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未生流笹岡家元 笹岡隆甫「月々の花、月々の京」

2023.11.27

【未生流笹岡家元 笹岡隆甫が生ける十一月の花】琳派と紅葉











1919(大正8)年に創流され、西洋の花を用いた新しい「笹岡式盛花」を考案したことで知られる「未生流笹岡」。当代家元、笹岡隆甫さんは、伝統的な華道の表現だけでなくミュージカルや狂言など他ジャンルとのコラボレーションを試みるなど、幅広い分野での活動で注目を集めています。京都で暮らす笹岡さんが、月々の花と、その月の京都の風物詩を語る連載「月々の花、月々の京」、十一月は琳派と紅葉です。

 









酒井抱一の名作を、新たな解釈で空間に再現

 

 

建仁寺の塔頭のひとつ「両足院」でのインスタレーションです。少し前のことになりますが、「琳派400年」を記念し、2015年11月に開催された「京・焼・今・展2015」で、琳派をモチーフとした空間の構成を試みたときの作品です。

 

 

手前は赤く色づいた夏はぜと、まだ緑が瑞々しい夏はぜ、奥は桔梗や薄などの秋草と百合です。畳の上に敷いた石は、手前が「真黒石」と呼ばれるもので、賀茂川上流の八瀬近辺で採れる文字通りの真っ黒な石。京都では玄関先の敷石などに使われています。奥の部屋に敷いたのは枯山水の庭園や神社の庭でよく見かける「白砂」です。

 

このインスタレーションでは、酒井抱一の名作、「夏秋草図屏風」にオマージュを込めてみました。俵屋宗達に私淑した尾形光琳「風神雷神図屏風」の裏に酒井抱一が描いたこの作品は、100年ごとに波のように現れる琳派の系譜を象徴するともいわれています。「夏秋草図屏風」では、雨に打たれた夏草と水嵩を増した川の流れが「雷神図」の裏に、風にあおられる秋草が「風神図」の裏に描かれています。







夏秋草図屏風 酒井抱一筆 夏秋草図屏風 酒井抱一筆

琳派の継承者とされる酒井抱一が19世紀に描いた名品。向かって右側の夏草の裏には「雷神図」が、左側の秋草の裏には「風神図」が描かれていた。現在では作品保存のために、表裏別の屏風に仕立てられている。東京国立博物館蔵・重要文化財・出展Colbase









見る楽しみから、空間として身を置く楽しみへ

 

両足院本堂の右奥にある池を増水した水の流れに見立て、雨に濡れた夏草を緑の夏はぜで表してみました。小さくて見えづらいかもしれませんが、奥の部屋の左上隅あたりには、3枚の葉が浮いています。これは柿の葉です。「夏秋草図屏風」では、風に舞う蔦の葉が、屏風の左上にさりげなく、でもとても効果的に配されています。この風に舞う葉を、柿の葉で再現してみたのですが、とても苦労しました。バランスよく空間に吊るすこともさることながら、色づいた柿の葉は、すぐに丸まってしまいます。丸まらないように、アイロンをかけ、それでも丸くなってしまうので、会期中は毎日取り換えなければなりませんでした。

 

花器は、京都の「長樂窯」で父の三代小川長樂さんのもと修業を重ね、最近では個展も開催している小川裕嗣さんの作品です。樂焼の伝統をふまえながらも、現代的で力強いフォルムの作品は、会場でも確固たる存在感を放っていました。

 

見る楽しみの抱一の作品から、空間として中に身を置くことができる三次元の現代的な琳派空間へ。なかなか大変な試みでしたが、記憶に残る展覧会となりました。





花材として、いけるのが難しい紅葉

 

花材が多くなる秋は、春と同じく、1年のなかでもとりわけ忙しい時期で、展覧会やイベントなどでのいけばなパフォーマンスの依頼も多くいただきます。秋の京都といえば、やはり紅葉となりますが、じつは紅葉は花材としてはとても難しい植物です。「両足院」でのインスタレーションで柿の葉がすぐ丸まってしまったように、紅葉もいけ終えてそれほど時間が経っていないのに、葉先がすぐにカールしてしまいます。紅葉した葉というのは、いわば半ば寿命を全うし、枯れ落ちる一歩手前の葉。ですので、色あせ、葉先が丸まっていくのも早いわけです。私自身も、作品としての紅葉より、やはり野山にあって、最後の命を燃やしている紅葉をしみじみと眺めるのが好きです。









小倉山の紅葉 小倉山の紅葉

見事なまでに赤く色付く紅葉。まさに、最後の命を燃やしているかのよう。百人一首ゆかりの地、小倉山にて。©Akira Nakata







京都の人それぞれが胸に抱く、紅葉の名所

 

 

温暖化の影響か、京都の紅葉の盛りは年々遅くなっているような気がします。11月上旬から中旬だった紅葉が、最近では11月下旬、場所によっては12月に入ってから色付く木もあります。京都には数多くの紅葉の名所があり、京都の人々も、それぞれ自分なりの「紅葉名所」を持っているようです。私は、家の近くということもあり、吉田山から真如堂あたり、つまり東山界隈の紅葉を子どものころからよく眺めていました。「吉田神社」をはじめ、山腹に多くの末社が点在する吉田山は、「神楽岡」とも呼ばれ、標高はわずか100メ―トルそこそこ。気軽に登ることができる山ですし、吉田山から「金戒光明寺」への路は、紅葉が素晴らしい景色を見せてくれます。また、学生生活を過した、京都大学の北部構内の銀杏並木も、11月の半ばには黄一色となりとても見事です。銀杏特有のあの匂いもまたご愛敬、といったところでしょうか。





真如堂 真如堂

紅葉の名所として知られる「真如堂」。紅葉を手前にして仰ぎ見る三重塔をはじめ、参道、本堂裏などがとりわけ美しい。「真如堂」の正式名称は「真正極楽寺」。10世紀末に開創された天台宗の寺院。©Akira Nakata

              


紅葉の季節が終ると、京都も師走を迎えます。北山あたりにかかっていた灰色の雲が流れてくると、ついさきほどまで青空が見えていた京都の街中でも、冷たい時雨が瓦屋根を濡らします。観光客の数も少なくなり、ほっと一息つくのも束の間、気が付くと年越しも間近にせまり、なんとなく気ぜわしくなってきます。




笹岡隆甫(ささおかりゅうほ)  笹岡隆甫(ささおかりゅうほ) 

photography by Takeshi Akizuki

笹岡隆甫 Sasaoka Ryuho

 

未生流笹岡家元。1974年京都生まれ。京都大学工学部建築学科卒業。2011年、未生流笹岡三代家元を継承。伊勢志摩で開催されたG7会場では装花を担当。舞台芸術としてのいけばなの可能性を追求し、国内外の公式行事でいけばなパフォーマンスを披露。京都ノートルダム女子大学と大正大学で客員教授を務める。近著の『いけばな』(新潮新書)をはじめ、著書も多数。



Text by Masao Sakurai(Office Clover)

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