1919(大正8)年に創流され、西洋の花を用いた新しい「笹岡式盛花」を考案したことで知られる「未生流笹岡」。当代家元、笹岡隆甫さんは、伝統的な華道の表現だけでなくミュージカルや狂言など他ジャンルとのコラボレーションを試みるなど、幅広い分野での活動で注目を集めています。京都で暮らす笹岡さんが、月々の花と、その月の京都の風物詩を語る連載「月々の花、月々の京」、一月は「松」と「初いけ式」です。
家々によって異なる、お正月の「結び柳」
家元邸には「桃花亭」と名づけられたお茶室が設けられています。その茶室の床の間の、正月飾りです。茶の湯の正月飾りといえば、やはり「結び柳」。真ん中から少し上あたりに、一枝だけ丸い形が見えます。この枝で垂れ下がっている他の柳の枝を、軽く結わいてあります。結び柳の作り方は、家によって異なります。沢山の枝を束ねてぐるっと大きく結ぶ家もあれば、我が家のように1枝だけを結ぶ場合もあります。柳を輪にして飾るのは、中国の故事に由来します。「無事にまた帰ってきてほしい」という願いを込めて、柳を輪にして旅立ちの時に友に贈るならわしです。これにちなみ、一年の旅立ちである新年に結び柳を飾り、「今年一年、皆が健康に過ごし、また新たな正月を迎えることができるように」との願いを託します。
竹の一重切には白玉椿を添え、柳の下には鈴と香合。ずっと変わらない笹岡家の茶室の床の間飾りです。表座敷には若松を、そして玄関には根引きの松。これも変わることのない我が家の正月風景です。華やかで可愛らしい響きの「桃花亭」という名前は、「未生流笹岡」の家元が、代々「桃流斎」という花号を名乗ることに由来しています。
松竹梅を中心とした京都銀行本店ロビーの「飾花」
銀色にカラーリングされた竹とその根が、圧倒的な存在感を放つ。
京都銀行本店1階ロビーの「新春祝花」も、祖父の時代から長く担当しています。毎年1月4日が営業開始日ですので、3日にいけるのが恒例です。松竹梅を基本として、そこにほかの花材を加え、その年ごとに異なる作品をつくるのですが、正月はお花屋さんも休みですので、年末の休み前までに構想を整え、花材を準備しておかなければなりません。
この年は、根までついた大きな竹を入手し、現代アートのオブジェをも思わせるフォルムの面白さを際立たせるために銀色に着色。そして、松、梅、椿、千両、南天で作品を構成しました。ただ、これだけですと花材が6つと偶数になってしまいますので、仏手柑(ぶっしゅかん)と呼ばれる柑橘類の一種を添え、花材を7種としました。
伝統的な松竹梅をベースとしながらも、そこに現代的な感覚を取り入れつつ、毎年異なる趣の作品を展開する京都銀行本店ロビーの飾花は、新年早々に大勢の方がご覧になることもあり、私自身とても力を入れて、毎年毎年作品をいけ上げています。
いけ花の発祥は、松に対する神聖視
古来、日本人は松を神様の依代とし、神聖な植物として崇めてきた。©Akira Nakata
朝日を浴びて赤く染まる嵐山の松。まさに神が宿るかのような荘厳なたたずまい。©Akira Nakata
松竹梅の筆頭に位置する松は、神の依代(よりしろ)とされ、古より神聖視されてきた樹木です。また、長寿の象徴でもあります。そんな松を日本人は大切にし、自然の風景のなかの松を崇めるだけでなく、家の中に常緑樹ならではの瑞々しい緑を取り入れ、同時に神様も招き入れたいと考えました。そうした思いが、いけ花のルーツの一つです。ですので、松は華道家にとって、とても大切な花材のひとつです。
新年に床の間にいける若松、凛としたたたずまいの根引きの松……。京都の正月風景に欠かせない植物、それが松です。
未生流笹岡では、1月の第二日曜日に「初いけ式」を行うことが恒例となっています。(今年は1月14日)会場は京都市内のホテルの宴会場。全国から集まった「門葉」(もんよう・未生流笹岡では流派に属する方々を、そう称します)の前で、まず家元が初いけを行います。干支や歌会始のお題に因んだ作品です。その後に門葉の代表8名が、若松をいける、というのが毎年の流れです。
「初いけ式」を終えるとまもなく、松の内(京都では15日まで)が明けます。ここから節分を過ぎるころまでが、もっとも寒さが厳しい時期。温暖化とはいうものの、底冷えに震えあがる日々がしばらく続きます。
photography by Takeshi Akizuki
笹岡隆甫 Sasaoka Ryuho
未生流笹岡家元。1974年京都生まれ。京都大学工学部建築学科卒業。2011年、未生流笹岡三代家元を継承。伊勢志摩で開催されたG7会場では装花を担当。舞台芸術としてのいけばなの可能性を追求し、国内外の公式行事でいけばなパフォーマンスを披露。京都ノートルダム女子大学と大正大学で客員教授を務める。近著の『いけばな』(新潮新書)をはじめ、著書も多数。
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