「星のや竹富島」宿泊記の第二回は、満天の夜空に煌めく無数の星と、宵闇に包まれ昼間とは趣を変えた集落の景色を眺めながらフレンチを味わう、至極のひとときを紹介します。名付けて「群星(むりかぶし)ディナー」。それは、照明が少なく漆黒の夜空が広がる竹富島だからこそ可能な、贅沢な食体験です。
「星のや竹富島」宿泊記 その1 島に伝わる「ウツグミ」の精神と、流れる時間に身をゆだねる はこちらをクリック
「星見石」で星の動きを観察し、農作業に役立てていた島の人々
島の集落の中心に位置する赤山丘のふもとに置かれた「星見石」。(画面中央の階段下にある、高さ1メートルほどの縦長の石)
日本には現在、4個所の星空保護区が存在し、なかでも竹富島を含む八重山諸島の星空は、第一番目の認定区となっています。
古来、八重山諸島に暮らす人々は、星の動きを丹念に観察し、星の位置で農作業の開始時期などを決めていました。星の位置を観測するのに使われた石は、「星見石」として石垣島をはじめ各島々に残っています。竹富島の赤山丘にある星見石もその一つで、かつては与那国家の畑に置かれていたものといわれています。
グックと同じ珊瑚石灰岩でできた星見石には穴があけられ、その穴から星を観測していたようです。人々が注意を払っていたのは、八重山の言葉で「むりかぶし」と呼ばれる、おうし座の一部の「昴(すばる)」の動きでした。この「むりかぶし」は、八重山地方ではとても馴染みのある言葉で、古謡にもよく登場しています。また、「むりかぶし」は時には星の群れ、「群星」を意味します。「群星ディナー」のネーミングには、そんな背景があります。
「群星ディナー」は、客室前の庭での「星待ちアペリティフ」から
ディナーの始まりは、まずアペリティフから。客室前の庭に、スタッフが手際よくテーブルをセッティングしてくれます。
輝いていた太陽が沈み、空の青が東の方から少しづつ群青へと変わっていきます。西の空にはまだ茜色が残っています。庭を囲む緑も次第に色濃くグックに溶け込みはじめ、咲き誇る花だけが懸命に色を留めようとしています。風はいつの間にか止みました。
気が付くと西の空に一番星が輝き始めています。ロゼシャンパーニュを注いでいただき、アペリティフが始まります。
瀟洒なウッドボックスには、熟成牛コンビーフのタルタル、チーズのサブレなどのフィンガーフードが、きれいに納まっています。よく見ると、ボックスの底には珊瑚の破片が敷き詰められています。その破片を手に、島で過ごした一日を振り返りながらいただくロゼシャンパンの味は格別です。
庭の白砂も色を失い、ランタンの灯りだけが目立つようになってきました。見上げると、見事なまでの星空です。頃合いを見計らい、スタッフが迎えにきてくれました。見晴台へ移動し、ディナーが始まります。
次第に暮れゆく空を眺めながら、ロゼシャンパーニュのグラスを傾ける。
瀟洒なウッドボックスのなかのフィンガーフードが、アペリティフ気分を盛り上げてくれる。
昼から夜へと雰囲気を一変させた見晴台へ向かう
見晴台は「星のや竹富島」の広大な敷地の東南端に設けられています。小高い丘からは「星のや竹富島」の集落全体や、遠くに広がる大海原を一望することができます。遮るものが何もない広々とした景色は、天候や太陽の位置によって刻々と表情を変え、いつ訪れても異なる景観を楽しむことができます。そんな見晴台を貸し切ったゲストだけの空間、それが「群星ディナー」の舞台です。
昼間の見晴台からは、360度遮るものの無い素晴しい景観を楽しむことができる。
雰囲気を一変させた夜の見晴台。夜空の中央の白い靄(もや)のように見えるのが天の川。
眩暈がするほどの圧巻の星空に、ただ息を呑むばかり
先導するスタッフに案内され、見晴台の頂上へ上ると、すでにテーブルがセッティングされていました。
席に着き、見上げるとまさに満天の星、圧巻の光景です。夜空にはこれほどたくさんの星が輝いていたのかと、改めて驚きます。別の方角を見ると、白く長い帯のようなものが空に横たわっています。天の川です。眩暈がするような天空のパノラマに、ただただ息を呑むばかりです。
サービスとして控えていたスタッフの方が教えてくれました。「八重山諸島の島々では、全部で88個ある星座のうち、84星座を見ることができます。また、21個存在する1等星は全部見られます。それほど夜空が暗いということですが、『星のや竹富島』も、この暗さを保つために、上空に向けて光を放つような照明は設置していません」
確かに、屋根のシルエットだけが連なる夜の集落は、オレンジ色の光が点々と続くのみで、集落全体は深い闇に沈んでいます。そんな集落を見晴台から見下ろすと、集落を囲む樹々に接するくらいの低い位置まで、星が降り注いでいるようにも見えます。
特等席でのディナーは、全5品のコースからなる。普段は屋内のダイニングだけで味わう料理を屋外で堪能する。
ダイニングで味わう極上フレンチを星空の下で
スタッフの方々が、細心の注意を払って見晴台まで運んできた料理が、タイミングよくサーブされます。とても、厨房から離れた場所での食事とは思えません。
アミューズの「マグロと牛肉のタルタル キャビアを添えて」の次は、前菜の「車エビと島ニンジンのムースモザイク仕立て」です。車エビとニンジンのムースが交互に規則正しく、まさしくモザイク状に並んでいる様子を、ランタンが美しく照らし出してくれます。車エビの弾力ある食感が、島ニンジン独特の香りと絶妙なハーモニーを醸し出しています。魚料理をはさんだ後の肉料理は「和牛の燻製ロースト 旬の彩野菜を添えて」が登場。丹念に燻製が施された牛肉ならではの、ふくよかな香りが食欲を搔き立ててくれます。
料理長の中洲達郎さんが手掛けるフレンチは、八重山地方特有の医食同源の思想を積極的に取り入れ、島に伝わる食材を駆使すると同時に、フランス料理の技法と新たな発想を用いた斬新な品々。「群星ディナー」に登場する料理も、このプログラムのために考案された特別メニューです。
「群星ディナー」で登場する、「和牛の燻製ロースト 旬の彩り野菜を添えて」(点前)と、「車エビと島ニンジンのムースモザイク仕立て」(奥)。(料理をクリアに見せるため別の場所で撮影)
満天の星空の下で行われる「てぃんぬ深呼吸」
満天の星に見守られながらの至福のひとときが終わりました。集落に灯っていた明かりの数も少なくなってきました。それに反比例するかのように、星の数は一段と増えたような気もします。いつまでも眺めていたい心を抑え、客室へ戻ります。
コーヒーをいただこうと「ゆんたくラウンジ」へ寄ると、プールサイドの芝生に数人の人影が。スタッフの方に尋ねると、プールサイドで毎晩実施されている「てぃんぬ深呼吸」とのこと。それは、30分ほどかけて行われる、快眠に導くストレッチと深呼吸だそうです。適度に絞られた照明の下、誰もが気持ちよさそうに体を伸ばしています。そして、やはりここにも満天の星が降り注いています。もちろん天の川もはっきりと見えます。
お腹もいっぱいなので見学に徹し、明日の早朝に行われる「よんなー深呼吸」に参加することにしました。
「てぃんぬ深呼吸」は、毎晩21時15分から45分の間で行われる。「てぃんぬ」とは、竹富島の言葉で「天の」の意味。ⒸHoshinoya Taketomi
「よんなー深呼吸」で身体を目覚めさせる
「よんなー深呼吸」は、集落から10分ほど歩いたアイヤル浜と呼ばれる浜辺で行われます。浜辺での集合時間は日の出の少し前。空気全体がまだ少ししっとりしているような気がします。
スタッフの動きに合わせて体を動かしていると、水平線の彼方から日が昇り始めました。島の東側に位置するアイヤル浜は、昇る朝日を真正面に受け止めるかたちになります。朝日を受け、水面はきらきらと輝きはじめ、その光はやがて体にも射してきます。はじめのうちはゆっくりだった動きが、次第に軽快なリズムの運動となり、それに伴い身体が目覚めてくるのがわかります。海からの風も爽やかです。
30分ほどのストレッチでしたが、島のエネルギーを存分に体に取り込んだような気がしました。
「よんなー深呼吸」は、6時20分から7時30分の間で、季節に応じ日の出に合わせて行われる。「よんなー」とは、竹富島の言葉で「ゆっくり」の意味。ⒸHoshinoya Taketomi
「幸福感のおすそ分け」をいただいて
石垣島からフェリーで10分ほどの距離に位置する竹富島は外周が約9.2㎞。島には信号もコンビニエンスストアもなく、島の中心部に位置する3つの集落を歩いて巡っても30分ほどと、本当に小さな島でした。
人口はわずか300人強。でも、誰もが島の文化と伝統に愛着と誇りを持ち、それを守り続けることに並々ならぬ努力を重ねていることが、随処で感じられました。
島の集落を巡る白砂の道はゴミ一つなく、きれいな箒目が付けられています。それは島の人々が毎朝、家の周囲の道を箒で履くから。その美しい習慣は「星のや竹富島」にも取り入れられ、施設内の道にはやはり綺麗な箒目がついていました。
「星のや竹富島」がコンセプトとする「ウツグミの島に楽土」。それは当初、施設内で実現されようとしている「楽土」を指すことかと思っていましたが、実は、「星のや竹富島」が島に溶け込み、島と一体となって体現しようとしている「楽土」を意味することに気が付きました。2泊3日という短い滞在でしたが、島のそこかしこで感じられた幸福感の「おすそ分け」をしていただいたような満ち足りた気分で、でも少し後ろ髪を引かれる思いで、石垣島へ向かうフェリーに乗り込みました。
◆星のや竹富島「群星(むりかぶし)ディナー」
・開催期間 2024年7月1日~9月30日(除外日 7月14~28日、8月7~26日、9月11~15日)
・料金 1名 31,460円(税・サービス料込)*宿泊料別
・含まれるもの アペリティフとフィンガーフード、見晴台の貸し切り、ディナー5品
・予約方法 公式サイトにて14日前まで受付
・定員 1日1組(2名まで)
・対象 星のや竹富島宿泊者
・備考 雨天の場合は中止。提供料理には旬の食材を使用するため、
内容が変動する可能性があります。
photos by Kayo Takashima
text by Sakurako Miyao
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