夏だ。うなぎである。江戸時代、平賀源内によって考えられた名コピー「土用の丑の日」も近い。今年は7月30日土曜日だ。そこでバッシーにうなぎ屋について尋ねたところ、一押しの東京のうなぎ屋といえば南千住の「尾花」だとのこと。予約不可、開店時間より1時間半前には到着して並び、下足番のおじさんに履物を預け、座敷に通されてからさらに1時間。待つだけのことはある、ありがてぇうなぎ屋「尾花」の巻だ。
「尾花」のほか、ここははずせない!という、うなぎ店3選は以下へ!
南千住「尾花」で、悶絶級の品々を食す
満を持して、うなぎの季節の到来である。とはいえ、夏のうなぎは状態が悪いし、また、夏のうなぎ屋は人気店であればあるほど、争奪戦となる。
筆者は方々でうなぎを食べてきたが、とても難しい食材であることを痛感する。以前、うなぎの名産地に寄った時に、現地でいちばんとされる店に行った。しかし、そこで食べたうなぎは蒸したものなのに硬く、全体として旨さにはほど遠く、がっかりだった。産地に近けりゃいいってモンじゃねえんだなと思った。肝腎なのは、改めて言うまでもなく職人のウデである。エラそうで申し訳ないが。
うなぎ食すなら東京か、名古屋か
東京には「尾花」あり
「串打ち三年裂き八年火鉢一生」と言われるのがうなぎなのである。正確に串を打てなければ、表面が波打ってしまい焼きムラが出てしまう。脂の多寡によるうなぎの状態を見極めて、焼き方も変えなければならない。熟達した者でなければ、うなぎは上手く焼けぬ。
やはり、調理の仕方がまるで違うが、東京と名古屋がうなぎに関しては双璧なのだろう。大阪や高知のうなぎもなかなからしく(食べたことがない)、九州の人吉で食ったのは旨かったが、ひとまずは、筆者がよく食べてきた東京と名古屋を俎上に載せることにさせてもらう(名古屋は次回に)。
うなぎと言えば、まっさきに挙げるべき文人は、歌人の斎藤茂吉である。なにしろうなぎにハマった24年間で、およそ千匹を胃袋に収めてしまったという。うなぎは彼の旺盛な創作を支えたパワーの源泉でもあったらしい。一作だけ引いておく。
ゆふぐれし机の前にひとり居りて鰻を食ふは楽(たぬ)しかりけり
彼の切れ味鋭い凄絶な歌に比べると、なんとも呑気な歌だ(苦笑)。筆者(私)は無為徒食の輩なのだが、少しぐらいは教養のカケラというものがあることを書いてみた(笑)。
「いまさら尾花かよ」というなかれ。
それでもうなぎは尾花だよ!
さて、今回取り上げる「尾花」である。「いまさら尾花かよ」という声が聞こえてきそうだ。新味がなくとも、ここを取り上げたい。
筆者は36年前に某出版社に入社したのであるが、その会社には食べ物に一家言ある先輩がうじゃうじゃいた。そこで忘れもしない、「うなぎと言えば、尾花だよ」という言葉を聞いたのである。しかし、南千住はなかなか気合を入れないと行けない場所であるから、それから30数年間もその金言をほったらかしにしておいたわけだ。
う巻や焼き鳥すら、バカバカしいほど旨い
で、行ってみてどうだったのか――。あまりの旨さに卒倒しそうになった。悶絶級の旨さであった。それを食したことの感動が、この先何年も残るような、それほどのものだった。
まず、「うざく」、続いて「う巻」を食べた。「うざく」を一口、ウウッとそのうなぎの香ばしさと酸味の程よい加減にうめき、「う巻」の卵焼きのビタリ丁度よい甘さと甘辛いうなぎの完璧なコンビネーションに驚いた。ただの「う巻」なのに、バカバカしいほど旨い。
次に食べたのが「焼鳥」であるが、なぬー、こんなに旨い焼鳥が人生であったかねってくらいの代物だった。なんという肉の柔らかさか。焼きは完璧で、タレが実にいい。そうとは知らずに食べたので、衝撃はなお一層のものがあった。しばし、陶然……。炭火の扱いに熟達すれば、焼く食材は問わないということなのだろう。
貴婦人のごとき白焼からの~
色っぽいうな重登場
前菜の段階で満ち足りてしまったようなものだ。まだまだこれからだと言うのに。続いて「白焼」を一人前。その美しい姿。白衣(しろぎぬ)をまとった貴婦人かよ。ふっくらと蒸しを入れ、焼かれた乳白色のうなぎは、表面はカリっと絶妙な塩気をまとい、中は柔らかくうなぎの旨味が充満している。これまでの人生で最高のものだろ。誰もが、白焼に対する人生観(!)が一変するはずだ。
最後に運ばれて来たのが「うな重」なのだが、蓋を開けるとどデカいうなぎの蒲焼がお重の中に2列でみっちりと納まっている。余りにも見事な、うっとりするような焼き色だ。焦げ目はどこにもない。ツヤっとしたその姿は艶めかしいとさえ言える。
まずはうなぎだけを食べてみる。甘すぎないタレは、うなぎの香ばしい旨味と混然一体を成している。そして、実に柔らかい。次に、硬めのご飯と共に頬張れば、うおー、天にも昇る心地がした。旨みの霹靂一閃(へきれきいっせん)、ガツンと脳天まで突き抜けるような衝撃です(以上、まったくの誇張なしです)。
世間では「東の尾花、西の野田岩」と、二店は両横綱のように並び称される。野田岩の焼き色も確かに素晴らしいし、ある意味、完璧なうなぎであろう。あえてその差異を表現するならば、尾花はダイナミックで野趣溢れるものだが、野田岩はソフィスティケイトされた都会的なものかもしれない。もちろん、技術力と旨さにかけてはどちらもいい勝負だ。
日本人にとって、うなぎは「ハレ」の食べ物なのである。帰り道には間違いなく気分はアゲアゲになる。「尾花」未経験の方は、頂点の愉楽をまだ味わっていないわけで、それはハッピーなことでもある。ぜひともプラチナシートを目指して頑張っていただきたい。予約不可なので、開店何時間前に行けばいいかは、いろんな情報を調べてみてください。ファイト!
次回予告。
東京で食す、仁義なき旨いうなぎ店3選を贈る
夏になると、うなぎ。7月に入りどのうなぎ店も盛況だという。しかし確実に旨いうなぎを食べたいと願う諸兄のため、東京でこれは、とバッシーが思う、うなぎ店3選をセレクトしてもらった。果報は寝て待て。次回も乞うご期待。
尾花
東京都荒川区南千住5丁目33-1
03-3801-4670
営業時間:水曜~金曜11:30~13:30、16:00~19:30 土・日・祝11:30~13:30、16:00~19:30
予約不可。
定休日:月曜日・火曜日
「これを食べなきゃ人生ソンだよ」とは
うまものがあると聞けば西へ東へ駆けつけ食べまくる、令和のブリア・サバランか、はたまた古川ロッパの再来かと一部で噂される食べ歩き歴40年超の食い道楽な編集者・バッシーの抱腹絶倒のグルメエッセイ。
筆者プロフィール
食べ歩き歴40年超の食い道楽者・バッシー。日本国内はもちろんのこと、香港には自腹で定期的に中華を食べに行き、旨いもんのために、台湾、シンガポール、バンコク、ソウルにも出かける。某旅行誌編集長時代には、世界中、特にヨーロッパのミシュラン★付き店や、後のWorld Best50店を数多く訪ねる。「天香楼」(香港)の「蟹みそ餡かけ麺」を、食を愛するあらゆる人に食べさせたい。というか、この店の中華料理が世界一好き。別の洋物ベスト1を挙げれば、World Best50で1位になったことがあるスペイン・ジローナの「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」。あ~、もう一度行ってみたいモンじゃのお。
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