東京で至高の蕎麦屋5軒
「せいろ」と「天ぷら蕎麦」を探訪する
「せいろ」と温かい「天ぷら蕎麦」を食べて回った。
今回は、「江戸蕎麦 ほそ川」、「並木藪蕎麦」、「手打ち蕎麦 成富」、「浅草 ひら山」、「石臼挽き手打 蕎楽亭」の5軒を紹介する。「せいろ」は分かるが、あまた種類のある中で、なんで、温かい「天ぷら蕎麦」なんだ、と。色々と疑問があるのは分かる。
単に私の好みです、すんません。
蕎麦屋に行くと、筆者はまず「せいろ」を一枚頼む。次に大方は、温かい「天ぷら蕎麦」か温かい「鴨南そば」を頼むことが多い(時に、「天せいろ」か「鴨南せいろ」の時もある)。要は蕎麦そのものの風味を味わってから、温かい蕎麦を食べるってことになる。東京の蕎麦屋だが、もう、群雄割拠の呈を成していて、素晴らしい店が15軒は下らない。今回は、極上の蕎麦屋でも、かき揚げや穴子や海老などの天ぷらがない店と、コース料理しか出さない店は外した。「蕎麦おさめ」や「玉笑」を紹介できないのは残念じゃ。
「江戸蕎麦 ほそ川」は東京の頂点、
ここで食べるとそう言いたくなるんだな
古くからある老舗でなければ、蕎麦屋は独学で蕎麦道を切り開いた店主が多い。蕎麦というのは、作り手も食べ手も、人をマニアックにさせる。「江戸蕎麦 ほそ川」はそうした店の中でも筆頭に挙げられる。と言うか、「『ほそ川』こそは、東京の頂点」と公言して憚らないマニアも大勢いるぐらいだ。
店内は実に美しい。高級でシブい。土壁もテーブルも皮張りの椅子も蕎麦の実を思わせるような色合いをしている。無駄を削ぎ落して清々しいほどである。店主・細川貴志氏の精神性の表われなんだろな。食う前なのに、いたく感動するねえ。
茨城、北海道、四国から仕入れた玄蕎麦を低温で保管し、日々自家製粉する。挽き立てにこだわって出来た蕎麦は、店主の魂そのものだ。
まずは「せいろ」を急いで食わねばならん。茹で上がって水で揉んで締めてから、神速で出す。3分もすれば香りがすっかり飛んじまうからだ。写真なんか撮ってる場合じゃない(苦笑)。
「江戸蕎麦 ほそ川」のせいろ
手切りの、実に美しい蕎麦である。うどん粉のつなぎなしの十割蕎麦だぜ。動画で見たことがあるが、店主・細川氏の蕎麦を切る腕の冴えよ。ラーメンではよく‶麺線″の美醜について言うが、麺線が見事だ。十割蕎麦なのに、艶光りして短く切れることもない。これは主人の研鑽の賜物だ。細川氏の著書によると、蕎麦の実を挽いて蕎麦粉を作る時に、残存する薄皮を2%以下にしないと、ぶつぶつ切れる蕎麦になるんだって。大変な作業だ。
さて、この神々しいまでの「せいろ」に顔を近づけて、鼻腔に蕎麦の香りをスーッと吸い込む。そして何も付けずに蕎麦を食う。甘味がする。この蕎麦は稀有じゃのお!と感嘆する。蕎麦は鼻で食えってなもんで、初手はつゆ(もり汁)なしで蕎麦の香りと味を味わいたい。とは言え、一枚なら余裕で、最後まで蕎麦のみで行けるが。
続きだが、蕎麦を全部つゆの中に浸すようなヤボはやっちゃいけねーよ。蕎麦の4~5本をスッと手繰ったら、下の先端3~4センチぐらいをつゆにちょっと付けて、ズゾゾゾッ~とすする。すするのは口中で香りが一層立つからだ。味と食感と喉越しがそれに続く。
ネギとワサビはつゆに入れない。味が強くて、蕎麦の繊細さを損なうから……なんて、やけに「通」ぶってるじゃねえかよ(笑)。ネギとワサビを使うのは、蕎麦湯が来てから。蕎麦つゆの中にそれらを全部ぶち込んで、蕎麦湯で割って飲むのである。一度、やってみそ。
鼻で食い、噛んで味わい、喉で愉しむ。喉越しがいいねえ。店内じゅうが、ズゾゾーッの大連呼である。うむ、なんていい音なんだ。今日は北海道の玄蕎麦だそうである。
続いて、「穴子天つきそば」が来た。この店の温かい天ぷら蕎麦は、かけそばに天ぷらが別盛りでやってくる。天ぷらは実に見事な出来栄えで、一流の天ぷら屋に全く引けを取らない。店主は技を磨きたくて、銀座の「てんぷら近藤」には通い詰めたそうだ。
ドーンと立派な天然物の穴子に、レンコンとゴボウ。まずはそれぞれを塩につけて食う。穴子の軽さと甘さに驚く。臭みなどは微塵もない。レンコンとゴボウも、ほくほくと実に旨い。どの素材も途轍もなく極上と分かる。
「江戸蕎麦 ほそ川」の 穴子天つきそば
次に、もちろん、穴子をかけそばに浸して食う。蕎麦つゆ(かけ汁)は淡く、蕎麦の風味をまるで阻害しないが、天ぷらをつゆに浸しても天ぷらそのものが生きている。次回は「加茂茄子蕎麦」か「冷かきそば」を食べたい。
何度でも訪れたい名店である。
「江戸蕎麦 ほそ川」の入り口
江戸蕎麦 ほそ川
東京都墨田区亀沢1-6-5
℡050-5595-1979
水~日:11:30~16:00
定休日:月火
せいろ 1500円
穴子天つきそば 3400円
「並木藪蕎麦」の「天ぷらそば」を
一度でいいから体験してみて欲しい
今回、なんで「天ぷら蕎麦」にしたかと言うと、この店のそれが、いつまでもいつまでも記憶に残って、食欲を揺さぶってくるからだ。
「藪」系列は、「砂場」「更科」と並ぶ江戸三大蕎麦屋系列の一つである。「かんだやぶそば」の初代・堀田七兵衛の三男である堀田勝三が大正2年に創業したのが「並木藪蕎麦」だ。現在の店舗は、旧店舗の風情を残しつつの建て替えである。「藪」系列には、「かんだやぶそば」と「池の端藪蕎麦」(2016年閉店)、「並木藪蕎麦」があるが、昔から浅草雷門前にある並木藪が一番好きだという御仁が多いのである。筆者もそうだ。
蕎麦の旨さは言うに及ばず、店内の光を抑えた古風な落ち着きのある佇まい、お姉さんたちの心配りを総合すると、東京では筆頭で好きな蕎麦屋なんだな。蕎麦はいくつかの国産そば粉をブレンドし、うどん粉を2割混ぜた二八蕎麦だ。手捏ねをした後、製麺機で仕立てるそうだ。恐らく、二八は伝統の踏襲なのだろう。
「並木藪蕎麦」のざるそば
ここでは、「せいろ」を「ざるそば」と呼ぶ。その蕎麦つゆ(もり汁)は、某グルメ評論家に言わせると、「東京一辛い」そうだ。だが、自分の舌でちゃんと味わってくれよと言いたくなるね。どこも辛くはないですゼ。むしろ、濃厚さは随一で、底知れぬほど味が深い。堪らぬ魅力を備えているのがここの蕎麦つゆなのである。
なんせ、「かえし」は土中に埋めた甕で寝かせてある。もちろん、それを出汁と合わせて蕎麦つゆは出来上がる。
蕎麦は二八なので、蕎麦の香りと味は、十割蕎麦に較べるとさすがにやや弱い。つなぎがある分、ツルっとしている。コシがあり、喉越しはいい。つゆは濃厚であるがゆえに(どんな時でもそうだが)、ジャッポンと、蕎麦を全部つゆの中に浸しちゃいけねーよ。例によって、先端3~4センチをつゆにチョロッと付けたら、ズゾゾゾッ~と、周りにいる全欧米人が、「なんちゅう、野蛮人か」と眉をしかめるぐらいの勢いで一気にすする。
続いて熱々の「天ぷらそば」の降臨だ。
いやー、凄いぞ。形の良い揚げたてのかき揚げの油が、蕎麦つゆの中で、ジュブジュブジュブジュブ~と、はぜる音を立てているのだ! 小海老が多数入ったかき揚げの揚げ具合も見事だが、これがつゆと溶け合っていく過程が好きなのである。ここのかき揚げは、実は唯一無二。形状だけを言い表せば、衣が粉雪の結晶を集めたようになっている。最初は箸で切って天ぷらを食う。続いてつゆを吸い始めたかき揚げと蕎麦を一緒に食う。
「並木藪蕎麦」の天ぷらそば
やがて、汁でグズグズになりだした衣が、あたかも湖面に浮かぶ桜の花びらのように、つゆの中に散り広がっていくのだ! その細かい天かすが、ふりかけのように蕎麦にまとわりついていく。つまり、小海老がなくなった最終形は、極上のたぬき蕎麦なのである。
いやはや、「かき揚げ天ぷら蕎麦」の三変化(へんげ)なのじゃよ。騙されたと思って、一度でいいからこの店の「天ぷらそば」を食べてみて欲しい。
お会計をしたら、お釣りがピン札で返ってきた。そういうところに老舗の魂が垣間見えるんだねえ。
「並木藪蕎麦」の入口
並木藪蕎麦
東京都台東区雷門2-11-9
℡03-3841-1340
月・火・金・土・日:11:00~19:30
定休日:水・木
ざるそば 850円
天ぷらそば 2000円
十割蕎麦のコシとかき揚げが見事
銀座に「手打ち蕎麦 成富」あり
和モダンの小奇麗な店だ。
カウンターに座れば、目の前で店主・成富雅明氏が蕎麦を茹でて仕上げたり、天ぷらを作る一部始終を見ることができる。これほど距離が近い蕎麦屋はあまりないだろな。オヤジはヒゲ面でいかにも蕎麦職人って感じで嬉しくなるが、隣の助手の女性がキリッと澄んだ空気を醸し出していていい感じだ。
まずは「せいろ」である。これまた端正な十割蕎麦。風味の高さで知られる茨城産の「常陸秋そば」と、夏蕎麦の代表である北海道摩周産の「キタワセそば」を使っているそうだ。ちなみに漢字で書くと「北早生」だ。蕎麦は「ほそ川」のよりも0・5ミリぐらい太い気がする。
香りがあるねえ。ズズッとすすってから噛み締めると、キシュキシュと音が立つほどコシがある。う~む、こりゃあ凄い。心地良いぞ。蕎麦つゆも旨い。例によって、食べ終えてから、細い白髪ねぎとワサビを蕎麦つゆに入れ、蕎麦湯で割って飲み干す。
「手打ち蕎麦 成富」のせいろ
次いで、「帆立と葱のかき揚げそば」が来た。
揚げてからしばらく油切りをしていたので、かき揚げは蕎麦つゆの中で音を立てるわけではない。まずはつゆを飲み、蕎麦のみを食べる。つゆも優しい按配で、蕎麦の味わいを充分に引き立てている。かき揚げを、少し切り分けて、食べた。帆立がプリッと旨いねえ。ネギがとても甘い。なるほど、帆立とネギのコンビネーションは、主人が辿り着いた最終解答なのだろう。これは見事なかき揚げだ。
「手打ち蕎麦 成富」の帆立と葱のかき揚げそば
ところで、主人は蕎麦を「ほそ川」で、天ぷらを「てんぷら近藤」で修業したそうなんだな。なるほど、それでこのレベルの高さにあるってわけだ。納得。店は温かい蕎麦には七味唐辛子をつけてくれる。七味は出さない「ほそ川」とはそこが違う。
あたしゃ、七味は要らんと思う。だって、そのままで最高なんだもん。天ぷらと蕎麦をすべて掬(すく)い終えて、蕎麦つゆを飲むときちょっとだけかけてみた。で、一滴残らず飲み干した。
いや~、ごっつぁんでした。……って、わしゃ、相撲取りかい!
「手打ち蕎麦 成富」の入口
手打ち蕎麦 成富
東京都中央区銀座8-18-6 二葉ビル1F
℡03-5565-0055
月~金:11:30~14:00、18:00~20:30
定休日:土日・祝
せいろ 1320円
帆立と葱のかき揚げそば 1980円
旬の一品料理も光る
「浅草 ひら山」は紛れもなき名店
ここも和モダンな小奇麗な店である。「成富」もそうだが、「ほそ川」出身者の店は、店の佇まいが共通して美しい。
店主の平山周氏は「銀座小十」でも修業したという。道理で、旬の一品料理が充実している。「モロヘイヤとトマトのお浸し」、「鰆と胡瓜の煎り酒和え」「鴨ロース山椒煮」などなど。ソソられるものばかりじゃん。こんなメニューを見たらさ、晩に来て、種々の蕎麦前と日本酒をやってから、蕎麦で〆たくなるのお。
「浅草 ひら山」のせいろ
カウンターに座ると、「成富」と同じく、厨房はすぐ目の前である。本日は福井の玄蕎麦を挽いたそうだ。十割蕎麦が美しい。香りが立ち、味もすこぶるいい。「ほそ川」組の3軒中では、量がいちばん多い。当店には「天ぷら蕎麦」というものがないので、「かけそば」と穴子の天ぷらを同時に食べられるように頼んだ。
「浅草 ひら山」の天ぷらとかけそば
やはり、天ぷらは極上である。周囲はカリっとして中身はしっとりと甘い。オクラとカボチャもおまけで付いてきたが、まあ、上等な天ぷら屋のものと遜色はないゾ。最初はいずれの天ぷらも塩をつけて食べたが、次に、かけそばのつゆに浸して食べた。かけそばのつゆに天ぷらの油が染みてゆく経過が好きなのよね。「ほそ川」組は、どこも接客が大層素晴らしいことにも言及しなければならん。きっと細川大将から皆が学んだことなんだろうね。いや、いい店です。
「浅草 ひら山」の入口
浅草 ひら山
東京都台東区浅草1-3-14
℡03-5830-6857
水~土:12:00~14:00、18:00~20:30
火・日:12:30~14:30
定休日:月
せいろ 1200円
かけ 1300円
天ぷら・穴子 2000円
うどんやひやむぎも手打ちで出す
「石臼挽き手打 蕎楽亭」
お弟子を何人も輩出している行列の名店である。開店30分前に記帳して、2番目だったので、ひと安心じゃ。品数は極めて多く、圧倒される店だ。手打ちにこだわり、蕎麦だけではなく、うどんやひやむぎも出してくれるから、毎日、開店前はてんてこ舞いなんだろな。5軒目の紹介なので、ちょっと変化球を。
使うのは会津の玄蕎麦だ。蕎麦が手打ちなのは当然のこととして、手打ちひやむぎを出す店の嚆矢としても知られている。それが、嬉しいことに、蕎麦とひやむぎを合い盛りにした「むぎめおと」なるものがあるのだ。ちなみに、蕎麦とうどんの合い盛りの「めおともり」もある。なんて、ゼイタクなんだ!
「石臼挽き手打 蕎楽亭」の蕎麦とひやむぎの合い盛り「むぎめおと」
蕎麦は十割で風味が豊かだ。切断面がシャキンと切れていて、コシが強い。ひやむぎの方も同様で、透き通ってツルツルなのはもちろんだが、何と言っても非常にコシがある。小麦の味もしっかりする。ちょっと感動もんだ。蕎麦つゆとひやむぎ用のつゆを2種類出してくれるのが嬉しい。ひやむぎには、やはり、ネギとショウガを入れるのがいいね。
次に、目の前で揚げてくれた「天ぷらそば」である。かけ蕎麦と天ぷらは別皿で出てくる。海老、ナス、舞茸で、海老を食べた後にキスが足されたから、写真には写っていない。
「石臼挽き手打 蕎楽亭」の天ぷらそば
最初はどれも、塩で食べた。見事に揚げられた天ぷらで、衣は薄く、とても旨い。続けて、天ぷらをかけ蕎麦にひたして食べた。実は、ここのかけ蕎麦には、ほうれん草、白髪ネギ、カマボコ、干しシイタケ、ミツバが入っていた。筆者は、天ぷらを活かすために、なんも入っていない方がいいと思うけどね。
「トマト」「冷しなめこ」「つけカレー」「若鮎天ざる」とか魅力的なメニューが多数なので、再訪してみたいねえ。
「石臼挽き手打 蕎楽亭」の入口
石臼挽き手打 蕎楽亭
東京都新宿区神楽坂3-6神楽坂館1F
℡03-3269-3233
火~土:11:30~14:00、17:00~20:00
定休日:月・日・祝
むぎめおと 1200円
天ぷらそば 3400円
「これを食べなきゃ人生ソンだよ」とは
うまいものがあると聞けば西へ東へ駆けつけ食べまくる、令和のブリア・サバランか、はたまた古川ロッパの再来かと一部で噂される食べ歩き歴40年超の食い道楽な編集者・バッシーの抱腹絶倒のグルメエッセイ。
筆者プロフィール
食べ歩き歴40年超の食い道楽者・バッシー。日本国内はもちろんのこと、香港には自腹で定期的に中華を食べに行き、旨いもんのために、台湾、シンガポール、バンコク、ソウルにも出かける。某旅行誌編集長時代には、世界中、特にヨーロッパのミシュラン★付き店や、後のWorld Best50店を数多く訪ねる。「天香楼」(香港)の「蟹みそ餡かけ麺」を、食を愛するあらゆる人に食べさせたい。というか、この店の中華料理が世界一好き。別の洋物ベスト1を挙げれば、World Best50で1位になったことがあるスペイン・ジローナの「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」。あ~、もう一度行ってみたいモンじゃのお。
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