細川亜衣の料理はまさにアート作品のようである。料理の澄んだ色や姿は美しく、その味わいは優しく奥深い。きっと口にした人は幸福感に満たされるであろう。
今回紹介してくれたのは、「とにかく美味しい!」と細川が太鼓判を押す豆を使ったレシピである。大学卒業後、20代前半から30代後半まで、日本とイタリアを行き来しながらイタリア料理に触れていた細川にとって、豆料理は身近な料理である。「日本で豆料理と言えば煮豆をイメージされるかもしれませんが、この豆は肉や魚にも勝る存在感があります。ビーフシチューなど、塊肉の料理に加えても、必ず皆口を揃えて『この豆美味しい』と言います。逆に、豆のゆで汁に塩を振るだけでも極上のスープにもなるのです」。
シタカラ農園のさくら豆。
その土地の恵みを存分に吸収した食材を
心からゆっくりと味わう
この豆との出会いは「タネカら商店」の十河(そごう)知子との付き合いからはじまった。「タネカら商店」は自然栽培の食材をレストランや小売店への卸を中心に行う八百屋であり、信念を持って野菜づくりを行う農家の逸品を取り扱っている。一般消費者はオンランショップを利用するか、毎週土曜日に代々木上原のパン屋「カタネベーカリー」のお隣の雑貨屋「アコテ」前で朝市を行っている。
この豆は「タネカら商店」が、北海道釧路「シタカラ農園」の勝水喜一から仕入れている。「勝水さんは自然栽培農家であり、冬は伐採木に命を吹き込む木工作家としても活躍されています。種や土の循環、コロナ前は廃油をバイオ燃料に改良するなどを積極的に行うなど、自然との共存を目指しながら、野菜や豆が持つ美味しさを引き出す試みを行っています。特に豆は種類が豊富で、そして何より格別に美しい」と十河は語る。農家なのに木工作家? 勝水喜一とはどんな人なのか興味が湧く。「農家も木工作家も本業です。二足のわらじと言う言い方がありますが、私の場合は2つで1足です」と勝水は語る。
白く輝く「銀手亡」。
「農家と木工作家は自然を相手にする仕事という点では共通する部分があり、それぞれが影響し合って、より多くを学べているように感じます」。釧路出身の勝水は元々木工作家として活躍しており、工房の前に広がる耕作放棄地を何とかしたいという思いを抱えていた。そこで思い切って10数年前から農業を始めたと言う。当時注目され始めていた自然栽培に関心があり、ナチュラル・ハーモニー代表の河名秀郎から指導を受けてその術を身に付けた。ナチュラル・ハーモニーは、自然栽培の野菜やお米、天然発酵の味噌や醤油、無添加食品を販売・企画をしている自然栽培のパイオニアとも言われている。「無農薬が自然栽培と思われがちですが、自然栽培は外からは何も持ち込まず、その土地が持つ自然や土を生かし、自家採種をし、そして植物自体が持つ力を引き出していく農業のことです。もちろん肥料や農薬は一切使用しません。この自然を尊び、自然の力を借りながら生み出される味は、その土地ならではの味わいです。シタカラ農園の豆はだから美味しいと皆に言っていただけるんです。自分ではよくわからないのですが嬉しいことです」と語る勝水は、日本古来の豆の生育に挑戦し、次世代への伝承にも貢献している。
その地域の土や気候が作り出した恵みを丁寧にいただくことは、まさに命を尊ぶこと。細川はいつも生産者や販売者の思いを大切にし、感謝の心を口にする。いい素材があれば余計なものはいらないと細川は語るが、まさに自然の恵みに勝る手技はないのかもしれない。細川の丁寧な仕事と感性は、素材への慈しみや生産者への感謝の気持ちから生まれ、それゆえに心に染みるのであろう。
細川家の庭の風景。満開の藪椿と雪柳。
(敬称略)
豆の基本の下ごしらえ
好みの豆(小豆以外)
水
豆は洗って器に入れる。
たっぷりかぶるくらいの熱湯を注ぎ、粗熱が取れるまでおく。
ややふくらんだら、豆にたっぷりと水がかぶっていることを確かめ、豆が顔を出しているようなら熱湯を足す。
蒸気の立った蒸し器に入れ、強火で40〜60分ほど、豆が芯まで柔らかくなるまで蒸す。
*豆は熱湯で戻してから蒸すことで、皮がやぶれず、ふっくらと火が通り、また汁に豆の味や香りが逃げすぎることなくとてもおいしくなる。鍋に入れてふたをし、150℃のオーブンで蒸し煮にしてもよい。
菜花と豆(4人分)
銀手亡 100gの乾燥豆を上記の方法で下ごしらえしたもの
菜花 1把
葉玉ねぎの軸 1本分
赤唐辛子 1〜2本
オリーブ油 たっぷり
塩
菜花は洗ってたっぷりの水にひたしておく。
鍋に菜花、葉玉ねぎの軸、赤唐辛子を入れる。
柔らかく蒸した銀手亡とその蒸し汁を少し加え、塩をふる。
全体が艶々するくらいたっぷりとオリーブ油を回しかけ、ふたをして中火にかける。
音がしてきたらごく弱火にし、時々混ぜながら菜花の色があせ、全体がとろりと柔らかくなるまで煮る。
塩味をととのえる。
*かりっと焼いた田舎パン、豚肉のグリルなどとよく合う。ここでは、豚ロース肉ににんにくとローズマリー、オリーブ油をまぶしてからフライパンで焼いたものを合わせている。
トマトと豆のサラダ
トマト 適宜
さくら豆(その他、好みの豆) 適宜
葉玉ねぎ 適宜
イタリアンパセリ 適宜
オリーブ油
赤ワインビネガー
粗塩
トマトは好みの形に切り、器に盛る。
蒸したさくら豆は、ゆで汁をざっと切って散らす。
葉玉ねぎの薄切りと、粗く刻んだイタリアンパセリを散らす。
オリーブ油、赤ワインビネガー、粗塩であえる。
今回のお取り寄せ
豆
静心
細川亜衣がセレクトする食材や商品を取り扱うオンラインショップ。
商品:貝豆・白花豆・みどり貝・銀手亡など、200g
価格:880円(送料は別途)
購入方法:オンラインショップで購入可能
細川亜衣 Ai Hosokawa
料理家。熊本・taishojiにて料理教室や料理会などを主宰。「トースト」(BON出版)、『料理集 定番』(アノニマ・スタジオ)、「旅と料理」(cccメディアハウス)、「taishoji cookbook 1.2」(晶文社)を発売中。
Photography by Ai Hosokawa
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