あえて「ジビエディナー」が用意されています。
メインで使われる鹿肉は、解体処理後に幾日かの熟成期間を経て、食べごろとなった最上の鹿ロース。低温でじっくりと火入れされたロースは、驚くほど柔らかく、旨みはあるものの、あっさりとした癖のない味。甘酸っぱいブルベリーのソースがよく馴染みます。
このほか、鹿肉の生ソーセージはチーズフォンデユで、クリームパスタには猪のパンチェッタという具合に、ジビエがふんだんに使われた特別メニューです。
狩猟体験をしたその夜にジビエとはと、最初は少し戸惑いましたが、今日の一日を経て、かつて命が宿っていた肉を一口づつ噛みしめ、その味をしっかりと慈しみ感謝することが大切だと気が付きました。まさに「大人の食育」です。
鹿肉の生ソーセージ(サルシッチャ)やたっぷりの根菜類を、白秋ウイスキーを合わせたふくよかな香りのカマンベールチーズにつけて熱々でいただく。山梨の郷土料理であるほうとうの一種をパスタに見立てた、イノシシのパンチェッタのクリームパスタ。
メインの「鹿肉の軽い煮込み ブルーベリーソース」には、山梨産の赤ワインを合わせる。付け合わせは、きめ細かなマッシュポテト(ポムピューレ)。
鹿皮は、山梨の伝統工芸である「甲州印伝」に使用。余すところなく使う先人の知恵に感服
山梨県の特産物のひとつに「甲州印伝」があります。古くは武具に使われ、現代ではハンドバック、がま口、ベルトをはじめ、札入れやブックカバーなどで愛用されている印伝は、じつは鹿の革をなめして染色を施し、漆で模様を描いたもの。かつては日本各地で作られていましたが、現代では山梨にのみ伝わる伝統技法となってしまいました。
狩猟体験ツアーの最後のプログラムは、翌日の午後に予定されている「甲州印伝」の漆付け体験です。この体験を通して、捕獲された鹿は肉だけでなく革までも活用されることを学びます。
漆付けを指南してくれるのは山本裕輔さん。甲州印伝伝統工芸士の称号を持ち、古くからの伝統技術を継承しながら、新しい甲州印伝を創出すべく幅広く活動しています。
鮮やかな色に染められた鹿革は、柔らかく触り心地も滑らかです。好みの色を選び、シルクスクリーンの要領で、漆付けを行います。漆がむらなく鹿革に乗るよう、刷毛替わりの木片に均等に圧をかけることがコツとのこと。
漆を付け終わり、スクリーンをはずした時に現れる精緻な文様はとても美しく、その艶やかさに感動すると同時に、鹿革をこのような美しい伝統工芸品にまで発展させた先人の知恵に感服します。
透かし文様が入ったスクリーン越しに、鹿皮に漆を付けていく。ムラなく均等に漆を乗せることがコツ。
スクリーンの下に予め敷いてあった鹿革に、繊細な模様が漆で描き出される。
漆で模様が付けられた鹿革は、山本さんの工房でがま口や印鑑ケースなど、好みの小物に加工され送られてくる。
「狩猟体験ツアー」で、命の大切さと、それによって生かされている自分に気づく
狩猟の現場まで足を運び、罠に掛かった鹿を実際に見て、その鹿が食肉となる過程を目の当たりにする。夜は、自然に感謝しながら鹿肉をいただき、翌日は鹿革が美しい伝統工芸品へと生まれ変わる現場を体験する。
狩猟を通して、命の大切さを実感し、人間もこうした命によって生かされている自然の一部に過ぎないことを実感する「狩猟体験ツアー」。多くの人に体験してもらいたいと思い、施設を後にしました。
◆星のや富士「狩猟体験ツアー」
・開催日 2026年度は10月〜12月に実施予定。日程等の詳細は施設までお問合せください。
・料金 1名 111,000円(税・サービス料込)*宿泊料別
・含まれるもの 狩猟への同行、解体作業の見学・体験、長靴レンタル、昼食、自然に触れる森歩き(ドリンク提供含む)、ジビエディナー、甲州印伝の漆付け体験、甲州印伝の小物
・予約方法 公式サイトにて2週間前までに予約
・定員 1日1組(1組2~4名)*中学生以上
・服装/持ち物 動きやすい服装・靴
・対象 星のや富士宿泊者
・備考 場合により、猟の方法は変更になる場合があります。悪天候の場合は、内容を一部変更、中止する可能性があります。仕入れ状況により、料理内容が変更になる場合があります。
photos by Natsuko Okada(Studio Mug )
text by Sakurako Miyao
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