「トゥールダルジャン」はフランス料理の歴史そのもの
パリの「トゥールダルジャン」と言えば、1582年にセーヌ河畔のサン・ルイ島に出来た旅籠に発祥の起源を持つ、フランス最古のレストランである。
時の国王アンリⅢも足を運び、ロシアやプロイセンの皇帝も訪れた。1789年のフランス革命時に競売に出された際に買い取ったのはナポレオン専属の料理人だったル・コックである。
以後、様々な人の手に渡りながらも、フランス食文化の中心となってフランス料理を牽引してきた。
20世紀に入り、フランス料理の革命者オーギュスト・エスコフィエの推薦のもと、店のオーナーとなったのが初代アンドレ・テライユ氏である。2代目のクロード・テライユ氏時代の1984年、海外で唯一の支店となる「トゥールダルジャン 東京」をホテルニューオータニ内にオープンした。現在、仏日双方の舵を握っているのは3代目のアンドレ・テライユ氏である。
発祥こそフランス最古のレストランではあるけれども、料理は絶えず進化を遂げてきた。「トゥールダルジャン」はフランス料理の歴史そのものと言える。
グランメゾンの優雅、ここに極まれり
「トゥールダルジャン 東京」はホテルニューオータニのロビィ階に位置する。その入り口からして異次元だ。
ブルボン王朝を象徴する濃紺のエントランスは暗転した回廊で、気高い館に吸い込まれるような感覚に人を陥らせる。一転して深紅のウェイティングルームの高貴さといい、ルイXⅤ世のロココ時代を表現した柔らかくシックなダイニングルームや優雅な調度品の数々は、この贅沢な空間にいるだけで夢見心地で非日常的な高揚を覚えさせてくれる。
これだけのレストラン空間は、日本ではまったくもって類のない唯一のものである。
ゲストを迎えてくれるのは、全員がフロックコートを着用したサービスの面々だ。これほどの格式もまた稀有なのだが、彼らの所作は実に柔和で、ゲストに緊張感などは微塵も抱かせないところが見事だ。
グランメゾンの優雅は、ここに極まれりというところだろう。
トゥールダルジャンの名物、ガチョウのフォワグラ。
ガチョウのフォワグラの魅惑
先日、「トゥールダルジャン 東京」にて、小さな晩餐会が開かれた。その時の様子を報告したい。
最初に供されたのがシャンパーニュ「トゥールダルジャン ブリュット ブラン・ド・ブラン」である。グラン・クリュに格付けされたシュイイ村のシャルドネ100%で造られ、パリ本店と東京店でしか味わえない。クリーミーな泡立ち、爽やかな酸味、奥深い香ばしさ……実に上品で素晴らしいスタートだ。
いくつかの皿を紹介しておく。
一品目の前菜が「オマール海老のカルパッチョ オシェトラキャビア添え」は、ボイルした半生のオマール海老にキャビアを載せた贅沢なカルパッチョだ。賽の目切りにした彩り豊かな旬野菜にケッパーのアクセントを添えて軽やかに仕上げている。
続いて、名物の一つ「トゥールダルジャン特製 フォワグラ三皇帝」。1867年、ロシア皇帝アレクサンドルⅡ、皇太子アレクサンドルⅢ、プロイセン国王ヴィルヘルムⅠ(後のドイツ皇帝)ら、3人の皇帝が一つのテーブルで会食をしたエピソードに因んだシグネチャーメニューだ。トリュフをたっぷりと包み込んだフォワグラは、鴨のものではなくガチョウのものであるところが非常に珍しい。
鴨のものよりもねっとりと濃厚なフォワグラと官能的なトリュフの合体は、舌の上で溶けてゆき恍惚を呼ぶ。これに合わせたのはソーテルヌのグラン・クリュ「シャトー・ドワジィ・ヴェドリーヌ」。貴腐ワインであるから、芳醇な甘味や果実味と酸味とミネラル感が折り重なり、口中でフォワグラに出遭うと複雑で濃密な旨みを引き起こした。ちょっとした小爆発である。
「フランス産舌平目のムニエル ショワジーソース」は、香ばしく焼き上げ、ルビーグレープフルーツとティムットペッパーをからませた。ショワジーソースは、レタスの旨味がクリームに溶け合い、ムニエルに合わせると意表を突かれるほど斬新な驚きをもたらしてくれる。
料理長は日本に二人しかいないM.O.F.
料理長のルノー・オージエ氏は、2013年の就任だというから、来日して今年で13年目となる。日本には二人しかいないM.O.F.(国家最優秀職人章)のうちの一人である。日本で言えば、人間国宝みたいなものだ。
過去の彼の発言を見ると、この長い日本滞在のうちには、日本固有の食材からはいたくインスピレーションを得たようだ。フランス料理とはいえ、ソースは軽やかで、食材固有の旨味の引き出し方については際立った手腕の持ち主なのである。
トゥールダルジャンの代名詞とも言うべき「幼鴨のロースト マルコポーロ」。
メインの最後は、トゥールダルジャンの代名詞とも言うべき「幼鴨のロースト マルコポーロ」である。幼鴨をローストし、クリーミーかつ胡椒の風味豊かなソースをあわせたシグネチャーメニューは、この鴨を食べることの憧憬を食べ手の中に灯し続けてきた。
合わせたのは深紅の「ドメーヌ・ル・サン・デ・カイユ」。南ローヌのこの赤は、タンニンと果実味が豊かで力強い。薫香のする幼鴨のローストとの相性は抜群だった。
約1000種を誇るワインカーブからのセレクトには並々ならぬものがある。
トゥールダルジャンだけのために焼かれたパン
ひと言付け加えるとすれば、食間に提供されるパンが非常に美味しいことだ。プチバゲットやカンパーニュ風のもの、すべてはトゥールダルジャンのためだけに焼かれたものである。食べ過ぎてしまって困った。
締めのデザートは「ショコラマンジャリのムースとピスタチオのアイスクリーム」。ショコラマンジャリとはマダガスカル産のブラックチョコレートで、フランボワーズを思わせる華やかな酸味があるが、そのムースの中にサクランボ、イチゴ、ラズベリーのコンポートを仕込んだ凝ったものだ。添えられたピスタチオのアイスクリームとのコンボは大団円に相応しい。
この晩餐で、筆者はオーナーのテライユ氏の臨席という光栄に浴した。長身で美丈夫の氏は、母方がフィンランド人であることから、大のサウナーだそうである。フィンランドでは、カンカンに体を温めてからアクアヴィットをあおって冷たい海に飛び込むのが最高なのだそうだ。「東京にいいサウナはある?」と聞かれたが、思い浮かばなかった。
「Ma provence~マ・プロヴァンス」で出される予定の「スズキのグリエ 黒オリーブソース」。
この夏の2つのスペシャル企画
さて、「トゥールダルジャン」には、この夏、2つのお愉しみが待っている。
一つは南仏を旅するかのような新作メニュー「Ma provence~マ・プロヴァンス」の美食体験を2026年7月1日(水)~8月23日(日)の期間限定でランチとディナーの両方で提供する。
メニューには「「スズキのグリエ 黒オリーブソース」や「幼鴨のロースト エピス香る燻香夏野菜のソース」などが供される。前者は世界中の美食家に愛されるイタリア産「タジャスカ種」のブラックオリーブで作る特製のソースだ。後者はシグネチャーメニューの夏季バージョンで、スパイスを効かせたソースが添えられる。
もう一つはホテルニューオータニ大阪の今年開業40周年を記念して、「トゥールダルジャン東京 SPECIAL 2 DAYS~Héritage et Évolution~」を2026年6月13(土)・14(日)の2日間限定で、フランス料理「SAKURA」にてランチとディナーの両方で開催される。ワインとの最上のマリアージュも愉しめる。ルノー・オージエ料理長とサービススタッフが大阪に集結するまたとない機会である。
◆「Ma provence~マ・プロヴァンス」
ランチ:¥15,000、¥25,000
ディナー:¥25,000、¥38,000
※いずれも飲み物、サービス料別
問い合わせ:TEL03-3239-3111(「トゥールダルジャン 東京」直通)
定休日:月・火曜日定休(月曜祝日は除く)、水曜はディナーのみ営業。
◆開業40周年記念「トゥールダルジャン東京 SPECIAL 2 DAYS~Héritage et Évolution~」
ランチ:グラスシャンパーニュ付 ¥40,000/ペアリングワイン付 ¥50,000
ディナー:グラスシャンパーニュ付 ¥60,000/ペアリングワイン付 ¥100,000
※いずれも飲み物、税サ込み
問い合わせ:TEL06-6949-3246(フランス料理「SAKURA」直通)
Toshizumi Ishibashi
「CREA」「CREA Traveller」元編集長
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