光る君へ 第36回「待ち望まれた日」あらすじ&今週も言いたい放題
彰子さま、無事ご出産。臨場感満点の出産シーンと、祝いの宴での公卿たちの乱痴気騒ぎは、すべて『紫式部日記』の記述から
今週のお当番のM男です。ついに彰子さまご懐妊です。決死の金峯山詣が寛弘4年(1007)の8月で、ご出産が翌年の9月ですから、タイミングはドンピシャ。多くの人々が、金峯山詣のご利益だと思ったことでしょう。そして臨場感たっぷりの出産シーン。ほとんどホラー映画、という場面もありました。それもこれも『紫式部日記』に書き記されているからこそ。『源氏物語』の一方で、こんなルポルタージュも書いていたなんて、まひろ偉すぎです。
4Fそれぞれの思惑。 コラッ!行成!調子のいいこと言ってんじゃねぇぞ!!
出産の場面が今回の山場でしたが、そこに至るまでの宮中の人々の思惑がなかなか丹念に描かれていました。
4Fの面々が酒を酌み交わしながら、中宮の子が皇子だったら、という話をしています。皇子か皇子でないか、斉信は面白半分かつ興味津々ですが、聡明な公任は、皇子だったら面倒なことになることを予感しています。一条天皇と定子との間の子である敦康親王が、道長にとって邪魔になるからです。
行成は「道長さまが敦康親王の後見を止めるようなことはしない」と。このところ、だんだん面構えが悪くなってきている道長は、嫌そうにこの話題を打ち切ってしまいました。そして、敦康親王は敦康親王で、皇子が生まれたら自分はどうなるかをすでに察しています。
M男は、このところ関連本を買い込み、にわか勉強していますので、道長や行成が今後どういう行動を取り、それに対し彰子がどんな態度を示し、敦康親王がどうなっていくのか知っています。「行成、調子のいいこと言ってんじゃねぇよ」と、突っ込みをいれたいのですが、これ以上はネタバレになるので書きません。とにかく、伏線がいっぱい!!
白居易の「新楽府」も出てきました。いつぞや、道長が一条帝に献上した漢籍です。彰子さまは一条帝の心に少しでも近づきたいと、まひろを先生にしてコソ勉を始めます。帝には内緒のつもりですが、あんなオープン空間で素読なんかしていたら筒抜けなのに……。
「新楽府」は、白居易の手によるものでも、有名な「香炉峰の……」のような当時の貴族が好んだ詩ではなく、かなり硬派な内容の書物だそうです。そんな漢籍を勉強したいなんて、よほど彰子は一条帝に近づきたかったのでしょうね。勉強は2年間も続いたとか。実は芯が強い女性だったのでしょう。このところの変身ぶりも含め、好感度抜群です。
阿鼻叫喚の現場で、ひとり冷静に周囲を観察するまひろ
クライマックスのお産です。誰しも一番驚いたのは、何人もの巫女装束の女性が髪を振り乱し、泣き叫んでいるシーンなのではないでしょうか。
にわか勉強のM男が仕入れた知識によると、あの女性は「憑座(よりまし)」と称され、彰子に憑かんとする物の怪を、自らが囮となって自分に憑依させ、傍らに付き添う高僧たちが、その物の怪を調伏(ちょうぶく)するという、いわば身代わりのお役目です。流し雛などの由来もそう。つまり、人形に厄を移し、それを流すことで厄払いをする、という考えかた。
それにしても、メチャ凄かったですね。まさに阿鼻叫喚。「道長っ」と叫んで気絶した憑座がいましたが、彰子だけでなく道長を呪う物の怪も出現したのでしょう。で、その物の怪を呪詛で呼び寄せていたのが、伊周だったということ。道長の面構えは悪くなるし、最近の伊周は、もう目がいっちゃっているし、やっぱり怖い平安貴族の権力闘争、という感じがありありです。
そんななか、独りまひろだけが、冷静に物事の推移を見つめていました。道長からお産の一部始終を記録してくれ、と頼まれて始めたのが『紫式部日記』です。男性が記す公式記録としての漢文よりも、自らも出産の経験のあるまひろが、産室のすぐ隣で見聞きしていたことを、しかも「やまと言葉」で記したわけですから、リアルそのもの。
現存する『紫式部日記』が、お産のために彰子が実家の土御門邸に戻ったころの記述から始まっているのも、日記の役目が彰子出産の記録だったことを物語っています。この仔細な記録が残っているからこそ、当時のお産のようす(極めて身分の高い女性のですが)が分かり、映像化もできたのでしょう。本当に素晴らしい。
道長の顔は立てるものの、一条帝はやっぱり第一子の敦康親王が大事?
無事出産。しかも皇子です。なんと36時間に及ぶ難産だったそうです。祈りながらだれしも、お産で命を無くした定子のことを思い浮かべていたことでしょう。
ここで、素朴な疑問をひとつ。阿鼻叫喚の出産から、無事出産後は転じて讃美歌にも似た、清らかな音楽が流れていました。状況にマッチしていたので、とても良いと思ったのですが、流れていた美しい女性コーラスは、いったい何語だったのでしょうか? 聞き取ろうと、耳をそばだてても、何語かわからず……。まさかラテン語? 素敵な雰囲気だったので、文句を言っているわけではなく、ただ、何語だったのか知りたいだけですが……。
ちなみに一条帝の第一子、つまり敦康親王誕生のときは、一条帝の喜びの声が、いくつかの資料に記録されているのに対し、今回の敦成親王の誕生に関しては、一条帝の喜びの声が残っていないようです。道長のパシリと化している行成の『権記』でも、敦成親王の誕生に関しては、すごくあっさりと記されているだけです。
一条帝にとっては、やはり定子との第一子が可愛いのでしょう。でも、そんな一条帝も、土御門邸に子どもの顔をみるためにやつてきます。天皇が、臣下の屋敷に行幸することは、極めて稀だそうです。子ども見たさというより、道長に気を使ってのことでしょう。
同じ目的のために奮闘したまひろと道長は、今や同志状態?
さて、まひろと道長です。ひとつの柱にお互いがもたれかかって、何やらよい雰囲気ではありませんか。
中宮懐妊という同じ目的に向けて奮闘した二人ですから、戦いを終えた同志みたいな気分なのでしょう。それにしても、大胆すぎというか、二人を覗き見していた左衛門の内侍ならずとも、あの二人は怪しいのではと、疑う人が出てきてもおかしくはないはず。道長は、もう開き直っているのでしょうか。
前回の最終場面といい、今回といい、このところ、まひろと道長が逢うシーンは、なんだか月が出ていることが多いような気がします。もしかして、道長といえばかの有名な、「望月の欠けたることのなしと思へば」の和歌への伏線かと勘繰ってしまいます。
この歌が詠まれるのは、この時からちょうど10年後。もう少し先のことですが、そこまでドラマは引っ張るのでしょうか。残り3か月となった今、エンディングはどうなるのか、それも少し気になり始めたところです。
平安貴族の館の雅な様子かと思いきや、じつは隣では酔っぱらった公卿たちのドンチャン騒ぎ
「今日は無礼講」。道長のかけ声で、宴会が始まりました。敦成親王が50日まで無事に育ったことを祝う宴です。
みんな酔っぱらっています。女房たちを覗こうと几帳の綴じ目を引きちぎってしまった右大臣、廊下の隅で女房相手に何やらよからぬことに及んでいる隆家。公卿たちの乱痴気騒ぎは、みんな『紫式部日記』に書かれてしまっています。
いつの時代もいますよね。飲み会でみんなが酔っぱらって盛り上がっているのに、独りだけ素面で周囲を観察し、ずっと覚えていて、「○○さん、この前はこんなことしてましたよ」って言う人。怖っ。
笑えるのは、女房の十二単の袖を触っている実資です。てっきり袖口から中を覗こうとしているのかと思いきや、有職故実にうるさい彼は、じつは女房の襲の色を観察していたそうです。秋山竜次さんの実資は、そう見えないところがメチャ可笑しい。そして公任さまの「このあたりに若紫はおいででしょうか」の戯言。この一言が残されていることで、文学史的には『若紫』の巻が1008年には成立していたことの有力な証拠になるそうです。酔っぱらっていたとはいえ、ナイス発言です、公任さま。
ここで面白い画像をひとつ見つけました。東京国立博物館が所蔵している『紫式部日記絵巻断簡』の「五十日の祝い」。まさに乱痴気騒ぎの夜です。敦成を抱いているのが倫子、道長、顔が見えないのが彰子、そして右下にちら見えしているのが紫式部だそうです。
平安貴族の屋敷の雅なたたずまいを描いた絵巻かと思いきや、そのすぐ近くで酔っぱらった公卿たちがどんちゃん騒いでいたのかと思うと、なかなか面白いというか感慨深いものがあります。
『源氏物語絵巻断簡』「五十日の祝い」(東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archivies)
まひろと道長の関係に嫉妬した倫子がご立腹?
宴会の席で、道長がまひろに歌を詠め、と強要します。現代の感覚では「オレの女」状態を見せつけているような道長です。道長も即座に歌を返します。すると倫子は不機嫌そうな表情を見せ、席を立ってしまいました。その一部始終をまひろは目敏く見つけ、日記に残しています。引き下がった倫子を慌てて追いかける、じつは恐妻家の道長の姿もばっちり描かれています。
でも、平安の昔、しかも身分が相当違う二人ですから、実際は単なる宴会の余興であり、「前もって用意していたのよ」と女房たちに陰口をたたかれるような状況ではなかったはず。歌会で向かい合った男女が、疑似恋愛の歌を交わすことは、いくらでもあった当時ですから。
とはいえ、宴席の場で、あたかも二人の仲が疑われ始めたように話を進めているのが、大石静さんうまいなぁと思います。
『源氏物語』成立と、彰子さまご懐妊に焦点を合わせて進んでいた、このところの展開が山を越えたので、まひろと道長の関係に再びスポットを当てる、という作戦。
倫子が席を立ってしまったのも、二人にやきもちを焼いたのではなく、道長が宴席で「倫子は私と結婚して幸せだった」と放言したことが原因、というのが国文学者の山本淳子先生の意見です。
倫子の実家である左大臣家の莫大な財と、そもそも倫子が彰子を生んだからこそ実現した敦成親王ですから、オレのおかげで幸せになったと自慢する道長に、プライドの高い倫子が腹を立てた、というのが山本先生の解釈。そこには触れず、あたかも、まひろと道長の関係に嫉妬した、という展開にしたところなんぞ、本当にうまい。ドラマとしては、こちらの方が、100倍面白いですからね。
数々の名場面のなかでも、トップ3に入る感動シーンが出現!
リアルな出産現場や公卿の乱痴気騒ぎも、かなり興味深かった今回ですが、じつはM男が一番感動したのは、これらのシーンではなく、土御門邸に移ったまひろと彰子が、「瑕(きず)」について語る場面です。察するに、台本に書かれている漢字は「傷」ではなく「瑕」だったのではないでしょうか。
『新楽府』の一節の解釈をまひろから聞きながら、「私もまもなく帝に瑕を探されるのであろうか」と案ずる彰子に「瑕とは大切な宝でございますのよ。瑕こそ人をその人たらしめるのでございますれば」と答えるまひろ。
「瑕」とはすなわち、自我であり、「個」そのものです。おそらくまひろも、女性なのに漢籍に明るく、道長にも目をかけられていることで、普通の女房とは違う風変わりな女房として、いわば爪弾き状態だったはずです。そんな自分を卑下することなく、堂々としていなさいと、彰子に「瑕」の大切さをさとすまひろ。
ちょっと大袈裟ですが、「多様性」であり「個人の尊厳」にもつながる言葉。なんと素晴しいことでしょう。
乱痴気騒ぎなどの場面は『紫式部日記』の記述が多少なりともヒントになっているかもしれませんが、この会話は、きっと大石静さんのオリジナルであり、大石さん自身の思いがこもったセリフに違いありません。これまでも、いくつかの名場面がありましたが、M男的にはかなり記憶に残る名場面となりそうです。
唯一の味方であった、赤染衛門までにも「左大臣様とはどんな関係なの」と問い詰められるまひろ。敵意(ライバル心?)むき出しで、迫ってくる清少納言。次回もチョー楽しみです!!
「光る君へ」言いたい放題レヴューとは……
Premium Japan編集部内に文学を愛する者が結成した「Premium Japan文学部」(大げさ)。文学好きにとっては、2024年度の大河ドラマ「光る君へ」はああだこうだ言い合う、恰好の機会となりました。今後も編集部有志が自由にレヴューいたします。編集S氏と編集Nが、史実とドラマの違い、伏線の深読みなどをレビューいたしました!
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